Hand Made 「行ってきます」 家を出た不二の色素の薄い瞳が、門前に立つ人の姿を映す。 ちょうど呼び鈴を押そうとしていたその人は、視線を不二家の玄関へ向けてふわりと微笑んだ。 「」 不二は頬を緩め、彼女の元へ急ぐ。 「おはよ、周ちゃん」 「おはよう。こんな早くにどうしたの?」 不二は朝練がある日は、六時半頃に家を出る。 二人とも朝練がある曜日は一緒に登校しているが、土曜日である今日、は朝練がない。だから不二が疑問に思うのは、もっともだ。 けれど、彼女は制服を着ていて、鞄を持っているので、一緒に登校しようと呼びに来たのかもしれない。そう考えると理由などどうでもいいとさえ思える。 「絶対に一番で渡したかったから」 「え?」 意味がわからず緩く首を傾ける不二に、は深青の紙袋を差し出した。 両手に乗るほどの大きさの紙袋の取っ手には、銀色のリボンが結ばれている。 差し出された紙袋で、不二は意味がわかった。どうしてかと言うと、毎年彼女がバレンタインにくれるものは、深青色と銀色の組み合わせだからだった。理由を訊いたことがないが、バレンタインだけはなぜかこの色なのだ。 「ありがとう、」 不二は満面の笑顔で紙袋を受け取った。 今年はどんなチョコレートなのか、開けるのが楽しみだ。 「よかった、一番に渡せて」 そう言って微笑むに、不二は微かに眉を寄せた。 「ねえ、一番ってどういう意味?」 繰り返し彼女の口から出た【一番】という単語が気になる。 「だって周ちゃんチョコいっぱいもらうでしょ」 不思議そうな顔で黒い瞳を瞬くに、不二の切れ長の瞳に剣が滲む。 以外の人からチョコをもらうつもりなど微塵もない。それに、自分がもてるとは思っていない。 「もらわないよ」 突然低くなった声には驚いたが、急に不二が不機嫌になった理由がわからない。 「でも、靴箱とか机の中に入ってたりすると思うの」 真面目な顔で言うが不二の気持ちをわかっていないのは明白だった。 もしかしたらの言うようなことがあるかもしれない。 けれど、恋人から渡されるチョコを受け取っていい、と許可をされているようなものだ。 不二は溜息をついて、肩を落とした。 「、僕のこと、好き?」 「うん、大好き」 は目元をほんのり赤く染めて微笑む。 その無邪気な可愛い笑顔が、不二には今は少し残酷に思える。 大好きと言ってもらえて嬉しいのに、素直に喜べない。 「大好きなのに、君以外の人からチョコを受け取っていいの?」 「えっ?受け取るの?」 驚くに不二の方が驚いた。 なにやら話がかみ合っていない気がする。 自分は初めから受け取らないと言っているのに、どうしてそういうことになるのだろう。 早く誤解を解かないと、と焦る不二の耳に、更に驚愕する言葉が届く。 「じゃ、じゃあ、受け取ってもいいから、私のを一番に食べて!」 「ちょ、ちょっと待って!落ち着いて、」 瞳の眦に涙を浮かべて見上げてくるの細い肩を、不二はがしっと両手で掴んだ。 不二の穏やかな瞳は見開かれ、必死な色が浮かんでいる。 順を追って言わなくては、と不二は頭の中を急いで整理した。 「僕が好きなのは君で、僕は君からしかチョコを受け取るつもりはないよ。もし靴箱とか机の中に入っていたとしても、全部返す。がくれたチョコを一番に食べるし、のくれたものしか食べない」 彼女と視線の高さを合わせて、不二は一息に告げた。 少し鈍い彼女でも、さすがにここまで言えばわかったくれる筈だ。というか、わかってくれないと困るのだが。 「誰からかわからないチョコはどうするの?」 不二は少し泣きたくなった。 に悪気はなく、ただ疑問に思ったから訊いただけなのだろう。 「もしあったら考えるよ。けど、僕は食べない」 きっぱりと言い切って、不二はの細い肩から手を離した。 「ところで、今年も手作り?」 不二が訊くと、はコクンと頷いた。 よかった。周ちゃん気がついてないみたい。 心の中で呟いて、は口を開く。 「周ちゃんの好みだといいんだけど」 「の作るものは何でも僕の好みだよ」 「ホント?だったら嬉しいな」 頬を綻ばせるの華奢な右手を左手で取って手を繋ぐ。 さすがにこれ以上話をしていたら、朝練に遅れてしまう。 「一緒に行くよね?」 「うん」 手を繋いで数歩歩いたところで、は思い出したように不二の横顔を見上げた。 「周ちゃん」 「ん?」 「世界で一番大好き」 微笑むに不二は色素の薄い瞳を嬉しそうに細めた。 そして繋いでいる手の力を少しだけ強くする。 「僕も世界で一番、が大好きだよ」 にっこり微笑む不二に、は白い頬を微かに赤く染めて、嬉しそうに微笑んだ。 END BACK |