Geburtstag




 窓の外へ目を遣ると、空は既に黒く染まっていた。
 夏が近くなりつつあり日は伸びてきているのだが、この刻限では無理のないことかもしれない。
  は深いため息をついた。
「…やっぱり無理だったわね」
 今日は の誕生日で、本当なら今頃は彼女の家で恋人の不二と楽しい時間を過ごしているはずだった。
 だが一昨日急に企画会議が入ってしまい、二人の約束は潰れてしまった。
 こういう時、自分が社会人で5つ年下の恋人が高校生であることを、恨めしく思ってしまう。
 頭では仕方ないと理解をしていても、感情を全て抑え込むことはできない。
 そして、おそらく夜9時過ぎまで会議は終わらないということが、今迄の経験でわかっていた。
 だから は会議が決まったその日のうちに、「明後日は会議が入って逢えなくなった」と不二に告げていた。
 翌日が休みの日ならいいのだけれど、7月2日は平日で、彼には学校がある。そう考えると、夜に逢いたいと、そんなわがままは言えなかった。


 会社を出ると微かに風が吹いていた。
 夏が近い為か風は生暖かく、とても心地いいと言えるものではなかった。
 突然強く吹き抜けた風に、長く艶やかな黒髪が舞い上がる。 はそれを細い手でそっとおさえた。
 ふと、会社の前に人影があるのを彼女の黒曜石のような黒い瞳が捕えた。その人影がまっすぐ に向かって近づいてくる。
、仕事お疲れ様」
「しゅ、周助?どうしてここにいるの?」
 驚きに目を瞠る恋人に不二はクスッと笑う。
「今日は の誕生日でしょ。どんなに遅い時間でも、今日言えなかったら僕が嫌なんだよ」
「でも明日は…」
 言いかけた の言葉を不二はキスで塞ぐ。
「君は僕の誕生日を祝ってくれたのに、僕には君の誕生日を祝わせてくれないの?」
 その言葉に は首を横に振って否定の意をあらわす。
「そういう訳じゃない…でも、いいの?」
 頭一つ分上にある恋人の秀麗な顔を見上げて訊くと、不二はにっこり笑った。
「いいに決まってるじゃない。 帰ろう、
 言いながら差し出された大きな手に が手を重ねると、不二はその手を愛し気に握った。
 そして二人は の自宅へ向かった。



 玄関の扉を開けて部屋の中に入った はリビングの明りを灯して、黒い瞳を見開いた。
 ゆっくり首を巡らせて、隣にいる恋人に目を向けると、彼は楽しそうに微笑んでいた。
「フフッ、驚いた?」
 その言葉に は声を出せずに、驚いた表情そのままにコクンと頷いた。
 彼女の様子に不二は笑みを深くする。
「よかった」
「…周助」
「なに?」
「…ありがとう」
「クスッ、どういたしまして」
 スーツから着替えた がリビングに戻ると、テーブルの上には先程までなかったものが並んでいた。

 不二が自分の隣に座るように を手招きする。
 彼の行動に はくすっと微笑んで、恋人の望むまま隣に座った。
 すると、目の前に彼女の好きなケーキが運ばれた。
「このケーキ…」
 私の好きなあのお店の。
 彼女の心の声が不二にはわかるのか、彼はフフッと悪戯っぽく笑った。
「今日は の誕生日だから、君の好きなものでお祝してあげたくてね」
 そう言われて、 はテーブルの上をあらためて見た。
 並べられた料理はどれも の好物ばかりで、しかも――。
「全部、周助の手作りなのね」
 不二が買ってきたケーキ以外は全て彼の手作りだと気がついて、 は泣きたくなった。
 彼の優しさが嬉しくて、 はたまらず不二の広い胸に顔を埋めた。
 不二は彼女の長い黒髪を優しく梳きながら、柔らかな声で告げる。
「泣かないで? 僕は君の笑顔が好きなんだから」
 そう言って、頭のてっぺんに軽くキスをした。
 ゆっくりと顔を上げると、色素の薄い穏やかな瞳が を見つめていた。
 瞳が合うと、周助は優雅に微笑んだ。
「誕生日おめでとう、
 不二は恋人の柔らかい唇にキスを落とした。


 その後、 と不二は二人きりのパーティを楽しんだ。

 そして翌日。
  のアパートから登校する不二の姿があった。




END


Happy Birthday Dear Nao sama.
という訳で…松野なお様のお誕生日祝に献上させていただきました。
なおさん、受け取ってくださってありがとうございました。
ちなみに”Geburtstag”はドイツ語で”誕生日”の意。芸がないタイトルですみません(汗)

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