Reason for being
は食器を洗う手を止め、顔を上げる。チリリンと軽やかな鐘の音がして、アンティーク調の扉が開かれた。 「いらっしゃいませ〜」 そこにいたのは、彼女の恋人だった。 不二はににっこりと笑いかけると、すでに彼の定位置となりつつあるカウンター席へ腰をおろした。 すると何人かのウエイトレスが囁きあう声が聞こえた。 「ねぇ、いつも思ってるんだけど、あの人カッコイイよね」 「うんうん」 「どこの学校かな?」 「あ、学ランの襟に校章がついてるよ」 そんな彼女たちの会話は側にいるの耳にしっかり届いていた。 でも、あえて無視をきめこむ。 不二の噂をしている少女達は、最近この喫茶店に入ったばかりのバイトの高校生たちで、不二との関係を全く知らない。 それに…、とは思う。 自分は社会人で不二は高校生。 しかも二人の年齢差は6年もある。 こんなことを彼女たちが知ったら、どう思われるかわからない。 自分のことを悪く言われるのは我慢できる。 でも、その鉾先が不二に向けられたら…。 なんだか憂鬱だわ…、と胸の内でぐちる。 色々と考えているうちに、の口から知らず溜息がこぼれた。 そんなを不二は心配そうに見ていたが、彼女はその視線に気がついていない。 その時、キッチンから背の高い女性が姿を現した。 「あなたたち、キッチンの中を手伝ってくれる?」 この店のマスターである綾瀬が、かたまって話をしている少女達に声をかけた。そしてに視線を滑らせる。 「ちゃん、オーダーお願いね」 そう言って左目でウインクをした。 マスターである綾瀬と、今日は出勤していないが、と同期で入った彼女と最も仲の良いだけは、二人の関係を知っている。 ゆえに不二がこの店に来ると、こうして気をきかせてくれる。もっとも、それはこの店が今のように空いている時だけであるけれど。 それでも、そんな些細な心遣いが嬉しくて、は笑顔で頷く事でそれを承諾した。 は不二の前に水の入った青いグラスを置いた。グラスの中の氷がカランと音を立てる。 「おまたせしました」 せっかく二人にしてくれたというのに仕事口調のままの恋人に、不二はクスッと笑う。 「その話し方もいいけど、10時間ぶりに逢った恋人同士のやりとりには見えないね」 「しゅ、周助、声が大きいよ」 口元に人さし指を当て、静かにしてと言う彼女に、不二は面白そうに喉を鳴らす。 「僕以外に客はいないよ、 」 「でもキッチンにいる人たちに聞こえちゃう」 小声でそう言った彼女に、不二はキッチンの方を指差す。 「ドア、閉まってるけど?」 言葉の中に「だから普通に話してよ」という意味を含めて言った。 「ね?」 にっこり笑って言った彼には困ったように笑う。 「周助には適わないなぁ」 そんなことはないけどね。でも、教えてあげない。 不二は胸の内でごちた。 「ねえ、。訊きたいことがあるんだけど」 「なに?」 「さっき溜息ついていたよね」 「う、うん」 「どうして?」 「ちょっとね」 苦笑して誤魔化すに、不二は声のトーンをおとした。 「ちょっとね、じゃわからないよ。きちんと話して?」 怒っている様子は微塵もなく、気遣ってくれているのがわかる優しい声だ。 まっすぐ向けられる色素の薄い瞳に抗えなくて、は少しづつ自分が考えていたことを不二に話した。 「全く。そんなことを考えていたの?バカだね、」 「バカとは何よ!私は真剣に――」 の声を遮るように不二の鍛えられた腕が延ばされ、彼女の細い身体は彼の胸の中へ閉じ込められた。 「なんのために僕がいると思ってるの?」 「周、助?」 不二の言いたいことがわからず、は首を傾げる。 すると、の背中に回された腕にギュッと力がこもった。 男にしては細めな身体のどこにこんな力が隠れているんだろうというくらい、不二はきつくを抱き締めた。 「を守るために、僕がいるんだよ」 END 【Les heureux moments】松野なお様に相互記念に献上。 リクエストは年上ヒロインということで、書かせて頂きました。 予定ではヒロインが周助くんに紅茶を淹れるはずだったのですが・・・(汗) 最後しか甘くなくてスミマセン。 なおさん、貰ってくださってありがとうございました。 BACK |