五月下旬。
 どこまでも続く青空の下、僕と は高等部校舎の裏庭で昼食をとっていた。

「今日もいい天気ね。ね、不二くん」
 まるで少女のように笑いながらそう言った が可愛くて、思わずクスッと笑みが溢れる。

「そうですね」
 そう答えると、 は嬉しそうに笑った。

「ところでさ、 先生は桜以外好きな花ってないの?」
「え?どうしたの?急にそんなことを訊くなんて」
 は不思議そうに首を傾げて、黒曜石のように黒い瞳で僕を見つめている。

「急に訊いてみたくなったんだ」
 僕はそう答えたけど、それは建前。
 本当は先月初めて会った時から、 のことが気になっていたから。
 そして、日を重ねるごとに、気になる人は、いつのまにか大好きな人へ変わっていった。
 だから、彼女が昼休みにこの場所で一人で昼食をとっているのを屋上から偶然見かけた時、昼休みの間だけでも を独占できるように、僕は声をかけたんだ。

 それに、好きな人のことを知りたいって思うのは当然でしょ?

 どんな些細なことでも知りたいんだ。


「紫陽花…かな」
「紫陽花?」
「うん。花の色が段々変化していくのが好きなの。それとね、もうひとつ好きな理由があるのよ。なんだと思う?」
「雨上がりの後、水の滴に太陽が反射してキレイだから?」
 僕がそう答えると、 はとても驚いた顔をして、ついで嬉しそうに微笑んだ。
「あたり。よくわかったね」
「なんとなく、ね」
 そう、なんとなく。 ならそう言うだろうって思った。
 理由なんてない。
 あるとすれば、僕がその光景を見た時キレイだと感じたように、 もそう思ってくれていたらいい、という想い。





 Pure-White




「あら?周助、でかけるの?」
「うん」
 玄関でスニーカーの靴紐を結びながら答えると、姉さんはクスッと笑った。
「珍しいわね。今日の周助、なんだかすごく嬉しそう」
「まぁね」
「なんだ。教えてくれないの?」
「フフッ。言わなくても、だいたいわかってるんでしょ?」
 そう言って、姉さんに何か言われる前に僕は家を出た。


 六月は梅雨の時期で雨の降ることが多いけど、今日はそれに反してよく晴れていた。
 この天気なら、雨は降らないだろう。
 きっと紫陽花もよく見られるだろうな。

 そんな事を考えながら、僕は青春台駅へ向かった。
 待ち合わせ時間の10分前に駅に着いた。
 待ち合わせの改札口に目を遣ると、 はすでに着いていた。
 彼女は水色のカットソーに黒いジーンズという格好で、学校にいる時はバレッタでまとめている長い黒髪をおろしていた。
 スーツ以外の服を着ている を見たのは今日が初めてで、嬉しくて胸が高鳴った。

 ――髪をおろしてる 先生を見てみたいな。
 今日の約束をOKしてくれた時言った言葉を、彼女は覚えてくれていた。
 ほんの些細なことなのに、それすら嬉しく感じる僕は、彼女に溺れきっている。

「ごめん。待ったでしょ?」
「ううん。私も今着いたところだから」
 そう言ってふわっと微笑んだ は、髪をおろしているせいか普段より幾分か幼く見えた。
 僕と同学年って言っても、疑う人はいないだろうと思えるくらい。

「髪、おろしてきてくれたんだね」
「うん。だって不二くんが…」
「僕が何?」
  が何を言おうとしているかわかっているけど、それを彼女の口から言わせたくて、先を言ってくれるように促した。
 すると彼女は僕から視線を外して。

「…おろしたところ見たいなって言ったから」
 そう言いながら、 の頬は見る間に赤く染まっていく。
「クスッ。ありがとう。・・・じゃあ行こうか。
「えっ?」
「どうしたの?」
「だって名前…」
 驚いて目を瞠っている彼女に、僕は笑って答える。
「学校の外だし、今日はデートなんだから” ”って呼ばせて欲しいな。…ダメ?」
「…ダメ…じゃない…」
「よかった」


 そして駅から電車を乗り継いで、僕たちは鎌倉へ到着した。
 鎌倉駅から更に電車を乗り換えて、長谷駅で降りた。

 駅から5分ほど緩やかな傾斜の坂道を上がって辿り着いたのは、紫陽花がキレイなことで有名な長谷寺。
 境内には2000株以上の紫陽花が植えられていて、それは見事なところで。
 休日の昼間だけど人はまばらで、紫陽花をゆっくり愛でるには丁度よかった。
 東京からは離れているし、ここなら誰にも見つかることなく、 とデートができる。

「わあ。すごくキレイね〜。青、紫赤…たくさん咲いてる」
 目の前に広がる景色に が瞳を輝かせてそう言った。
 そして、とても嬉しそうに微笑んで。

「不二くん。連れてきてくれてありがとう。すごく嬉しいわ」
 弾んだ声で言った は、とても年上とは思えないほど可愛い。
 その笑顔が見られて僕も嬉しいから、その気持ちを伝えたくて。

「そんなに喜んでくれると、僕も嬉しいよ」
 そう言って笑うと、彼女も笑顔で答えてくれた。
「あっ。・・・ね、むこうに散策路があるみたい」
  が左手の脇道を差してそう言った。
「行ってみる?」
 そう訊ねると、 は嬉しそうな笑顔で頷いた。
「うん」
 僕は彼女の細い手をとって歩き出した。
 怒るかな、と思ったけど、彼女はそうしなかった。
 一瞬驚いたようだけど、 は花が咲くように優しく微笑んで、僕に手を預けてくれた。


 色彩豊かな紫陽花が緑の葉の中に揺れる眺めは、とても壮観だ。
「ピンクの紫陽花、可愛いな」
 鞠のように丸く花を咲かせた紫陽花の花弁にそっと触れながら、 が言った。
 青色や紫色の紫陽花が咲き乱れる中で、ピンク色の紫陽花は目を引いた。

 でも僕は、ピンクの紫陽花よりも、隣に咲いている紫陽花に目を引かれる。
「そうだね。でも、僕は白い紫陽花がいいな」

 汚れのない白は、 のように

 人目を引き付ける

 僕を捕えて離さない、 みたいで――


 それに、可愛いのは紫陽花じゃないよ。
 それを見ているの方が、何倍も魅力的で、とても可愛い。


「白も素敵ね。不二くんに似合うわ」
 その言葉に、僕は苦笑した。
 そう言う意味で言ったんじゃないんだけどね。
 心で想ってないで、直接言うべきだったな。
 でも、彼女は本当にそう思ったから言ったのだろう。
 そう考えると、嬉しくなる。


 でもね――。

「僕よりの方が似合うよ」
 彼女の黒髪に手を伸ばし、長い黒髪を指に絡ませて、その髪にそっとキスを落とす。
「黒髪に映えて、とてもキレイだよ」
 そう言うと、彼女は顔中を真っ赤に染めて。
「…あ、ありがと」
 消え入りそうな声でそう言って、俯いてしまった。
 参ったな・・・。
 そんなに可愛い反応されると、もっと意地悪したくなるじゃない。

「フフッ。そんなに照れなくてもいいのに」
 彼女の髪を離してそう言うと、 は俯いたままで。
「仕方ないじゃない。恥ずかしいんだから」
 そう言って、彼女は一人で歩き出した。

 クスッ。
 本当に君は可愛いね。

 あの時、 を助けたのが僕でよかったよ。
 そうじゃなかったら、君の笑顔を独り占めにできなかっただろうね。


 彼女の後ろ姿を見ていると、数歩進んだ所で が振り返って僕を見た。
 僕はその距離をすぐに縮めて。
 改めて白く細い手をとって、散策路を二人で歩き始めた。





END

キリ番34343を踏んでくださった森島まりん様へ献上。
リクエストは『年上ヒロイン・紫陽花を絡めた話』でした。
某所の設定と似てると思った方・・・正解です(苦笑)あの設定は気に入っているので、つい^^;
まりんちゃん受け取ってくれてどうもありがとう♪


2004.05.10 Ayase Mori

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