言えない理由 「佐伯ッ!」 教室の扉がガラッと大きな音を立てて開いた。 それと同時に叫びに近い声が響く。 教室にいた生徒たちが唖然とする中、名を呼ばれた当人がいささかまずそうな顔をして立ち上がった。 「おい、佐伯。何やったんだ?」 ぼそっと耳打ちしてくるクラスメイトに、佐伯は「ちょっとな」と言葉を濁して。 胸の前で腕を組むの傍に移動した。 自分より頭ひとつ半ほど高い位置にある佐伯の顔を、が険しい瞳で見上げてくる。 「悪い。教えようとは思ったんだが・・・」 「思ったなら、どうして教えてくれなかったの?」 普段の彼女の声は穏やかなのだが、今の声色はとても冷たかった。 冷静沈着。眉目秀麗。才色兼備。 そう噂される彼女だが、あるひとつのコトに対して冷静さを失う。 「せっかく不二くんに逢えるチャンスだったのに!」 キッと睨んでくるに、佐伯は思わず足を一歩引いた。 美人が怒ると迫力あるなあ。 そんなクラスメイトの呑気な声が佐伯の耳に届く。 妙なところで感心するなよ、と胸の内で呟いて。 にどう言い聞かせるか必死に考えた。 青学との合同合宿は急遽決定したもので、六角テニス部も前日に知った。 合宿の準備や備品の調達に時間を取られて、すぐに連絡をすることができなかったのだ。 だが、合宿初日の夜に連絡すれば、翌日から顔を見ることができるからいいだろう。 そう佐伯は考えていた。 どうしてすぐに教えてくれなかったの?とには言われそうだったが、不二を見られたという喜びで帳消しになるだろうと思っていた。 けれど、ビーチバレーでまさかあのようなコトが起こるとは佐伯も思ってもみなかった。 言わばこれは不可抗力というやつだ。 「私が彼に連絡できないこと、佐伯も知ってるでしょ」 はある事情によって、親元から離れて暮らしている。 一人暮らしではなく親戚の家に同居しているのだが、人の家の電話で長電話はできない。 たとえ長電話でなくても、彼との会話を聴かれたくはない。 そして、は仕送りを無駄遣いできないからと携帯を持っていない。 ゆえに佐伯が連絡係となっている。 ちなみに、手紙を勝手に開封されたりすることはないので、不二とは手紙でやりとりしている。 不二はこういうのも新鮮でいいよね、と嫌な顔をせずにいてくれる。 そんな彼との恋愛だから続いているのだ。 佐伯にとって不二は幼馴染み、は気の合う友人。 だから、助けになりたいと思っている。 「知ってる。けど、不二が…」 言いかけて、佐伯は口を噤んだ。 危うく話してしまうところだった。 あの日の夜、不二から固く口止めされていたのに。 「には言わないでよ?心配させたくないから」 不二の気持ちは佐伯にもよくわかる。 佐伯には彼女はいないが、もし彼女がいて不二とのような関係だったら、そう言っていた。 けれど佐伯にはの気持ちもわかるから、すぐに頷けない。 「けど…七夕以来、逢ってないんだろ?」 「僕だってに逢いたいよ。逢って抱きしめてキスしたい」 不二は色素の薄い瞳をそっと細めた。 「ねえ、佐伯。君なら見せられる?」 「えっ?」 「イワシ水で青くなった顔」 「・・・見せられないな。カッコ悪すぎて」 合宿が一泊二日というものでなければ話は別だったのだが。 それを決めたオジイと青学顧問の竜崎先生に文句を言える筈もない。 絶対に言うな、と釘を刺されているのに裏切るわけにいかない。 佐伯は腹をくくった。 「俺が悪かったよ」 「・・・貸し、ひとつね」 私、納得できていないから。 そう顔に書いて、佐伯の眼前に人指し指をびしっと突き付ける。 「わかった。アリバイ工作でもなんでも、できる範囲で協力するよ」 深い溜息とともに佐伯は頷いた。 「ええ。その時はお願いするわ」 ふふっと笑って立ち去っていく友人の後ろ姿を見送って。 「恨むよ、不二・・・」 一人ごちて、視線を窓の外に滑らせる。 見上げた空は真っ青に広がっていた。 END BACK |