「ちょっと早過ぎよね・・・」
 駅の改札を出て腕時計で時刻を確認したは、あまりに早く着いてしまった自分に苦笑した。
 いくら楽しみにしていたからと言って、30分以上早く着いてしまうとは早いにもほどがある。
 彼と待ち合わせる時、彼はいつも時間より早く来て待っていてくれるけど、これだけ早いとやはり彼の姿はない。
 近くの喫茶店で時間を潰すということもできるけれど、はこのままここで周助を待つことにした。
 一日千秋の思いで今日が来るのを指折り数えていた。
 だから一秒でも早く逢いたい。
 柔らかな微笑みを、真っ直ぐな眼差しを見たい。
 優しい声が聞きたい。




 Bouquet of Love




 周助のことを考えていると、時間はあっという間に過ぎていった。
 一秒でも早く顔を見たくて南口を見つめていたの夜空色の瞳に、待ち望んだ人の姿が映る。
 その瞬間、その人の姿だけが色づいて見えて、周囲の喧騒が聞こえなくなった。
、もう着いてたんだね。待たせてごめん」
 穏やかな声が耳に届いたのと同時に、は周助に抱きついていた。
「…周助」
 まるで幻でないことを確かめるように身を寄せてくるの身体を、周助はふわりと抱きしめる。
 ずっと温もりを感じたかったのは、だけではない。周助もまた彼女の温もりを欲していた。 
「ただいま、
 耳元で響く穏やかで優しい声に、は周助の胸に埋めていた顔を上げた。
 は白い頬をほんのり赤く染めて嬉しそうに微笑む。
「おかえりなさい、周助。逢いたかった」
「うん、僕も君に逢いたかった」
 その言葉と一緒に、淡く色づいた頬に優しいキスが落ちる。
 途端に真っ赤になり言葉を失うに、周助は切れ長の瞳を細めてクスッと微笑む。
 変わっていない彼女が、とても愛しい。
「周助?」
「ん?」
「なにかあった?」
「どうして?」
「なんとなく、いつもと違う気がしたから」
 頬に手を当てて見上げてくるに、周助は色素の薄い瞳を僅かに瞠った。
 と周助は家が隣同士で小さな頃からよく一緒に遊んでいた幼馴染で、周助より三歳上のは、今のように周助の僅かに違う雰囲気に気づくことがよくある。
「昨日ちょっと寝付けなかったから、それでかな?心配させてごめんね」
「大丈夫?」
 黒い瞳を心配そうに細めるに、周助はにっこり笑って。
「大丈夫だよ。気遣ってくれてありがとう、
「ううん。でも、無理しないでね」
 周助は「うん」と頷いて、の細い手を取った。
 今日はこれから周助の家に行くことになっている。次の大きな試合まで日本で調整することにした周助は、マンションを借りて住んでいる。もっとも住んでいると言っても帰国したのは数日前なのだが。



 駅から歩いて15分程した頃、周助の住むマンションが見えてきた。
 マンションのエントランスをくぐり、エレベーターで五階へ向かう。
「どうぞ」
「あ、うん。お邪魔します」
 玄関のドアを開けた周助に中に入るように勧められて、は部屋へ入った。
 周助は家具の他には物が少ない部屋のリビングへを招く。
、ちょっと待っていて」
「うん」
 頷いて、はベージュ色の皮製のソファに腰掛ける。
 ちょうどよい硬さのソファで座り心地がよく、こういうソファが欲しいなとが思っていると周助が戻ってきた。
 その彼の手にあるものを捕らえて、夜空色の瞳が驚きに瞠られる。
 どうしてそんなものを持っているのかという疑問より先に、絵になっていて素敵だと思った。
 あまりに似合っていて、魅入ってしまう。 
?」
「あっ…」
 名を呼ばれて、彼に見惚れていた自分に気がつく。
 僅かな恥ずかしさに、の白い頬が桜色に染まる。
 その年上とは思えない可愛い仕草に、周助はクスッと小さく笑った。
 こういうところも含めて全部――彼女の全てが愛しい。
「…
 いつもと違う緊張を含んだような声と、真っ直ぐに見つめてくる切れ長の瞳に、の心臓がどきりと高鳴る。
 今まで忘れていたけれど、昔、言った覚えがある。けれどそれは囁きでしかなく、周助には聞こえていないと思っていた。その証拠に彼はその時、何も言わなかったから。
 だけどそうではなかった。
 真摯な瞳に高鳴る心臓が自分のものではないような気がする。
「僕はもう君と離れていたくない。ずっと…傍にいて欲しい」
「…っ」
 もしかして、と思っていた言葉なのに、嬉しいのに、うまく声が出ない。
 まだ答えていないのに、眦から涙が溢れて頬を伝い落ちていく。
 頷くだけでもと思うのにそれさえもできない。
さん、僕と結婚してくれますか?」
 しなやかな長い指で優しく涙を拭って、周助が柔らかく微笑む。
 は口元を両手で覆ってこくんと頷く。
「は…い」
、これを…」
 周助が腕に抱えた大きな花束をに差し出す。
 真っ白なトルコキキョウだけで作られた大きな花束は、の願いを形にしたもの。
『…真っ白なトルコキキョウの大きな花束を手にプロポーズされたいな…』
 口の中で呟いただけの囁き。
 聞こえていないと思っていたし、はそれでもよかった。
 花束がなくても周助が求婚してくれるだけで、それだけで幸せだから。
「…私…周助を愛してる…」
 両手で花束を受け取り、涙で潤んだ瞳でが微笑む。
 はにかむような微笑みに、周助は瞳を細めて微笑み返す。
「僕も愛してるよ」
 トルコキキョウの花束ごと細い身体を抱きしめると耳元で甘く囁いて、柔らかな唇に愛を込めた熱いキスを落とした。




END

サイト移転企画で「周助くんから真っ白のトルコキキョウの大きな花束をもらってプロポーズされたい。出来たら少し年上の幼馴染で」というリクエストを森島まりん様よりいただきました。

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