止まることのない愛




「ありがとう」

 そう言って微笑んだ君に、僕は一瞬で捕まった。
 春の陽だまりのような、柔らかな微笑み。
 君が着ている服で生徒じゃないとすぐにわかった。
 けれど、僕の中で芽生えた感情は止まらなかった。
 歳の差なんて関係ない。

 君に向かう感情は日々大きくなって。
 教室で、廊下で、職員室で君を見るたびに膨らんでいく。
 君に想いを伝えたいと思うまで、時間はかからなかった。



「不二くん、今帰り?」
 不意に声をかけられて、僕は驚いて目を瞬いた。
 まさかこんな場所で先生――さんに会うとは思わなかった。
 今日は確か職員会議があると言っていたのに、この時間に彼女がいるなんて。
 僕の顔に思っていることが出ていたのか、さんは首を微かに傾けて微笑んだ。
 初めて会った時と同じ、柔らかな微笑み。
 けれど、その時と違うことがひとつだけある。
 それは僕たちが恋人同士だということだ。
「ミーティングだけだったから、早く終わったんだ。さんは?」
 学校で呼ぶのとは違う呼び方で呼ぶと、さんは慌てた顔で周囲を見回した。
 そんな彼女に僕はクスッと微笑みを向ける。
「大丈夫。誰もいないよ」
 これは本当のことだ。
 やっと君を手に入れたに、手放さなければいけない状況になるのはごめんだからね。
 万が一、『別れろ』なんて言われても、聞くつもりはないけど。
 僕の言葉にさんはほっと顔に安堵を浮かべた。
「それがね、学年主任が倒れたのよ。それで田中先生が議長だったから延期になったの」
「田中先生は大丈夫なの?」
 学園内は広いけど、もし救急車が来ていたらサイレンが聞こえたはずだ。
 だけどサイレンは聞こえなかった。
「内緒にしててね?」
 声を潜めたさんに頷いて、続く声に耳を傾けた。
「ぎっくり腰だったの。だから車で通勤してる先生が病院へ連れていったわ」
 なるほど。サイレンが聞こえなかったのは、そういう理由か。
 ぎっくり腰なら生死に関わるほどではないし、先生も全校へ知れ渡ったら恥ずかしいからだろう。
 けど、乾あたりがどこかで情報を仕入れてきそうだな。
 とりあえず僕はさんとの約束通り、知らない振りをしていよう。
「ところで、さん」
 呼びかけると、「何?」と首を傾けた。
「これから家に遊びに行ってもいい?」
 せっかく逢えたんだし、もっと一緒にいたい。
 そう言うと、さんは目元を微かに赤く染めて頷いてくれた。
 はにかむような微笑みが可愛らしくて、華奢な身体を引いてビルの隙間へと身体を滑り込ませる。
 今すぐに君に触れたくて仕方ない。
 柔らかな頬を両手で包み込んで、黒い瞳を見つめて囁く。
「好きだよ、
「私も好き」
 白い頬をほんのり赤く染めるとの距離を縮めて。
 柔らかな唇に想いを込めてキスをした。


 今でも僕の愛は、君に向かって走り続けてる。




END

初出・WEB拍手 再録にあたり改題
「02.君に向かう感情(あまいきば・とめられない、5のお題)」

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