薄桃色のワンピースの上にかぎ針編みの白いカーディガンを着たは、姿見の前で全身をチェックした。
 そしてどこもおかしところがないのを確認すると、ベージュのバッグを持って家を出た。
 柔らかな春の陽射しとこれからのことに心が弾む。
 今日は久しぶりのデートで、とても楽しみにしていた。
 ここ数日は曇り空が続いていたのだが、今日は一日中天候が崩れずにいい天気だと今朝のニュースでやっていたのも、心を弾ませる要因だ。


 デートの約束をしたのは昨日。学校からの帰り道だった。
 三週間後に控える関東大会に向けて休みなく組まれていた部活だったが、顧問である竜崎先生から明日はオフだと練習後に通達があった。
 止むを得ない事情ができ、練習を見られないらしい。
 いつもなら部長、副部長に任せて練習をなくすことはないのだが、全く顔を出すことができない用事らしく、大会前に万が一があっては困るという理由でオフになったのだ。
「せっかくのオフだし、一緒に過ごそうよ」
 そう不二に誘われて、は二つ返事で頷いた。
 毎日部活で顔を合わせているし、寝る前にはメールや電話もしている。
 けれど、二人きりで過ごせるのは久しぶりだった。
「どっちの家にする?」
、疲れてる?」
「え?疲れてないけど、どうして?」
 質問の意味がわからなかったが、とりあえず答える。
 すると不二はにっこり微笑んだ。
「デートしようよ。家で二人きりで過ごすのもいいけど、と出かけたいな」
「え、いいの?」
 彼が疲れているかもしれないと出かけることは考えていなかったので、正直に言って嬉しい。
 瞳を輝かせて見上げてくるに不二はクスッと微笑む。
「もちろんだよ。、どこに行きたい?」




 どこにいても




 家に迎えに行くと言う不二の誘いを「周助と待ち合わせしたいの」と断ったは最寄り駅から電車に乗り、5つ目の駅で電車を降りた。
「えっと…西口は…」
 初めて降りた駅で少し迷いそうになりながらも、案内板を頼りに不二との待ち合わせ場所に向かった。
 待ち合わせた時間まで、あと10分弱。少し早いが、彼は時間より前に来る人なので、あと5分もすれば来るだろう。
 周助はどんな格好をしているかなとか、これから観る映画のことなどを考えて待っていた。
「…周助遅いな…」
 腕時計の針は待ち合わせ時間を15分過ぎたが、待ち人の姿は見えない。
 不二が時間に遅れてくるなど考えられない。もし遅れるのならメールか電話で連絡をくれる筈だ。
 そう考えてはハッとした。
 電車に乗った時、携帯の電源を切っていたのだ。
 不二からメールか電話があったかも、と慌てて電源を入れる。
 けれど、携帯の電源は入らなかった。
「え?なんで?」
 ボタンをいろいろ押してみても画面は切り替わらず、黒い画面のまま。
 ちゃんと充電してきたのにどうして、とパニックして泣きそうになる。
 もう一度ダメもとで電源ボタンを押すと、画面がフッと切り替わった。
「あっ、つ――」
 ついた、と続く筈の言葉は喉の奥に消えた。
 携帯がついたことはついたのだが、表示された画面は電池切れのサイン画面。
 はしばし呆然とした後、近くに電話会社の店があればそこで充電ができるかもしれない、と駅構内を出て、店が立ち並ぶ通りに向かった。
 もし店がなくても、公衆電話があれば不二と連絡が取れる。
 そうして駅を出ただったが、彼女はまだ気づいていなかった。
 不二と待ち合わせた駅が違うことに。



 が駅に着いたのとほぼ同じ時間に、不二は待ち合わせの駅にいた。
 彼女が時間より早く来ることはわかっているので、いつも少し早く来るようにしている。
 そのことには気がついていないと思うが、それは別に気がついていなくていい。
 不二がそうしたいのだから。
 けれど、約束した時間になってもの姿が見えない。
 寝坊でもしたかな?
 そんなことを考えながら、ジャケットのポケットから携帯を取り出す。
 電話をしてみようと携帯を開いて、不二は指を止めた。
 まさかとは思うが、ありえないことではない。
「もしかして駅を間違えてる…?」
 ただの勘だが、当たっているような気がして不二は走り出した。
 改札口を通り抜け階段を駆け上がる。そして発車寸前の電車に飛び乗った。
 紛らわしいことに、青春台駅と清春台駅という駅があり、このふたつの駅は隣同士だったりする。
 読み方は違うが、見た目が同じように見えるから間違えて降りているかもしれない。
 そう考えた不二の読みはあたっていたのだが、はどうにか不二に連絡を取ろうとしていたので、西口にはいなかった。
 駅構内出口近くに売店があったので、携帯に保存しているの写真を見せながら訊いてみた。
 売店のおばさんから話を聞いた不二は礼を言って、おばさんの差した方角――店の立ち並ぶ通りへ向かった。
 この駅に店はない…となると、公衆電話。
 駅周辺の店の配置をざっと思い出し、携帯ショップがないことを確認した不二は、次にが考えそうな場所へ向かった。
 携帯で連絡が取れないなら公衆電話から、となら考えるだろう。
 走り出した不二の切れ長の瞳に薬局屋が映った。あの店を曲がった所に公衆電話がある。
 そして角を曲がった不二は、色素の薄い瞳を瞠った。探していた彼女に二人連れの男が声をかけていたのだ。
っ!」
 駆けつけた不二は、の腕を掴もうとしていた背の高い男の腕を寸前で払いのけた。
 そしてすばやくの細い身体を背後へかばう。
「しゅ…っ」
 恐怖が限界に達していたは、不二の背中にぎゅっとしがみつく。
 恐くて、でも逃げ出せなくて、「周助!」と心の中で名前を呼んでいた。
 そうしたら、本当に彼が来てくれた。
 斜に男達を睨む不二の瞳は氷のように冷たく鋭い。
 射るような視線に気圧された二人の男が後ず去る。
「…っ、男いんのか」
「い、行こうぜ」
 虚勢を張った男達は雑踏の中に消えて見えなくなった。
 不二が振り返ると、はホッとした顔で抱きついた。
 を安心させるように、不二は彼女の頭を大きな手で優しく撫でる。
「もう大丈夫だよ」
「ん…ありがとう、周助」
 不二の声にもう安心なのだと実感したは、埋めていた顔を上げた。
「ねえ、周助、今日はどうしたの?」
 気持ちが落ち着いたは、自分がここにいる理由を思い出し、そう訊いた。
 不二が遅れたからナンパされたとは微塵も思っていないし、むしろおとなしく待っていなかった自分に非があると思っている。
 不思議そうに首を傾けるに、まだ気づいていないのだと悟った不二は困ったように笑って。
「ねえ、
「なに?」
「約束した待ち合わせ場所、言ってみて?」
「え?青は…あっ!」
「気づいたみたいだね」
「ご、ごめんなさい、周助。私っ」
 不二が来ないのではなく、自分が場所を間違えていたことに気づいたは真っ青になった。
 それだけではない。
 彼が間違いに気づいてくれなかったら、今頃はどうなっていたことか。
 でも携帯電話の電源が入らないというトラブルがなければ平気だったのに。
、落ち着いて」
 ぐい、と細い身体を抱き寄せる。
 オロオロしていたの意識が不二に向く。
「君が無事ならそれでいいから」
「でもっ」
「ね?」
 反論を許さない口調で、細めた瞳で言われて、は頷くしかなかった。
 こういう顔をした不二には、何故か逆らえない。
 いや、逆らってもいいのだが、あとが恐い。だから、頷く以外の選択肢がない。
「…周助は…」
「ん?」
「どうして私がここにいるってわかったの?」
「どうしてだと思う?」
「わからないから訊いてるのに…」
 むうっと頬を膨らませて怒るに、不二はクスッと笑った。
 可愛い。
 胸の内で呟いて、不二はの耳元へ唇を寄せた。
がどこにいても、僕にはわかるんだ」
 囁きに頬を真っ赤に染めるに、不二は色素の薄い瞳を愛しげに細める。
「僕の心はで満たされてるから…ね」
 フフッと微笑んで、柔らかな唇を甘いキスで塞いだ。




END

サイト移転企画で「待ち合わせの場所を勘違いしてしまったヒロイン。
時間になっても周助さんが来ないので携帯で連絡をと思ったら携帯が何かのトラブルで使えない状態になっていて連絡が取れなくて…」というリクエストを千波矢様よりいただきました。
このあとの話を千波矢さんが妄想してくださったので、ドリームにしてお届けしました。千波矢さん宅で掲載されています。

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