桜が散り、木々の葉が青々と生い茂るようになり始めた季節。
 先月の4月に大学一年になった不二は、青春台駅前から数分歩いた場所にあるオープンカフェで、コーヒーを飲んでいた。
 普段よく行くのは落ち着いた雰囲気のある喫茶店で、オープンカフェには滅多に入ることはなかった。
 けれど、今日だけは別であった。
 それは、彼がこの店で恋人である と待ち合わせをしているからである。
 ちなみに、不二より6歳年上の は社会人で、外資系の会社に勤めている。
 今日は平日だが、不二は大学の講議が午前中で終わるということと、 の仕事が休みだったので、久しぶりにデートすることになった。


 約束したのは5日前。
 不二の携帯に届いたメールが始まりだった。



『sabject:付き合ってくれる?

 

 5日後の火曜日、なにか予定ある?周助の講議は午前中だけだったよね?
 なにもなかったら、周助と一緒に行きたいお店があるの。詳しいことは今夜電話するわ』



 そして今に至る。
 どうしてこの店で待ち合わせになったかというと、が電話でこう言ったからであった。

「ねえ、周助。駅前から少し離れたオープンカフェ知ってる?」
「オープンカフェ? そう言えば、何日か前新聞に載ってたね」
「うん、そこ。昨日ね、そのお店に行った同僚がケーキが絶品だったよって教えてくれて」
「クスッ。で、 はそこに行きたいんだね。いいよ、付き合う」
「まだ何にも言ってないんだけど…」
「フフッ。最後まで聞かなくても が考えてることはすぐにわかるよ」
「そんなにわかりやすいかしら…」
 彼女の顔は見えないけれど、複雑そうな表情をしているだろうことが不二には手にとるようにわかる。
 それが にわかっていないことは明白で、不二は顔に微笑を浮かべた。

「火曜日の午後2時にその店で待ち合わせでいい?」


 … 、遅いな
 腕時計に目を遣ると、約束の時間から20分が過ぎていた。
 彼女が待ち合わせに遅れることはほとんどなく、遅れそうな時には必ず連絡がある。
 けれど、今日はまだ連絡が入らない。
 大人だからそんなに心配する必要はないのであろうが、心配なものは心配で。
 ことに不二は に対してかなりの心配性だった。
 それは彼女が一見しっかりしてるように見えて、実はどこか抜けていたりするからだ。
 もっとも、それを言って が不二の心配を分かってくれればいいのだが、彼女にはそれが十分に伝わっていなかったりする。

 心配になって席を立ち上がろうとした、その時。
「周助、ごめんなさい。いっぱい待たせて」

 恋人の姿を色素の薄い切れ長の瞳に捕えて、不二はホッと息をついた。
 そんな彼の仕種に は不思議そうに首を傾げる。

「どうかしたの?」
 訊きながら、彼女は彼の向かいの席に腰をおろした。
「君が時間になっても来ないから、心配してたんだよ。遅れる時は連絡をくれるのに、今日はなかったから」
 不二が言うと、 はバツの悪そうな顔をした。
「ごめんなさい。携帯を家に忘れちゃったの。ほんとにごめんなさい」
 しゅんと項垂れる に、周助は困ったように笑った。
 こういうところは年上とは思えないほどで、そんな も可愛いと心底思うあたり、彼女に溺れているるなと、改めて思った。
 けれど、そんな素振りを見せることなく、不二は言う。

「もういいよ。そういうことなら仕方ないしね。 に何かあったわけじゃなくてよかった」
「うん。 でも、ホントにごめんね」
 申し訳なさそうに上目遣いで謝る に、不二はクスッと笑った。
「それなら、来週の日曜日に僕とデートしてくれる?」




 特等席




 約束の日曜日。
 不二が の家に迎えに来ると言うので、彼女は出掛ける準備を済ませて、彼が来てくれるのをソワソワと待っていた。
 外はとてもいい天気で、出掛けるには丁度よかった。
 二人は外で逢ってお茶をしたり、食事をしたりとそれなりにデートはしていた。
 けれど、今日は久しぶりに遠出をすることになったので、 は嬉しくて仕方がなかった。
 学生と社会人では中々ゆっくり逢うことはできないけれど、その分たまに二人でゆっくりできる時間はとても貴重で。
 彼女はそんな時間が好きだった。

 約束している時間より5分ほど早く、玄関のチャイムが鳴った。
「はーい」
 返事をしながら扉を開けると、そこには が待ちわびていた不二が立っていた。
「おはよう、
 にっこり笑う不二に、満面の笑みを浮かべて応える。
「おはよう、周助」
「出掛ける準備はできてる?」
「うん」
 嬉しそうに返事をした恋人に不二はクスリと笑って、手を差し伸べた。
「じゃあ、行こうか」

 そうして二人で家を出ると、アパートの前に見たことのない車が一台停まっていた。
 あれ?ここに住んでる人でこんな車に乗ってる人いたかな?
  が住んでいるアパートはそれほど部屋数がある訳ではないので、大抵の人は顔見知りだ。
 このアパートには駐車場があるから、車を所有している人は何人もいる。
 けれど、目の前の車は見たことがなかった。
 彼女がそんなことを思っていると、頭の上から楽しそうな笑い声が聞こえて、何事かと は不二を見上げた。
「周助?」
「フフッ。今、誰の車だろうって思ったでしょ?」
 そう訊かれて、 は首肯しようとし、動きを止めた。
 黒曜石のように黒い瞳を驚いたように数回瞬きさせ、不二の顔を見つめる。

「・・・・・・もしかして、周助の?」
「そうだよ…って言いたいところだけど、残念ながら父さんの車なんだ。許可を貰って借りてきたんだよ」
 そのセリフに は更に驚いた。
 不二は今年の2月が誕生日で、18歳になったばかりだったから、まさか免許を持っているとは思わなかったのだ。
 彼女は自分が免許を持っていないので知らないようだが、18歳になる前から免許を取得することは可能なのである。

「だって、周助免許持ってるの?」
「うん」
 そう言って、にっこり笑った。


?どうしたの?」
「えっ?なにが?」

「なにがって、さっきからずっと僕を見てるからさ」
 車に乗ってから何も話さない が自分をじっと見つめていることに気がついた不二が言った。
 運転している横顔に見とれていた。・
 というのが の本音だが、そんなことを面と向かって言えるはずもない。
 彼女は赤く染まった頬を隠すように、不二から視線を逸らした。

「運転がうまいなって思ったの。免許取りたてとは思えないわ」
 自分が取ったことがあるわけではないから詳しいことはわからないが、以前友人から聞いたことがある。
 初心者の運転は恐い、と。
 だが不二の運転は全然恐くないし、とても丁寧で安心する。
 嘘ではなく、そう思った。だから、言いたいこととは違うけれど、そう言った。
「フフッ、ありがとう」
 運転をしながら答える不二に は視線を戻した。
「…ねえ、周助」
「ん?」
「私だけ、よね?」
 小さな声で、独り言のように が言った。
 けれど、小さな声は不二に聞き取れなかったのか、彼は何も言わずにハンドルを握って車を運転している。


 助手席に乗ったコトがあるのは、私だけよね?

 他の人を乗せないよね?

 この席は、私だけの特等席、よね?


「そうだよ」
 とつぜん不二はそう言うと、ハザードを点滅させて車を路肩に寄せた。
 そして彼は の瞳を愛おし気に見つめながら。

「僕の隣は だけの特等席だよ。車に限らず、ずっと…ね」
「…聞こえてたの?」
「もちろん。僕が君の声を聞き逃すはずないじゃない」
 不二は彼女の耳元にそっと唇を寄せる。
「隣にいて欲しいのは だけだから、ね」
 甘く囁くと は耳まで真っ赤に染めた。
 それでも嬉しそうに微笑んで。
「約束よ?」
 小指を差し出すと、不二は細い指に自分の小指を絡ませた。
「約束するよ、僕のお姫様」
 そして、珊瑚色の唇にキスを落とした。


 その後は湖までドライブして。
 夜になって は恋人の家にお持ち帰りされて、二人だけの甘い時間を過ごしたのだった。




END

【Sweet Cafe】花音様へ相互リンク記念に献上。
甘いのか甘くないのか微妙…(汗)一日で書き終えたのは、ココだけの秘密です(笑)
周助くんの運転する車の助手席に座って横顔を見つめる・・・幸せ〜vvv(トリップ中…)

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