茜色に染まった木の葉が、ひらひらと地上へ舞い落ちる。
 日毎に積っていく落ち葉は、秋の深まりを告げていた。
 日が暮れると、道端の草むらから虫の鳴き声が心地よく響いてくる。




 Trick




 秋空が夕暮れに染まる中、僕たちは手を繋いで歩いていた。
 隣を歩くの黒曜の髪が光に反射して輝いている。
 綺麗だなと瞳を細めると、が僕を見上げて微笑んだ。
「周ちゃん、送ってくれてありがとう」
 と一緒だと、時間はあっという間に過ぎてしまう。
 別れるのが名残惜しいなんて言ったら、君はどんな顔をするかな。
 ふと考えて、内心で苦笑する。
 隣同士なのに、ね。
「じゃあ、またあとで」
「うん」
 いつものように言うと、は笑顔で頷いた。
 僕たちの部屋はお互い2階にあって、向かい合わせの場所にある。だから窓を開けて話ができる。
 彼女が家に入るのを見届けて、僕は自宅に向かった。
「ただいま」
 玄関の扉を開けて家の中に入ると、甘い香りが漂ってきた。
 そういえば、昨日姉さんがパイを作るって言ってたな。
 そんなことを考えてながら靴を脱いでいると、「おかえりなさい」と声をかけられた。
 リビングの方からではなく、真後ろから聞こえた声に僕は振り向いた。
「姉さん、どうしたの?」
 迎えに出てくるようなことを姉さんはしない人だから、不思議に思って問いかけた。
ちゃんは一緒じゃないのね」
 姉さんが残念そうに溜息をついて、柳眉を寄せる。
 つまらない、と顔に書いた姉さんに僕はやれやれと溜息をつく。
 あいかわらずだな、姉さんは。弟しかいないから妹が欲しかったと言う姉さんの意見もわからなくはないけど、あからさまにがっかりされるのは少し複雑な気分だ。
 もっとも、が妹だったら僕は毎日のように葛藤していただろうから、幼馴染という関係でよかったのだけれど。
と一緒の方が都合よかったんだ?」
 脱いだシューズを玄関の端に寄せて、家に上がる。
「今日はハロウィンでしょう。だから、ちゃんを驚かせようと思ったの」
 残念だわ、と呟く姉さんに、僕は微笑みを向けた。
「ダメだよ、姉さん。を驚かせていいのは僕だけなんだから」
 そう言うと、呆れたような顔で姉さんは苦笑した。
「独占欲の強い男は嫌われるわよー」
 しみじみ言われて、僕は眉を寄せた。
 確かに独占欲が強いのは認める。独占欲が限定なのも。
 だけど、よりによって「嫌われる」まで言わなくてもいいのに。
 …まあ、姉さんが本気じゃなくて、妬いてるからだってわかるから反論はやめた。
「姉さん、焼いたのってパンプキンパイ?」
「ええ、そうよ」
「貰っていいかな?」
ちゃんに届けるの?」
「あたり。いい?」
 ダメとは言わないだろうけど、人が作ったものを黙って持ってはいけない。
 それに、許可を取っていないと後で愚痴を言われるだろう。
「いいわよ。用意しておいてあげる」
「ありがとう、姉さん」
 二階の自室に上がって、服を着替えた僕はキッチンへ向かった。
 姿を見せた僕の前に、姉さんが白い箱を差し出す。「ちゃんによろしくね」と言う言葉と一緒に。
「うん。じゃあ行ってくるよ」
 礼を言ってそれを受け取ると僕は家を出た。
 家のチャイムを鳴らすと、少ししてから扉が開かれた。
「周ちゃん?どうしたの?」
 黒い瞳を驚きに見開いて、が首を傾げた。
 フフッ、やっぱり驚いてる。でもまだ、これからだよ?
「Trick or Treat!」
「えっ…ええっ?あの、えっと…?」
 視線をさまよわせ、わたわたと慌てる仕種がとても可愛い。
 もっと見ていたいけど、それはちょっと可哀想かな。
「じゃ、イタズラさせてもらうよ」
 微笑みながらそう言って、の白い頬に素早くキスをした。
 瞬く間にの顔が赤く染まっていく。
 素直な反応がすごく可愛い。
「……周ちゃんずるい…」
 拗ねた声も可愛くて、頬が緩む。
 怒っているのではなく照れているのがわかるから、尚更だ。
 もっとからかいたくなってしまうけど、これ以上やったら口を聞いてもらえなくなりそうだから、訪問した理由を口にした。
「姉さんからに届け物があって、持ってきたんだ」
 パイの入った白い箱を差し出す。
 はそれを両手で受け取った。
「もしかして、パンプキンパイ?」
「うん」
 頷くと、は満面の笑みを浮かべた。
 待ちきれない様子で箱を見つめるにクスッと笑って。
「僕はもう帰るから、ゆっくり食べるといいよ」
 そう言うと、は黒い瞳を瞬いた。
「周ちゃんはもう食べたの?」
「クスッ。10分位前に別れたばかりじゃない」
 答えると、の白い頬がうっすら赤く染まる。
 それが恥ずかしさからだとすぐにわかった。
「あの、じゃあ、周ちゃんも一緒に食べよ?」
 僕のシャツの袖を細い指で摘んで、が笑顔で首を傾ける。
「…。僕以外の男の前で、それやらないでね」
「それ?」
 きょとん、と不思議そうな顔でが僕を見る。
 本当に君は無意識に僕を煽ってくれるね…。
 抱きしめてめちゃくちゃにしてしまいたくなる。
 そんな衝動を理性をかき集めて押さえ込んだ。
 そして、「ごめん、独り言だよ」と笑顔で誤魔化す。
「じゃあ、お言葉に甘えようかな」
「本当?」
 がぱあっと嬉しそうに微笑む。
 無邪気な微笑みにつられて、僕も自然に笑顔になる。
「周ちゃんが一緒なら、とっておきの紅茶を淹れるね」
「嬉しいよ。ありがとう、
 後で姉さんに文句を言われそうだけど、そんな些細な事は気にしない。
 出来る限り、と一緒の時間を過ごしたいから。

 それから、が淹れてくれたクラシックブレンドという名前の紅茶と、姉さんが作ったパンプキンパイで、少し遅いティ−タイムを過ごした。




END



BACK