聖夜たったひとつの贈り物




 十二月最後の金曜日。
 一度帰宅して制服から私服に着替えて、待ち合わせしている駅前へ急ぐ。
 夕方近くになり冷え込んでいるから、風は肌を刺すように冷たい。けれど、心はぽかぽかと温かい。
 今日はクリスマスで、彼と一緒に過ごす約束をしている。去年のクリスマスも一緒に過ごしたけれど、二人きりではなかったから、そうした意味では二人きりのクリスマスというのは初めてで、ずっと楽しみにしていた。
 好きな人と一緒にいる時間はいつも幸せだけれど、それにイベントが重なると幸せも倍増するらしい。
 これで雪が降ってきてホワイトクリスマスになったらもっと嬉しいけど…。
 ちょっと贅沢かな?
 自分の思いに小さく笑う。


 駅前はキラキラとイルミネーションが輝いている。ぼんやりと薄暗くなった周囲を照らすようなそれは、幻想的だ。その光に囲まれた中央には大きなモミの樹が置かれ、星のように光が瞬いている。その前では、家族連れやカップルが写真を撮っている姿があった。

 どこにいるのかと首を巡らせていると、不意に名を呼ばれた。右斜め前へ視線を向けると、右手を軽く上げている不二の姿が映った。は頬を綻ばせ、彼の傍へ向かう。
「待った?」
 心配な顔では訊く。
「全然。僕も今来たところだよ」
 緩く首を傾けて微笑む不二にはホッとした顔で微笑んだ。
「よかった。寒いから、待たせてたらどうしようかと思った」
 その言葉に不二は色素の薄い瞳を瞬かせ、それからクスッと笑みを零す。
「君を待つのならいくらでも平気だよ、僕は」
「そんな!風邪を引いたら大変じゃない」
「そうしたらが看病してくれる?」
 本気で心配してるのにと思いながらも、もし不二が風邪を引いてしまって看病を望むのならしてあげたいと思う。だからは、困ったような呆れたような顔で小さく頷いた。そんな彼女に不二はフフッと楽しそうな笑みを浮かべ、華奢な手を取った。白く小さな手は、肌触りがよくて心地よい。言ったら、きっと頬を赤く染めるのだろう。手を繋いでいる自分以外の男性が相変わらず苦手な彼女を独占できる瞬間でもあって、自然と頬が緩んだ。
「まだ時間があるし、お茶でも飲もうか」
 今日は付き合って一年目の日であり、二人きりで過ごす初めてのクリスマスなので、特別な過ごし方ができたらいいなと思っていた。そんな折りに、生演奏を聴きながら食事が出来る店があると由美子が情報をくれた。24日と25日限定で生演奏付きディナーというプランがあり、価格は一千円と格安だということだった。なんでも演奏をする人たちがオーナーの知人なので食事代のみでいいらしく、店からのクリスマスギフトというコンセプトなので値段も破格なのだと言う。
 話を聞いたのは夜だが、電話しても差し支えない時間だったので、不二は彼女に電話で聞いてみることにした。は話を聞いて二つ返事で賛成した。それからすぐに店に予約の電話を入れようとしたら、「もう予約しておいたわよ」と由美子は微笑み、「私から二人へのクリスマスプレセントよ」と料金を支払済みだと聞いて、咄嗟に言葉が出なかった、という経緯があり今に至る。
 予約している時間まであと一時間弱なので、このあたりをぶらぶらしてもいいのだが、人が多く静かだとは言い難い。不二はどちらかというと静かな方が好みであるし、もまた静けさを好む。だから選択として無難だろうと不二は思った。
「うん。確かお店の近くに喫茶店があったよね」
 レストランは駅から離れた場所にあり、行くのに十分程歩く。だから、どうせならレストランの近くにある店に入る方がいい。
 そうして二人は街路樹に輝くイルミネーションを見ながら喫茶店へ向かった。
 お茶の時間には少し遅い時間だが夕食にはまだ早い時間ということもあってか混んでいたが、幸いにして席はいくつか空いていた。店の中央にある席へ案内され、不二はキリマンジャロコーヒーを、はホットココアを注文した。



 店の中へ入るとヴァイオリンの音色が響いていた。曲はメサイア。クリスマスなのでクリスマスの曲が多く演奏されるのかもしれない。
 生演奏を聴きながら食事をするという人生初の出来事が楽しみでもあり、少し背伸びしているように思える過ごし方にドキドキする気持ちもある。心地よい緊張感、とでも言えばいいのだろうか。ともかく、素敵な想い出になるに違いないとは思った。
 案内されたのは演奏場所の近くの席で、ヴァイオリン奏者の指使いが間近に見える距離だった。
「…すごい、近いね」
 四角いテーブルだったが、イスは対面ではなく斜めに置かれており、自分の右隣に不二が座っている。向かい合わせて座るより近い距離だけれど、は小さな声で不二に話しかけた。声をひそめないといけない気がしたのだ。周囲の人は普通に会話しているけれど、演奏者との距離が彼女にそう思わせる。
「うん、僕も驚いた」
 テーブルは演奏場所の周囲に放射状に配置されており、最前列のテーブルは五つ。そのうちの一つに二人は座っている。真正面ではなくやや左斜め前だが、どの席でも価格は変わらないのだから、ちょっと得をした気分だ。由美子は話を持ちかけるより遙か前に予約を入れていたに違いない。
 もみの木や聖しこの夜など馴染みのある曲やロザリオ、聖歌だと思われる曲目がヴァイオリンを初め、時にはピアノや合奏で奏でられていく。
 運ばれてくる料理はアミューズ・ブーシェ、スープ、パン、牛ヒレ肉と鴨のコンフィードフィノワーズ添え、という見た目も華やかで、美味しそうだ。けれど、演奏も素敵なのでじっくり聴こうとすると食事が進まなくなってしまう。料理を味わいながら音楽を聴くというのは、実は大変なことなんだとは思った。事も無げにそれができてしまう不二を見て、器用なんだと羨ましくなった。
 空になった皿が下げられ、ほどなくしてブッシュド・ノエルをそのまま小さくしたデザートとコーヒーが運ばれる頃になってようやく、食事をしながら演奏を聴き、不二と会話することができるようになった。慣れるまでは「うん」とか「そうね」とか返事をできなかったのを、申し訳なかったと思う。

 名を呼ばれて視線を右へ滑らせると、不二はテーブルの上に小さな赤い箱を置いた。箱は片手の掌に乗るくらいの大きさで、雪のように白いリボンがかかっている。
「Merry Chistmas 。これ、僕からのクリスマスプレゼント」
 は黒い瞳を瞠って、ついで細めて嬉しそうに微笑んだ。
「嬉しい。ありがとう、周助くん」
 は受け取ったプレゼントをテーブルに置いて、花刺繍の入った紺色の手提げから緑色の包装紙に赤いリボンがかかった包みを取り出した。二十センチ四方ほどの大きさのそれを不二に差し出す。
「メリークリスマス。私から周助くんに」
「ありがとう」
 不二はにっこり笑ってプレゼントを受け取った。
「…開けてみてもいい?」
 は貰ったプレゼントが気になって訊いた。
「うん。開けてみてって言うつもりだったし」
 君の反応が見たいと思ったし、つけたのを一番に見たいからね、と不二は胸の内で呟く。
 はドキドキしながら白いリボンを解いて、箱の蓋をそっと持ち上げた。すぐに開けてしまうのはもったいないような気がして、ゆっくりと開ける。箱の中には小さな白いケースが入っていた。それを箱から取り出して開く。
「わあ…」
 銀色の華奢なチェーンに五ミリ程の白い珠と珠と同じ位の大きさの水色の星が交互についている。そっと右手の指先で摘んで左手の掌に乗せた。店内の僅かな照明に白い珠と水色の星が煌く。
「…可愛くて綺麗ね、このブレスレット」
「気に入ってくれたなら嬉しいよ」
「うん、とっても素敵」
 瞳を細めて嬉しそうに笑う彼女に不二も笑みを返す。
「そんなに気に入って貰えるなんて、作った甲斐があるよ」
 耳に届いた声には瞳を瞬く。
 作った?
「このブレスレット、周助くんが作ったの?」
の好みそうなのが見つからなかったからね」
 は掌でキラキラ光るブレスレットをとっくり眺めた。そして、気がついた。
「…月と星?」
 水色の星は見たままで星、白い小さな珠は満月に見える。
 不二は柔らかく微笑んだだけで返事はなかった。けれど、彼の微笑みが答えそのもの。
 夜空を見上げるの好きなの、と言ったことを覚えてくれていたのも嬉しいし、なにより手作りしてくれたということがもっと嬉しい。
「一生大切にするね」
「それは嬉しいけど、ちょっと大げさじゃない?」
「そんなことないわ。周助くんがくれた物だもの」
 だから大げさじゃないわ、とは満面の笑顔になる。そんな彼女に不二はくすぐったくも嬉しくて、微笑んだ。
「ねえ、つけて見せて?」
 は頷いて、聖夜に不二がプレゼントしてくれた、世界でたったひとつの贈り物を左手首につけた。
「…ぴったり」
 緩すぎず締めすぎないチェーンの長さには驚いた。手首とチェーンの間は指が一本入るか否かで、どこかにひっかけたりすることもないだろうし、腕を上げても肘の方へ落ちずに止まる。手首が細めなので市販のブレスレットは緩すぎるのだが、このブレスレットの長さはちょうどいい。
専用だからね」
 色素の薄い瞳を細めてフフッと微笑む不二に、ははにかんだ微笑みを返した。
 幸せそうに微笑みあう二人を、シューベルトのアヴェ・マリアが優しく包み込んでいた。




END

※2006年クリスマス夢【Confession】から一年後、中学三年生の二人
聖夜に7つのお題「03.聖夜たったひとつの贈り物」 / 1141 様

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