君と一緒




「出かけるの?」
 不意にソファから立ち上がった弟に由美子は声をかけた。
 どこへ誰と出かけるのか。
 そんなことは周助をよく知る人物であれば――家族なら尚更わかってしまう。
 今日は一月一日、つまり元旦で、一年の始まりの日。行き先は神社で、一緒に行くのは彼女であることなどすぐ予想がつく。
「うん、そろそろ時間だしね」
ちゃんによろしくね」
「わかった。 行ってきます」
「行ってらっしゃい」
 ソファの背もたれにかけていたベージュのコートを羽織り、周助は家を出た。
 彼女とは毎年一緒に初詣に出かけているけれど、家族ぐるみでなく二人きりでの初詣は今日が初めてで、周助は胸が弾んでいた。
 昨夜の夜も一緒にいたけれど、今日になるのが待ち遠しくて仕方なかった。
 家のチャイムを鳴らして待っていると、1分と立たないうちに玄関扉が開いた。
「周ちゃん」
 微笑みながら姿を見せた彼女に、周助は切れ長の瞳を瞠った。
 驚いて声が出ない。
 ただ魅入るばかりで、彼女から目が離せない。
 言葉なく立ちつくしているような周助に、は首を傾げる。
「周ちゃん、どうしたの?」
 心配そうな声が耳に届いて、周助は我に返った。
「…が可愛いから、見惚れてた」
 目元をかすかに赤く染め、恥ずかしそうに視線を外す周助に、の白い頬が瞬時に赤く染まる。
 ストレートに「可愛い」と言われるより恥ずかしい。けれど、大好きな人に可愛いと言われるのは、とても嬉しい。
「…嬉しい」
 がはにかむように微笑むと、周助は柔らかな笑みを零した。
「すごく似合ってる。…綺麗だよ」
 ようやく平常心を取り戻した周助は、着物姿の彼女を賞賛した。
 先程は可愛いと思った。けれど、じっと見つめていると、可愛いけれど綺麗だと思った。
 それを伝えたくて口にした言葉は、を尚更照れさせるだけだった。だが、耳朶まで赤く染めて僅かに俯く寸前、彼女が嬉しそうに微笑むのを見たので満足している。
「あけましておめでとう、。今年もよろしくね」
 優しい声にはまだ赤いままの顔を上げた。
「あけましておめでとう。今年もよろしくね、周ちゃん」
 二人は幸せそうに微笑みを交わした。
「…行こうか」
 周助は左手をに差し出しす。その手にが右手を重ねると優しく握られた。
 そして二人は仲良く手を繋いで、神社へ向かった。



、大丈夫?」
 神社へ続く参道を歩きながら、周助は隣を歩く彼女を気遣う。
 慣れない草履と着物、加えて周囲の人の多さに疲れていないだろうか。
「うん、平気。ありがとう、周ちゃん」
 優しく気遣ってくれる周助に、は頬を緩める。
 不謹慎だと思うが、彼が心配してくれるのが嬉しい。
 彼はいつでも自分を見ていてくれる。それがとても嬉しくて、とても幸せだ。
「疲れたらいつでも言って」
 色素の薄い瞳を柔らかく細める周助に、はコクンと頷いた。
 神社の境内は多くの参拝客で賑わっている。
 その人込みの中を抜けて二人が参拝できたのは、五分後だった。
 元旦用に用意された大きな賽銭箱に向かってお賽銭を投げ入れ、拍手を打ち瞳を閉じる。
 心の中でお互いに願いごとを唱えて、二人は人込みの中から抜け出した。
 境内の片隅、人がまばらな所まで行き、二人は立ち止まった。
、ずいぶん長くお祈りしてたね」
 願いごとをし終わって隣を見たら、は何事か一心に祈っていた。
 無理に聞きだすつもりはないけれど、よほど叶えたい願いごとだったのだろう。
「うん。だって周ちゃんが怪我したら嫌だから」
「え?」
 瞳を瞠る周助に、は不思議そうな顔をした。
 なぜそんなに驚いた顔をするのか、とは黒い瞳を瞬く。
 疑問符を頭に浮かべて見つめてくる彼女に、周助はくすぐったそうな微笑みを浮かべた。
 僕も同じようなお願いごとをしたんだよ。
 その言葉は口にせず、心の中でそっと呟く。
は優しいね」
 は白い頬をほんのり赤く染めて、首を横に振った。
 そんな彼女に周助はクスッと笑って、繋いでいる手の力を僅かに強めた。
「おみくじ引いていこうか?」
「うん」
 笑顔で頷くに微笑み返して、周助は彼女の手を引いて歩き出した。


 来年の今日も、再来年の今日も、その先の今日もずっと――

 隣にいてくれるのは周ちゃんがいい


 胸の内で囁いてが周助を見上げると、彼は優しい瞳で微笑んでいた。




END



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