HAPPY WHITEDAY




 昨日の夕方から降り始めた雨は、夜にかけて勢いを増し、深夜には雨と風の音がすごく、暴風夜だった。
 翌朝、雨は小降りになり、昼前には上がった。青空とまではいかないが、空に雨雲はない。
 曇り空の下、アフファルトに溜まった水溜りを避けて、二人は歩いている。
「嬉しそうだね、
 クスッと微笑み、不二は隣を歩くに視線を向ける。
 不二の左腕に両手を回して抱きついているは、笑顔で頷いた。
「うん。すっごく楽しみなんだもん」
 弾んだ声で言うと、は不二の腕に更にぎゅっと抱きついた。
 そんな彼女が可愛いと思う反面、あまり抱きつかれると腕に胸が当たるので困ってしまう。
 指摘したら離れてしまうだろうから、それはそれで寂しい。
 などと不二が思っているなど、鈍感なにはわからない。けれど、少しづつ大人になってくれたらいいか、と不二は思う。
 無邪気で無防備で、自分だけに甘えてくれるが愛しいから。


 仲良く腕を組んで――不二としては手を繋いでがよかったのだが、やってきたのは、カントリー風な店。
 小さな一戸建ての住宅にも見えるが、立派な店だ。
「可愛いお店」
 頬を緩ませるに、不二は色素の薄い瞳を細め微笑んだ。
 今日、ホワイトデーににバレンタインのお返しをしたくて、不二はこの店に来ることにした。
 店の外観が好みだと思ったのと、もうひとつ理由がある。
 それは、彼女が好きな果物を使ったケーキの種類が豊富だからだ。勿論、味も文句がない。
 というのは、不二はこの店に下見に来ているからだ。さすがに一人ではためらいがあったので、友人の菊丸を誘った。一緒に居て落ち着くのは手塚だが、彼は甘い物は苦手だ。ゆえに、菊丸に白羽の矢が立った。河村は家業の修行、乾では四六時中データを取っていそうで落ち着かない。大石は委員会だったという理由もあるが。
 ともかく、注文したデザートは素材の味が生かされていて美味しく、飲み物の種類も多かった。先日頼んだのはコーヒーだったが、サイフォンで淹れられていたし、美味しかった。値段もリーズナブルで、中学生でも気軽に入れる。

 不二が紳士よろしく店の扉を開けてくれたので、は先に店内へ入った。続けて、不二も店へ入る。
 土曜日だから混んでいるかと思っていたが、半分程の席が空いていた。
「お二人様ですか?」
 店員に訊かれて不二が「はい」と言うと、店内中央より少し奥の席へ案内された。
 女性の店員はテーブルに水の入ったグラスを二つとメニューを置き、一礼して去った。
 不二はメニューをテーブルの中央に、が見やすいように広げた。
 メニューに視線を向けた途端、は黒い瞳を輝かせた。
「苺のスイーツがいっぱい」
 語尾にハートマークが飛んでいそうな声に、不二はクスッと小さく笑う。
 喜ぶだろうと思っていたが、予想以上だ。
 どれにしようかなぁ、とあれこれ迷う姿は可愛くて、見ていて飽きない。
 五分くらい迷った末に、は食べたいスイーツを決めた。ちなみに不二は、二分程で決まった。
 顔を上げたに不二は微笑む。
「決まった?」
「うん。これにする」
 の細い指は『ストロベリータルト・ストロベリーアイス添え』を差していた。
 苺と生クリームの乗ったスイーツに、そう言えばは昔から苺と生クリームの組み合わせが好きだったなあ、と不二は思った。
 小さな頃から好きな物が変わらないのも、彼女らしい気がする。
「周ちゃんは?」
「僕はストロベリーフレゼット。で、、飲み物は?」
「あ、えっと…オリジナルブレンドティー」
「了解」
 不二は片手を挙げて店員を呼んでオーダーした。
 テーブルから店員が離れるのを待って、は不二を呼んだ。
「周ちゃん」
「ん?ああ、味見させてあげるね」
「ホント?…って、そうじゃなくてまだ何も言ってないよ」
「違ってた?」
 首を緩く傾ける不二に、は視線を泳がせた。
「ち、違ってないです」
 いくら不二が幼馴染といっても少し恥ずかしくて、白い頬にほんのり赤みが差す。
 の窺うような視線を受けて、不二は色素の薄い瞳を細めた。
「ごめんね?でも、の顔に書いてあったんだよ」
「…周ちゃんの意地悪…」
 は拗ねたように頬を膨らませるが、不二に効果はない。
 むしろ、こういう顔も可愛いなあ、と不二を喜ばせるだけだったりする。
 不二は今日もやはり華麗にスルーした。
「楽しみだね、ストロベリータルト」
「うん!」
 にっこり微笑んで言われた言葉に頷いたは、思わず反応してしまった自分に少しがっかりした。
「周ちゃんはずるいよ…」
が素直だからいけないんだよ」
 素直なのは悪いことではないと思うのだが、不二に言われるとそうかもしれないと思ってしまう。
 かと言って、嘘を吐くのは苦手だ。いや、それ以前に彼に流されないように頑張るのが先かもしれない。
 今年の抱負を立てるのは遅いけれど、『打倒!周ちゃん』にするべきか、とはやや本気で考えた。
「打倒!周ちゃん?突拍子なこと考えるね」
「な、なんで思ってることわかるの?」
「だって全部声に出てたよ」
 口元を左手で覆い、肩を揺らしてクスクス笑う不二に、はぷいっとそっぽを向く。
「ごめん。もう笑わないから、機嫌直してよ」
「やだ」
 逸らした瞳は不二に向いたが、は首を横に振った。
 こうなると少しの意地が入って、絶対頷かない、と彼女が思っているのは明白だ。なにせ一、二年の付き合いではないのだから。
 さて、どうするのがいいだろうと、不二は思案する。その答えは、すぐに出た。
の食べたいスイーツ、もう一個頼んでいいよ」
「………許してあげる」
 数秒の沈黙後、小さな呟きが返された。
「ありがとう」
 そう言って微笑んだ不二の笑顔は、確信犯的だった。
「…やっぱりずるい」
には負けたくないんだ」
 思わず見惚れてしまう優しい微笑みだったが、言っている内容は納得できるものではない。
「たまには勝たせてくれてもいいじゃない」
 その言葉に不二は色素の薄い瞳を瞬いた。
 やっぱり君はわかってないね。
 勝ってるのは、いつも君なのに。
 そういうところも、可愛いけど。
「…勝ってるよ」
「え?周ちゃん、よく聞こえなかった」
「お待ちかねのスイーツが来たよ」
 不二が誤魔化したことには気がつかずに、は「お待たせしました」と声が聞こえたので、横を向いた。
 はトレイからテーブルへ乗せられたスイーツに瞳を輝かせる。
「いただきます」
「どうぞ」
 嬉しそうにタルトを食べるの頭から、先程の話はきれいさっぱりなくなった。
「美味しくて幸せ」
 本当に幸せそうに食べるを、不二は極上の笑みを浮かべて見つめる。
 幸せそうに笑うが見られて幸せだ。
 不二はスプーンを取って、フレゼットを口に運んだ。
「周ちゃん、美味しい?」
「うん、美味しいよ」
 皿をの方へ近づけると、は首を傾けて微笑んだ。
「交換ね」
 同じように皿を寄越したに不二はクスッと笑う。
 今日はホワイトデーで、へのお返しをするつもりだったのに、また貰っているみたいだ。
 でも、二人とも幸せならいいんじゃないかと思った。
「こっちも美味しい」
 フレゼットを食べて嬉しそうに笑うに、不二は幸せそうに微笑んだ。




END



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