Love Fight




 全身が映る鏡の前に立ち、鏡の中の自分をチェックする。
 夏が近付き暑くなってきているので、肩より少し長めの黒い髪は結い上げた。先日なにげなく読んでいたファッション雑誌で見て、可愛いと思った髪型。何度か練習した甲斐もあって、上手に結い上げることができた。
 そして耳には蒼いムーンストーンのイヤリングをつけた。 の誕生日に不二がプレゼントしてくれたものだ。
「う〜ん‥‥胸元がちょっとマズイかなあ?」
 半袖のアイスブルーの色をしたワンピースは、胸の部分がひらいている。
 ひらいていると言っても下着が見えたりするほど開いてはいない。だが、 の恋人は彼女がこういう服を着ることをよく思っていない。
 不二曰く――。
の柔肌を僕以外に必要以上に見せたくないから」
 毎年夏になると言われるセリフを思い出し、 は考え込むように首を傾げた。
 何か上に羽織るべきだろうか。
 でも今日は暑い。木々の葉が揺れていない所を見ると、風もないようだった。
 テレビの天気予報は、一日晴れであることを告げていたし。
「‥‥‥これぐらいならいいよね」
 胸元が見えるとなれば問題があるが、このワンピースは見えないし。
 なにより、今日のデートの為に作ったのだ。不二に見てもらいたくて。
 それを言えば、彼だって納得してくれる。
 彼は人一倍独占欲が強いけど、 に対してだけ甘くて優しいのだ。

「その服、よく似合ってるね」

 笑顔でそう言ってくれる恋人を想い描きながら、 は家を出た。
 夏休みに入って数日、久しぶりの休日だった。
 テニス部が休みならマネージャーである もまた休みだ。
 毎日のように不二と顔を合わせてはいるが、二人きりでデートするのは二週間振り。
「お〜い。 ちゃ〜ん」
 自宅を出て隣の家を通り過ぎようとした時、ふいに自分を呼ぶ声がした。声のした方へ視線を向けると、隣の住人である丸井ブン太が大きく手を振っていた。
「どっか出かけんの?」
 いつのまに家からでて来たのか、丸井は の傍へ駆け寄ってきた。
 この状況はマズイ。
 待ち合わせに遅れないようにと思い早めに家を出たのに、いきなり捕まってしまうなんて。
 焦りつつもそれが表に出ない様に、 は顔に笑みを浮かべた。
 どうかデートだということがバレませんように、と祈りながら。
「友達と映画を観に行くの」
 そう答えると、丸井は不敵に笑った。
「そんなにオシャレしてて逢うのはトモダチ?」
「久しぶりのお休みなんだもの。オシャレしたっていいでしょ」
 不二とのデートでないことを強調してみせる。
 だが。
「ねえ、 ちゃん。不二なんかヤめてオレと付き合わねー?」
  は内心で大きく溜息をついた。
 人の話を聴いていない上に、話の方向性が悪くなってきた。
 考えたくはないが、このあと更に行く手を遮られるかもしれないのだ。
 そう考えると、ここに留まって時間を無駄にはできない。
「付き合いません。私には周助くんだけなの。じゃあ、そういうことだから」
 言って、 は走り出した。振り返ることなく。
 相手は立海大付属のレギュラーだから、追い付かれてしまうかもしれない。例え彼の履物がビーチサンダルだったとしても油断できない。
 しばらく走り商店街に出た所で、ちらりと後ろを振り返ってみる。
 脇道や裏道を通ってきたからか、丸井は追いかけてきていなかった。
 もっとも、巻けたのか諦めてくれたのか定かではないが。
 重要なのは邪魔をされないことなので、 は安心してホッと息をついた。
「よかった、丸井君がビーチサンダル履いてて」
 そう言って視線を前に戻した は、黒曜の瞳を見開いた。
 数メートル先のスポーツショップの前に、見たことある人がいる。
 オレンジ色の髪に白い学ラン。
「どうしてこう次から次に‥‥。やっぱり周助くんに迎えに来てもらえばよかった」
 そう思ったが、不二が迎えに来てくれていたら、新作のワンピースで出かけられなかったかもしれない。
「似合ってるけど、胸元開き過ぎてない?」
 秀麗な顔に笑みを浮かべて口調は穏やかに、でも言外に着替えてと言われそうな気がする。
  は自分の考えに苦笑した。
 とりあえず気づかれる前に逃げようと思った、瞬間。
 瞳が合ってしまった。
 青学のデータマンとあだ名される乾が、女のコ好きだから気をつけた方がいい、と。
 去年の春、都大会の会場で千石を差しながら言っていた。
 あの時捕まってしまった を助けてくれたのは、恋人の不二だった。
 だが、不二はここにいない。となれば、自力でなんとかするしかない。
 また走って逃げなくてはいけないと思うと、うんざりする。けど、仕方ない。
  は踵を返して走り出した。
 だが、数メートル走った所で左腕を掴まれた。
ちゃん、捕まえた〜っと」
 語尾にハートマークがつきそうな声で言われても困るんだけど。
 そんな言葉をどうにか押し殺して、 は振り向いた。
「あの、千石さん」
「なんだい?」
「手を離して欲しいんですけど」
 言うと、千石は首を横に振った。
「離したら逃げちゃう気でしょ?」
 その言葉に「はい、逃げます」とは言えず、 は困ったように眉を顰めた。
 どうやって手を離し‥‥あ、そういえば――。
「千石さん、今日は部活お休みなんですか?」
 にっこりと笑顔を浮かべて言った。
 以前、不二に言われたのだ。そういう時は、にっこり笑ってごらん、と。
  の笑顔に油断する筈だから、その隙を見て逃げてね、とも言っていた。
 本当に実践することになるとは思わなかったが、どうやら役に立ったようだ。
「君が笑いかけてくれるなんて、俺ってラッキー」
 千石は目元を下げて、右手で頬を左手で頭を掻きながら笑っている。
  は不二の助言に感謝しつつ、千石の脇を通り抜け、駅前のカフェに向かった。
 カフェに入る前に、辺りを見回す。大丈夫だ。丸井も千石もいない。
 白いバッグから携帯を取り出して、時間を確認する。
 時刻は午前9時35分。不二との待ち合わせは、午前10時だった。
「いくら周助くんでも、まだ来てない‥‥よね」
 デートをする時は今日のように邪魔者が入らないように、不二が家に迎えに来ることが多い。
 待ち合わせしている時は待ち合わせ時間の10分前に が来ても、不二はすでに来ている。ということは、もう少しすれば不二が来るだろう。

 待ち合わせであることを店員に告げると、4人掛けできる席へ案内された。
 夏休みである為か、店内はそこそこ混んでいる。
 入口の正面ではないが出入りする人が比較的見やすい席で、 はアイスミルクティーを飲みながら、不二を待っていた。
 扉の鐘がチリリンと鳴る度に視線を入口へと向ける。
 入ってきたのが彼でないことを確認すると、再び視線を戻す。
 それを幾度か繰り返していると。
「あ‥‥」
 声を上げたと同時に、不二が笑みを浮かべてテーブルへとやってきた。
 と、その時。
「んふっ。 さんじゃないですか。こんな所でどうしたんです?」
 その声に が口を開くのより早く。
「僕とデートだからだよ」
 言いながら、細い肩に置かれた手を不二が払いのけた。
 そして、恋人の細い身体を背後から腕の中に閉じ込める。
「また貴方ですか。不二周助」
 両腕を胸の前で組んで、観月が不機嫌そうに言った。
 すると不二は色素の薄い瞳に氷刃にも似た光を浮かべて。
「フルネームで呼ぶの、いい加減やめてくれないかな。それと に触れるのもね。の髪1本まで僕のなんだからさ」
 これみよがしか牽制か、不二は の頬に軽いキスを落とす。
 それに が白い頬を瞬く間に真っ赤に染めると、不二はクスッと微笑む。
「まだ慣れない? フフッ、可愛い」
  の赤く染まった耳元で囁いて、観月に向かって不敵に微笑んだ。
「わかっただろ? は僕のだってこと。それとも、もっと見せつけた方がいいかな。お望みなら今度は の唇にキスしてみせるけど?」
 視線をすえて告げると、観月は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「仕方ありませんね。今日の所は諦めますよ。 ですが、今度はそうはさせません」
 観月は踵を返すと、カフェを出て行った。
、平気?」
「え?あ、うん。平気」
 答えると、不二は「それならよかった」と微笑んで、 を抱きしめている腕をほどいた。
 オーダーを取りにきたウェイターにコーヒーを頼んで、彼女の向かいへ腰を降ろす。
「ねえ、 。ここへ来る時なにかあったでしょ?」
「何かって?」
  は意味がわからず首を傾けた。
 耳元で蒼いムーンストーンのついたイヤリングが動く。
「イヤリングが片方しかついてない」
「えっ?」
 驚いて、白く細い指で自分の耳を触る。
 左指には感触があるが、右指には感触がない。
「やだっ‥‥落としちゃった?」
 今にも泣き出しそうな表情で、 が立ち上がった。
 探しに行くのだろうと察した不二は細い腕を優しく掴む。
「大丈夫だよ。ちゃんと取りかえしてきたから」
 「ね?」と言って、不二が微笑む。
 彼が広げた掌に、蒼いムーンストーンがついたイヤリングがのっていた。
「来る途中で立海大の丸井に会ってさ‥‥様子がおかしいから問いつめたら、僕が にプレゼントした筈のイヤリングを持っていたんだ」
「‥‥‥周助くん、よくわからないんだけど」
「丸井がイヤリングを掠め取ったんだよ。の気を引きたかったみたいだけど、そんなのは許せない」
 不二は恋人の右耳にイヤリングをつけながら続ける。
「丸井にはは僕のだってことをはっきり言っておいたから、安心していいよ」
 笑顔で言う恋人に、黒曜の瞳を驚きに瞠った。
 つまりは、話すきっかけが欲しくてイヤリングをかすめ取ったということだ。
 不二からのバースデープレゼントだし、とても大切にしていたし、気に入っていた。
 だから、イヤリングがなくなったわけじゃなくてよかった。
 けれど、不二は丸井に何と言ったのだろう。
 まさかとは思うが――。
「フフッ、心配しなくても、僕だけが知ってる のことは一言も口にしてないよ」
「しゅ、周助くん!」
 顔を真っ赤に染めて慌てる に、不二はクスッと微笑む。

は誰にも渡さない。例え誰が相手であろうとね。よく覚えておくといいよ」

 色素の薄い瞳に凍てつく氷のような光を宿して、口元には笑みを浮かべて。

 そう告げただけ――。


 不二は恋人の柔らかな唇に甘いキスをして、にっこり微笑んだ。




END

【Secret Bird】の貴様へ相互リンク記念に。
「周助くんにヤキモチを妬かせる。相手は観月・丸井・千石の誰か」
というリクをいただいた筈が‥‥周助くんヤキモチ妬いてないような気が‥‥(滝汗)
お待たせしてしまったお詫びに観月・丸井・千石を相手にしてみたのですが、貴さんの誕生石もいれてみたりしちゃったりなんかしたのですが‥‥
い、いかがなものでしょう?(ドキドキ)
【Anjelic Smile】 Ayase Mori   2005.07.26

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