Special Day




 風薫る、5月の末。
 一際目立つ集団が街中を歩いていた。
 すれ違う人々が足を止め思わず見愡れてしまうほどの容姿をしている。けれど、本人たちはそれを気に止める様子はない。
「ねえ、手塚」
 静かに自分を呼ぶ声に、手塚は視線を前へ向けたまま応える。
「なんだ?不二」
「君、今日は用事があるって言ってたよね。確か…大石と」
 色素の薄い切れ長の瞳が、斜め前を歩く大石の後頭部に突き刺さる。
 ぎぎぎっ、と壊れた機械のように振り返った大石の顔には、引きつった笑みが浮かんでいた。
 大石、ガンバ!
 小さく拳を握った菊丸の心の声が大石に届いたのか、大石は顔と手を否定するように横に振る。
 そして、隣にいる相方を指差した。瞬間、菊丸が大きい瞳を更に大きく開いたのは言うまでもない。
「そ、そうなんだが、英二に誘われたんだ。が誘ってくれたから出かけようって」
 その言葉に色素の薄い瞳を細めた不二は、菊丸を見据えた。
「英二。大石の言ったこと本当なの?」
 口元を上げ微笑んではいるが、目が笑っていない。
 菊丸は必死で首を横に振って、自分ではないと強調する。
 河村と海堂が同情の眼差しを菊丸に向けるが、助ける気配は微塵もない。
 そして桃城と越前は。
「おい、越前。英二先輩、顔面蒼白だぜ」
 桃城が越前に耳打ちすると、越前はちらりと視線だけを菊丸に向けた。
「菊丸先輩もまだまだっスね」
「お前、ちょっと冷たいんじゃねえか?」
 その言葉に越前は顔に不敵な笑みを浮かべて、桃城を見上げた。
「なら、桃先輩がなんとかしてあげればいいじゃないスか。オレは巻き込まれたくないんで遠慮しときます」
 うっ、と桃城が声を詰まらせたのを見て、
「桃先輩も、まだまだだね」
 越前はそう呟いた。
 ちなみに乾は、と言うと―――。
「なるほど。実に興味深い・・・この場合・・・」
 試合中以外ではいつでも持ち歩いている、通称『乾のデータノート』にぶつぶつ呟きながら、彼曰く、最新のデータを書き込んでいた。
「っ・・・て、手塚ッ!」
 誰からも助けてもらえないと察した菊丸は、手塚をガシッと捕まえた。
 驚愕に彩られた黒い瞳が、今にも泣き出しそうな顔をした菊丸に向けられる。
 菊丸の瞳は「助けて」と語っているが、手塚は首を横に振り、言外に無理だと告げた。
「それでも部長かよっ」
 叫ぶ菊丸に、手塚は視線を逸らして。
 元、だ。今は違うぞ。と、胸の内で呟いた。
「すまない。 ならともかく、俺には無理だ」
 きっぱりと告げられて菊丸がガクっと肩を落としたと同時に不二の携帯が鳴った。
「あ、からだ」
 嬉しそうにクスッと笑って、不二は通話ボタンを押す。
 その表情の変化に誰もが突っ込みを入れた。もちろん、胸の内でこっそりと。
、どうしたの?」
「遅いから何かあったのかと思って。今、どこにいるの?」
 なんとかの声を聴こうとメンバーは不二を取り囲み、耳を傾ける。
 通りかかった人々が何事かとひそひそ囁き合いながら通り過ぎていく。
 不二が歩くとメンバーも歩く。誰がどう見ても怪しい集団にしか映らないような光景だ。
 街中を通り過ぎ住宅街へ入ったからいいようなものの、人通りの多い街中だったら通報されてもおかしくない。
「ヤマダさんちの前を通り過ぎたところだけど・・・、どこにいるの?君がいるの、家じゃないでしょ」
「あ…はは。わかっちゃった? 今、3丁目の角を曲るわ」
 柔らかな声が耳に届いたのと同時に、10メートル程先の曲り角にが姿を見せた。
 手を振ってにっこり微笑むに、我れ先にと全員が駆け出す。
 そして、彼女との距離が間近になった瞬間。
「不二!」
「不二先輩!」
 の華奢な身体を不二が横から攫った。
 その行動に全員から不満を露にした声が上がる。
「言い忘れてたけど、は妊娠してるんだ。 だから、飛びついたりしないようにね」
 にっこりと微笑む不二に唖然とするメンバーたち。
 それを見て不二はフフッと愉しそうに微笑んだ。
「待たせてごめんね、。頼まれた物、買ってきたよ」
 そう言って、手にした買い物袋を見せて優雅に微笑む。
「ありがとう、周助。 これでデザートが作れるわ」
 ふわりと微笑んで、は胡桃色の瞳を不二の後ろにいるメンバーに向けた。
「みんな久しぶりね。会えて嬉しいわ」
「あ、ああ。久しぶりだな、。元気そうでなによりだ」
 一番に我に返った手塚が声をかけた。
「手塚君も元気そうね」

「あ、乾君。久しぶりね」
  が首を傾けて柔らかく微笑む。
「ああ、久しぶり。不二と仲良くやってるみたいだな」
「ええ」
 乾の言葉には嬉しそうに笑みを零す。
 すると、それを見た越前がの視界に入り込んだ。
先輩。今からでも遅くないから、不二先輩やめてオレの・・・むぐっ」
「お、お久し振りっス。先輩」
 不穏な言葉を紡ごうとした越前の口を手で塞いで、桃城が声をかけた。
 その光景に、はくすくす笑って。
「二人とも、相変わらずなんだから」
「はあ、全く・・・」
 呆れたように頭を抱える大石に、は苦笑を浮かべた。
 そんな彼女に気がつき、大石は照れたように笑って。
「やあ、久しぶりだね。元気そうで安心したよ」
「うん、そうだね。それに…幸せそうだね」
 河村の言葉に、の白い頬が僅かに赤く染まる。
先輩・・・結婚二周年おめでとうございます」
「ありがとう、海堂君。あなたも元気そうでよかったわ」
「・・・っス」
 目元を僅かに赤く染めた海堂に、菊丸がムスッと拗ねた顔になる。
 皆がと話しているのに、自分だけ萱の外にいるからだ。
 身体が自由なら話の輪に入れるのだが―――。
「不二・・・」
「なに?」
「俺もちゃんと話したいんだけど」
「ダメ。 に無理させないならいいよ、って僕、言ったよね?」
「言ったけどっ!ちゃんがいいよって」
「僕のが頼まれて断るわけないでしょ」
「・・・反省してるから」
 縋るような視線を向けてくる友人に不二は深い溜息をついて。
 仕方ないなあと呟いて、菊丸を拘束していた腕を離した。
「ただし、抱きついたり触ったりしたら・・・わかってるよね」
 フフッと笑って言った不二に、菊丸は身の危険を感じて必死に頷いた。
 そして、の傍に移動して。
ちゃん」
 名を呼ぶと、優しい笑みが菊丸に向けられる。
「おめでと!」
「ありがとう。今日はゆっくりしていってね」
「もっちろん」
 弾む声で返事をする菊丸にはふふっと微笑んだ。
「みんなもゆっくりしていってね」
「無理にとは言わないから、早く帰ってくれてかまわないよ」
 の肩を抱き寄せて、不二がにっこり微笑む。
「周助っ!」
「フフッ、冗談に決まってるでしょ。でも・・・は誰にも渡さないよ」
 瞳を細めて宣言すると、愛しい妻の柔らかな頬にキスを落とした。




END

【Saint Joker】の深海宙様へサイト二周年記念のお祝いに。
2006.05.28
Ayase Mori


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