夜空の下で




 漆黒の空に無数の星が輝いている。
 その光景をはベランダに座り見上げていた。
 冬の空は他の季節に比べて空気が澄んでいるというから、星空がよく見えるのはそのためだろう。
 都会のくすぶった空ではこれほど見えないだろうが、ここは星が美しく見える所で有名な土地だ。
 これほどまでに見えるのなら、有名なのは当然だと思える。
 だが目当ては天体観測ではなく、別のものにある。
「寒くない?」
 優しく気遣う声が耳に届いたのと同時に、後ろから抱きしめられた。
 夜風で少し冷えていた身体が、柔らかな毛布と不二の体温で包まれる。
 両腕でぎゅっと抱きしめられて、の白い頬がほんのりと赤く染まった。
 別に初めてではないのだが、いつもドキドキしてしまう。
 けれど、背中から抱きしめられるのはイヤではない。
 彼の腕に包まれて、幸せさえ感じてしまう。
「・・・周助がいるから平気」
「クスッ。可愛いこと言ってくれるね」
 耳元で響いた甘い囁きに、細い肩がぴくりと動く。
 ドキドキしている心臓の鼓動が、また少し早くなる。
「…本当なのに」
 口の中でぼそっと呟くと、フフッと愉しそうな笑い声が聞こえた。
 そして少しだけ抱きしめている腕の力が強くなる。
 不二は何も言わないが、それが彼の答えだとわかって、は嬉しさに微笑んだ。
 二人で毛布に包まって待っていると、しばらくして漆黒の夜空に光が煌いた。
「わあ…」
 の唇から感嘆の溜息が零れる。
 打ち上げ花火を見るのは初めてではないけれど、何度見ても感動する。
「すごいキレイね」
 赤や青、緑、オレンジなど色彩豊かな花火が夜空に花を咲かせる。
 少しでも目を離すのがもったいなくて、は夜空を見つめている。
「冬に見るのも雰囲気が違っていいわね」
「そうだね」
 まあ僕はと見られるのなら、どっちでもいいけどね。
 不二は心の中で呟いて、クスッと小さく笑った。
 それから数分の間、お互いの体温の心地よさを感じながら静かに花火を見ていた。
 夜空に咲く大輪の花が織り成す、光と音の世界に引き込まれたように。

 連発して花火が上がって、そろそろ終わりなのかと思った、その時。
 今までの花火より一際大きい花火が上がった。大きさもだが響く音も大きい。
 これほどまでに大きな花火をは今まで見たことがない。花火大会などに行けば見られるのだろうが、今のような花火は一度しか見たことがない。夏の風物詩であるのはわかっているのだが、人込みが苦手なので。
「ねえ、周助。今のすごく大きかったわ」
「ああ。今のは三尺玉だね」
「あっ、ラストに上がるって周助が言ってたやつね」
 真冬に行われる珍しい花火大会があるから、泊りがけで見に行かない?
 そう言って不二が誘ってくれた時に、ラストに打ち上げられる花火が見事だと聞いた。
 それが三尺玉であるということまで不二は話さなかったが、それはに少しでも多く喜んでもらいたかったから。
 楽しみは後にとっておくから、もっと楽しくなるのだ。
「どう?楽しかった?」
「うん、とっても。終わっちゃって少し寂しいけど」
 は首だけを後ろに向けて、ふふっと微笑んだ。
「もう中に入る?それともまだここにいる?」
 の肩から少し落ちそうになっている毛布を引き上げながら、不二が訊いた。
「…もう少しここにいていい?」
 花火は終わってしまったけれど、まだ見られるものがある。
 明日の午後には帰るから、見られるのは今夜限りだ。
 だから、夜空に輝く星々を楽しみたい。
「もちろんいいよ。だけど、そんなに長くはダメだからね。もう唇が冷たくなってるし」
 唇の輪郭をたどるように長い指を這わせて、不二は色素の薄い瞳を細める。
 かあっと頬が熱くなっていくのを感じながら、は素直に頷いた。
「フフッ。あとで僕が温めてあげるよ」
「だっ、大丈夫よ!お風呂に入って温まるからっ」
 は必死に抗議をしたが、不二は魅惑的な微笑みでそれを一蹴したのだった。




END

カウンター99999を踏まれた、みちよ様へ。
「寒〜い冬に、周助くんにあたためてもらいながら花火を見たい」というリクエストをいただきました。

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