「卒業しても…傍にいてね?」

 君は覚えているかな?一年前に言ったことを。

 その一言が僕にとってどれほどの価値があるのか、きっと君はわかっていないだろうね。

 でも、わからなくていいんだ。

 君は君のまま、僕の傍にいて――。




大切な君




 木の葉が風に揺られて、カサカサと音を立てる。
 秋の気配を含む風は心地いいけど、少し冷たい気がする。
 見上げた空はオレンジ色に染まり始めていた。
「あれ?不二先輩じゃないっスか」
 懐かしい声が聴こえた方へ目を遣ると、後輩が立っていた。
 テニスバッグを背負っている桃の隣には、二つ下の後輩越前がいる。
「やあ。桃に越前。久しぶりだね」
「今日はどうかしたんスか?」
 不思議そうに首を傾げて訊いてくる桃に、クスッと笑って。
「ちょっと…ね」
「ふぅん。そういうことっスか」
 僕がいることに対してどういうことかわかっていても興味がないような越前とは違って、桃はわかっていないようだった。不振気に眉を顰めている。
「不二先輩、俺にはさっぱり意味がわからないんですが」
「桃先輩、わからないならわからないままの方が幸せっスよ」
「そりゃどういう意味だよ」
「そのままの意味っスよ」
 困惑したままの桃をおきざりにして越前は歩きだした。
「おい、待てよ。 不二先輩、俺も失礼するっス」
 僕と越前に交互に目を遣って、桃は慌てたように越前の後を追った。
 予想通りの行動をしてくれた越前に、思わずクスッと笑みが溢れた。


 今日だけは特別だから、誰にも邪魔はさせない

 君は心が狭いって言うかもしれない

 呆れて困ったように笑うかもしれない

 それでも今日だけは、絶対に譲れない


 今日は愛しい君の――


「周助?どうしたの?」
 口元に細い指先を当て、黒真珠のような瞳を瞠る にクスッと笑って。
に逢いに来たんだよ。恋人に逢いに来るのに理由がいる?」
  は白い頬を微かに赤く染めて、首を横に振った。
 そして僕の大好きな可愛い笑顔を浮かべて。
「嬉しいわ。私も周助に逢いたかったの」
 愛らしく微笑む を抱きしめてキスしたい。
 そんな感情をどうにか抑えて、細い腕を引き寄せるだけに留めた。
 僕はもう在校生ではないから気にする必要はないけれど、 が恥ずかしがるから仕方ない。
「そう言ってくれて嬉しいよ」
 細い指を絡めるようにして手を繋ぐ。
  に触れるのは2日振りだけど、もっと長い間触れていなかったような気がする。
 それだけ僕の心の中を が占めている証拠だ。
「どうかしたの?」
  が首を傾けて訊いてくる。
といられて幸せだなって考えてた」
 君の胸元で揺れるホワイトオパールのペンダント。
 それを見ると君は僕だけの君だと嬉しくなる。
 心のままにそう言ったら、きっと は照れてしまうんだろうね。
 でも僕は知ってる。照れながらも君は応えてくれるって。
「今日は…いられるの?」
 見つめていると は僕から僅かに視線を外した。
 長い髪の合間に見え隠れする耳が赤く染まっている。
「今日は初めからそのつもりだったけど?」
 耳元に唇を寄せて囁くと、白い頬が瞬時に淡く色付いた。
 それがどうしようもなく可愛くて愛しくて。

 想いが溢れて止まらなくなる――。

「フフッ、言ったよね?来年も再来年もその先もずっと僕に君の誕生日を祝わせてね、って。それに僕が の誕生日を忘れる筈ないでしょ」
「今日が私の誕生日なの、覚えててくれたのね」
「あたりまえだよ。誰よりも愛しい が生まれた大切な日なんだから」
 僕の腕にそっと身体を寄せる君が愛しい。
 そんなに可愛い仕種で甘えられたら、寝かせてあげられなくなりそうだ。
「周助…嬉しい」
「そんなこと言っていいの?」
「え?」
 きょとんと首を傾ける にクスッと笑って。
「今日は寝かせてあげられそうにないから、覚悟して…ね」
「え?あのっ、周助?」
「フフッ。パーティーの後で をゆっくり愛させてもらうよ」
 今日はずっと一緒にいられるの?
  からの初めての誘いを僕が断るわけないじゃない。


、誕生日おめでとう」
 可愛い唇に甘いキスをして、細い身体をぎゅっと抱きしめた。
 すると はくすぐったそうに微笑んで。
「ありがとう、周助。‥‥あなたを愛してるわ」
  が黒真珠のような瞳をゆっくり閉じた。
 閉じられた瞼に軽くキスをして、僕を待つ可愛い唇に熱く深いキスを落とした。




END

【森の遊歩道】森島まりんさんのバースデープレゼントに。
差し上げたSSとは若干異なる部分があります。

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