おい、 。今度の日曜日、ちゃんと空けてあるんだろうな?
 俺様との約束、忘れんじゃねぇぞ。
 迎えに行ってやるから、おとなしく家にいろよ。
 じゃーな。


「まったく。景吾はあいかわらずなんだから」
 は恋人である跡部から届いたメールを読み終えると、ぼそっと呟いた。
 跡部景吾という男は俺様主義だ。
 それが跡部と初めて出逢った時の の感想だった。


 今から9ヶ月前のある日のことだった。
 うっかり朝寝坊をしてしまった は急いでいた。理由はひどく明白で、遅刻しそうだったからである。
 改札口を出て人込みから抜け出した は、走り出した。そして、数メートル走った時のこと。
「おい、落としたぞ」
 後ろから声が聞こえて、それと同時に肩を叩かれた。
 立ち止まって振り返ると、そこには氷帝学園の制服を着た男子生徒がいた。
 それが跡部景吾だった。
「これ、あんたのじゃねぇのか?」
「え?」
「ほら、これだよ」
 の前にベージュ色のパスケースを差し出した。
「あ…ホントだ」
 ありがとう、と言いながら受け取ると、高校生はフッと笑った。
「じゃ、確かに渡したぜ」
 そして数歩進んだ所で彼は を振り返った。
「急いでいたんじゃねーのか?ぼけっとしてると遅刻するぜ?おねーさん」
 からかうように手をヒラヒラと振りながら、人込みの中へ姿を消した。
 その様子を は呆然と見送っていた。
「なに…あの人。定期を拾ってくれたことには感謝するけど、どうして私が遅刻……」
 そこまで言って、彼女は遅刻ぎりぎりの時間だったことを思い出した。
 今度会ったら文句を言ってやる、などと拉致もないことを考えつつ、 は走りだした。
 だが結局ほんの数分だが遅刻したのだった。


 そして誕生日当日の朝。
  が仕事に出勤するような時間に、跡部は彼女を迎えに来た。
「景吾?なんで?」
 玄関の扉を開けて開口一番、 は言った。
 すると跡部は不機嫌そうに柳眉を顰めながら。
「あ〜ん?なんでだと?迎えに来るとメールしただろうが。見てないとは言わせねぇぞ」
「見てないなんて一言も言ってないでしょ!」
  が反論すると、跡部はチッと悪態をついて。
「じゃあなんだよ」
 ムスッという形容詞が似合うような表情で言った恋人に、 はため息をついた。
 言いたいことだけ言うくせに、違うことだと否定すると、跡部はいつもこうだ。
 面白くなさそうな表情で言っているけれど、それは小さな子が駄々をこねているようで。
 呆れてしまう前に可愛いと思ってしまうのは、惚れた弱味というやつかもしれない。
 勿論そんなことは面と向かって言わないけれど。いい気はしないだろうし、跡部の反撃も恐い。
「ずいぶん早いお迎えだなって思ったのよ。私が景吾のメールを無視するわけないでしょ」
「上等じゃねぇの」
 跡部は切れ長の瞳をフッと細めて、満足そうに微笑んだ。



 跡部家に着くと、 は恋人の部屋に連れていかれた。
 初めて跡部家に招待された時は、家の大きさや使用人の数に驚いた。外装も内装も、まるで外国の宮殿のようで、広すぎて迷子になるのではないかと思ったほどだった。
 人間にも慣れというものがあるけれど、これには中々慣れることはできないでいる。
 跡部家を訪れた時、良家の跡継ぎである跡部がなぜ自分という人間を選んだか、と疑問を抱いたこともある。けれど――。
「お前が好きだから俺はお前を選んだ。それ以外の理由が必要か?」
「景吾は跡継ぎでしょう?もっと貴方に相応しい……っ」
 言いかけた を、跡部は荒っぽいキスで遮った。
「俺に相応しい女かどうかは俺が決めることだ。誰にも、お前にも文句は言わせねぇ」
 射抜くような瞳で、これからも隣にいろと言われて、彼の想いが嬉しくて。
 不覚にも涙が出そうになった。
「私でいいの?」
がいいんだよ。信じられないっていうなら、これから証明してやるよ」
 跡部は不敵に笑うと、再び にキスを落とした。


「おい、
「え? あ、景吾」
「あ、景吾、じゃねぇ。なにをぼけっとしてるんだ?」
 部屋へ戻った跡部がソファに座っている の隣に座りながら言った。
「ん…この部屋に初めて来た時のこと、思い出してたの」
 その言葉に跡部はクックッと笑った。
 それに が眉を顰めるのと、跡部が細い身体を引き寄せたのは同時だった。
「ちょ…景吾?」
「俺を信じろ、 。俺にはお前しかいないんだ」
 耳元で囁いて、跡部は の身体を離した。
  は呆然と跡部の顔を見つめたまま、動けないでいた。
 そんな彼女の様子に、跡部は面白そうに笑って。
「おい、 。左手を出せよ」
「え?」
「ったく、しょうがねぇな」
 言いながら、跡部は の細い左手をサッと救い上げた。
「これから先も俺様の隣にいろよ」
  の左手の薬指に銀色に輝く指輪を嵌めて、跡部は笑った。
 深い緑色をしたトルマリンがついた指輪が照明にキラキラと光りを放つ。
 トルマリンは10月の誕生石、深い緑色は の好きな色だ。
 突然のできごとに、 は指輪と恋人の顔を交互に見遣って、黒い瞳を潤ませた。
「ありがとう、景吾。すごく嬉しいわ」
「フッ…褒美は でいいぜ?」
「なななな……っ」
 潤んだ瞳のまま、 が頬を真っ赤に染めて狼狽える。
 そんな彼女の慌てた様子に跡部はニヤッと笑って。
「今日は一緒に過ごす約束だったんだ。いいじゃねぇか」
「それはそうだけど!」
「じゃあ、決まりだな」
「ま、待って」
「んだよ」
「まだ聞いてない」
 小さな声で言うと、跡部は軽く目を瞠った。
 だがそれはすぐにかき消えて。
「Happy Birthday
 甘く囁いて、細い身体を柔らかいソファに沈めた。



 ずっと俺の隣にいろよ、――


 疲れ果て眠ってしまった恋人の耳元で囁いて、跡部は幸せそうに笑った。




END


【Sweet Cafe】玲様のお誕生日お祝いに献上。
Sweet Cafe様の三大王子様でお届けv 玲さんのお好きな色情報ありがとうでした、花音さん。


BACK