Night of summer



 夕方になり昼間に比べて少し涼しくなった中、不二とは手を繋いで歩いていた。
 気温が下がったとはいえ、夏の空気は蒸し暑い。風が吹いても、熱気を含んでいて涼しいとは言えない。
 そんな季節であるにも関わらず、相変わらず仲よく手を繋いで帰る二人を見た菊丸は、呆れたような感心したような複雑な顔をして言った。
「そんなにくっついて暑くない?」
「暑くないよ。どうして?」
 きょとん、と不思議そうな顔でが首を傾げる。
 そんな彼女を横目に見て、不二がクスッと笑う。
「英二は見てるだけで暑いんだって」
 涼やかな笑みを浮かべて言う不二に、菊丸が「そこまで言ってないだろ」と抗議をした。
 だが不二はそれをあっさり黙殺し、を連れて学校を後にした。



 その日の夜。時刻は8時を少し回った頃。
 不二はリビングで姉の由美子と食後のお茶を楽しんでいた。
「そういえば、帰ってくる途中でちゃんと会ったのよ」
 のんびりとお茶をすすりながら言った由美子の言葉に、不二は見ていたテレビから視線を姉へ向けた。
と?」
「ええ。とっても嬉しそうな顔をしてたわ」
 不二は色素の薄い瞳を少し細めて「へえ」とだけ言うと、再びテレビへ視線を戻した。
 その弟の行動の意味を察した勘のよい姉は、くすっと小さく微笑んだ。
 気になっているだろうに、追求しようとしない。
 おそらく本人から直接聞きたいのだろう。もしくは、自分に嫉妬しているのだ。
 どちらかというと後者の方かしらね、と由美子は微笑みの下で推測した。
 その直後、来客を告げるインターフォンの音がリビングに響いた。
「誰かしら?」
 由美子は言いながら立ち上がり、玄関に向かった。
 それから数分経過したが、由美子が戻って来ない。
 来客は姉の友人なのかもしれない。
 不二がそんなことを考えていると、リビングの扉が開いた。
「周助、あなたにお客様よ」
 姉の言葉が耳に届くより一瞬早く、不二の切れ長の瞳が驚きに瞠られる。
?どうしたの?」
 姉の隣に立つ幼馴染に、不二はソファから立ち上がった。
 色素の薄い瞳を驚きに見開く不二に、はにこにこ嬉しそうに笑う。
「周ちゃんに見せたくて来ちゃった。どうかな?」
 不二の前で、がくるりと一回りする。
 白地に赤と青の朝顔柄の浴衣の袂がふわりと揺れた。
「似合ってるね。可愛いよ」
 冷静さを取り戻した不二が切れ長の瞳を細めて微笑む。
 その微笑みには白い頬をほんのり赤く染めて、嬉しそうに笑った。
「今日、おばあちゃんから届いたの。週末まで待てなかったから」
 三日後の土曜日は、二人で花火大会に行く約束をしている。
 その日は浴衣で出かけようとが提案したので、浴衣で行くことになっているのだが、それまで待てなかったらしい。
 そんな彼女が可愛くて、思わず抱きしめてしまいそうになるのを不二は我慢した。
 姉の前でそんなコトをしたら、後で何を言われるか。
 を独り占めするのは土曜日までおあずけだな。
 胸中で呟いて、それを隠すように不二はにっこり笑う。
「それで見せに来てくれたんだ」
「うん。それでね、周ちゃん」
「うん?」
「花火しよ」
「…花火って、今から?」
「ダメ?」
 不二の言葉を否と受け取ったのか、の顔が曇り始める。
「ダメじゃないよ。ちょっと驚いただけだから」
「ホント?よかった」
 首を傾けて嬉しそうに笑うに、不二の顔に笑みが浮かぶ。
 ちょっとしたコトでころころ変わる表情は、見ていて飽きない。
 もっとも笑顔が一番可愛いと思っているけれど。
「周ちゃんならいいよって言ってくれると思ったから、花火、持ってきたの」
 その言葉に不二はピンときた。
 夕方、と会った姉が嬉しそうな顔をしていた、と先程言っていた。
 それは多分、花火を買いに行った帰りで、花火をするのが楽しみで嬉しそうだったのだろう。
「じゃあ、早速やろうか」
「うん!」
 笑顔で頷くに不二はクスッと微笑んで、そのあとで重大なことに気がついた。
「ねえ、
「なに?」
「花火は一人で買いに行ったの?」
「うん」
 どうしてそんなことを聞くのだろうと、わけがわからないままは頷く。
 不二は「やっぱりね」と呟いて、少し険しい顔つきになった。
、夜に一人で出かけたらダメだよ」
「え、でも、6時位だったし」
「それでもダメ」
「だけど、誰も帰ってきてなかったし」
 父は仕事だし、母は夕食の買い物に行くとメモが置いてあった。
 部屋に行ったら田舎の祖母から荷物が届いていて、開けたら浴衣が入っていた。その浴衣は白地に赤と青の朝顔柄で可愛くて、それを着て不二と花火がしたくなった。
 それですぐに買いに行ったのは、今夜したかったからなのだ。
 それに、明日はテニス部はオフだから、ゆっくり遊べる。
 そうは必死に説明した。
 いきなり訪問して不二を驚かせようと思っていたのは秘密だけれど。
「そういう時は僕に言って」
「でも今日は周ちゃんを驚かせ…」
 あっ、と声を上げて慌てて口を押さえても、すでに遅い。
 不二は切れ長の瞳を細めて、口元に笑みを浮かべていた。
「フフッ、花火のあとが楽しみだな」
 不二はにこにこ微笑みながら、の手を引いて、庭へと向かった。


 闇夜に鮮やかな色の火花が散る。
 花火を楽しみながらも、がこのあとのコトを気になってしかたなかったのは言うまでもない。




END


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