お仕事中すみません。
 今度の日曜日の約束、覚えていらっしゃいますよね?
 忘れたとは言わせませんよ。
 9時に伺いますから、ちゃんと起きていてください。
 日曜日、楽しみにしていますよ。

「…一言余計よ」
 携帯の画面を睨み付けて、 はボソッと呟いた。
 これではまるで、いつも寝坊しているようではないか。
 たまに寝坊はするけど、仕事に遅刻したこともあるけど、観月に言われるほど寝起きは悪くないはずだ。
 丁寧な言葉遣いなのに、どことなく嫌味があるような気がする。
「まあ、はじめくんらしいから許そう。うん」
 一人で納得すると、 は携帯を閉じてデスクに戻した。



  と観月が出逢ったのは3月の終わり。桜が咲き乱れる季節だった。
 よく晴れた日曜日、高校時代の友人と会うために、 は繁華街の外れにある喫茶店に向かった。
 その喫茶店は友人の親戚が経営している店で、高校を卒業後、彼女はそこで働いていた。
 定休日なのだが、親しい友人知人を呼んで、ささやかな同窓会をすることになっていた。
 そこで会ったのが、観月はじめだった。観月 の友人の弟で、手伝いをさせるために連れて来たと言っていた。
「どうかしましたか?」
 窓際の日当たりのいい席に座ってぼんやりとしていた は、声がした方へ顔を向けた。
 そこには白いトレーにティーカップを乗せた観月が立っていた。
「日射しが温かくて、ぼーっとしてたの」
 苦笑して見せると、観月はクスッと笑って。
「そこは店内でも一番日射しが当たる席ですからね。よかったら、眠気覚ましにどうですか?」
 そう言うと、観月はテーブルの上にティーカップを置いた。
「いま淹れたばかりのミルクティーです。少し濃いめにしてあるので、眠気覚ましに丁度いいと思いますよ」
「ありがとう」
  はカップを傾けて一口飲んだ。
 ミルクの甘さと紅茶のバランスが良くて、それはとても美味しかった。
「すごく美味しい。これ、はじめくんが?」
「ええ、そうですよ」
 観月の言葉に は暫し考えてから、口を開いた。
「ねえ、はじめくん」
「なんでしょう?」
「淹れ方、教えてくれないかな?」
 それから はしばらくの間、仕事の帰りに喫茶店に寄って、観月にミルクティーの淹れ方を教えてもらっていた。そのうちに彼を意識するようになって。
 その二ヶ月後、観月から告白されて付き合い始めた。



 約束の時間9時ぴったりに鳴ったインターフォンに苦笑しつつ、 は扉を開けた。
 そこにはの予想通り観月がいた。
 観月は「お邪魔します」と言いながら家に上がる。
さん、ちゃんと起きてくださったのですね」
「当たり前でしょう。迎えに来てくれた人を待たせる訳にいかないでしょ」
 そう言うと、観月は満足そうに笑った。
 そして。
さん、手を出してください」
  が言われるままに右手を差し出すと、観月に紙袋を手渡された。
「何?」
「貴女へのプレゼントですよ。開けてみてください」
「え?いま?」
「ええ、いますぐに」
 観月は前髪を右手の人さし指で弄びながら、んふっと笑った。
 明らかに何か企んでいそうな表情なのだが、何か言っても丸め込まれてしまうのは明確だ。
  は紙袋に入っているものを取り出して、床へ置いた。
 そして、包装を解いて箱を開けた。
「・・・ワンピース?」
 目の前に服を広げて、 は驚いた声を上げた。
 色は黒で、裾が長く、シンプルなごく普通のワンピースだった。
「これ、はじめくんが?」
「いいえ、違います」
「えっ?」
  はワンピースと恋人の顔を交互に見遣って、観月に視点を定めた。
 訝し気に観月を見つめると、彼は苦虫を噛み潰したような表情で、面白くなさそうに。
「姉から貴女へと預かったんです。それに着替えてください」
「え…あ、うん」
 今の観月に何か訊いたとしても、素直に教えてもらえないだろう。
 だから はワンピースを手にして寝室へ入り、扉を閉めた。
 出かける予定だったので、すでに化粧をすませていた。化粧を服に付けないように注意をはらいながら、着ていた服からワンピースに着替えた。
「はじめくん、お待た……あれ?はじめくん?」
 着替えて玄関に戻ると、いつのまにか観月の姿がなかった。
 彼が履いてきた黒い革靴は並べてある。だから、彼は家の中にいる。
 すると は急に後ろから抱き締められた。
「姉からのプレゼントなのは気に食わないですが、とてもよく似合っていますね」
 耳元で囁かれ、身体の温度が上昇していくのがわかった。
 けれど、束縛されていた身体は至極あっさりと解放された。
 不思議に思って振り返ると、微笑をたたえた観月と瞳が重なった。
「まだ言ってませんでしたね」
 優雅に微笑みながら言った恋人に は首を傾けた。
「お誕生日おめでとうございます、 さん。 これを貴女に」
 言いながら、観月はワンピースの胸元にブローチをつけた。
 蝶の形をした銀色のブローチで、羽の部分に宝石がついている。
「キレイなブローチ…」
「お気に召していただけましたか?」
「うん。ありがとう、はじめくん。 でも・・・」
 宝石はおそらくグリーン・トルマリンだろうと予想がついた。
 けれど、ブローチはプラチナではないかと思われた。
 プレゼントは嬉しいけれど、でも――。
 すると観月は不敵に笑って。
「受け取ってください。僕が貴女にプレゼントしたくて、初めてバイトしたんです」
「え?バイト?」
 言うと、観月は慌てたように手を振った。
 言わなくていいことまで言ってしまって彼は焦っているらしい。こんな彼は初めて見た。
 けれど、そんな彼がとても愛しく思えて、 はにっこりと花が咲くように微笑んだ。
「本当にありがとう。ずっと大切にする」
「ええ」
 観月は少しだけ赤く染まった頬で笑って。

「ずっと僕の隣で微笑んでいてください。 愛してます、

 初めて自分の名前を呼び捨てにされて驚いていると、観月の顔が近付いてきた。
 そして、優しく唇が重ねられた。




END

【Sweet Cafe】玲様のお誕生日お祝いに献上。
Sweet Cafe様の三大王子様でお届けv 玲さんのお好きな色情報ありがとうでした、花音さん。


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