特別な時間を、君へ 微風に街路樹の葉がさわさわと揺れ、空からは春の陽射しが降り注いでいる。 桜色の蕾は綻び始めていて、よく見ると花が咲いている枝がある。 年が明けて三ヶ月が経つが、こうして景色を楽しんで歩くのは久しぶりかもしれない。 見慣れた風景なのに新鮮に感じるのは、やっぱり開放されたからだろうか。 担任教師から志望大学の受験は問題ないと言われていたけれど、だからと言って受験勉強をおろそかにはできなかった。 勉強の息抜きをしていても、受験に関することを全て忘れてということはなかった。 けれど、その受験も無事に終わり、昨日の合格発表の結果は合格だった。 「…あれ?そうするとなんか変…よね?」 一昨日の夜、「合格発表に付き添っていいかな?」と不二から電話がかかってきた。 特に断る理由もなかったので大学まで一緒に行って、だけ合格を見に行き、不二は近くの喫茶店で待っていた。 掲示板で合格を確認したは不二が待つ喫茶店へ喜び勇んで報告して、その時に今日のデートの約束をした。 昨日は嬉しさで気づかなかったけれど、よく考えるとおかしいような気がする。 が受験したのは不二の通う大学だし、彼なら合格発表の場所まで付き添ってくれそうなのに、そうではなかった。 それに、デートの誘いも前から決まっていたような口振りだった。 あれこれ考えながらも足を動かしていたので、約束の場所へたどりついた。 「素敵なお店…」 不二から渡された地図に示された場所と同じだと確認したは、顔をほころばせた。 乳白色の煉瓦を積んで造られたような、二階建ての建物。重厚な感じはなく、お洒落な印象を受ける。 …周助さん、もう来てるのかな? 店の中で待っているから、と言っていたから大丈夫だろう。 もし彼が来ていなくても自分が待っていればいいだけの話だ。 アンティーク調の扉を引くと、扉につけられた鈴がチリリンと鳴った。 が店の中に一歩踏み込んだ、その瞬間。 一斉にパンパンパンと大きな音が耳に届いて、驚きに目を瞠るの頭上に細い紙テープが降り注ぐ。 「おめでとう、ちゃん」 何が起きたのかを考えるより先に聞こえた声に、は更に目を瞠る。 「やあ、久しぶり。元気にしてたかい?」 佐伯が両腕を胸の組んで、笑顔で首を傾ける。 ようやく少し落ち着いたは、顔を綻ばせた。 「サエさん。お久しぶりです」 「今日は楽しんでいってよ」 言われて、は頭から吹き飛んでいたことを思い出した。 ここへは不二と待ち合わせているから来たのだ。 店の中で待っているから、と言われていたから扉を開けて店内へ入った。 そうしたらクラッカーの音がして、目の前に佐伯が立っていた。 「」 名を呼ばれて、今の状況を把握しようとしていたは声がした方へ視線を向けた。 「昨日も言ったけど、大学合格おめでとう」 不二がにっこりと柔和な笑みを浮かべる。 思わずその笑顔に見惚れそうになって、はかぶりを振った。 「周助さん、昨日はこのために?」 「クスッ。うん、当たり」 うまくいってよかったよ、と不二は楽しそうに笑う。 「周助さん嬉しそう…」 「うん、嬉しいよ」 フフッ、と微笑む不二は、イタズラが成功して喜んでいるこどものようで、は何も言えなくなってしまう。 不二は困ったように笑うの肩や髪についたままの紙テープをサッと取った。 「じゃ、ちゃん、座って座って」 二人のやりとりを見守っていた佐伯がタイミングを見計らって声をかけた。 は頷いて、佐伯が片手を上げているテーブルへ向かう。後ろを一歩分の距離を空けて不二が続いた。 不二と佐伯に言われるままが席に着く。 テーブルの中央には小さな花瓶があり、ピンク色の花が一輪挿してあった。 「少し待っていて」 「すぐに戻るから」 不二と佐伯はそう言うとテーブルを離れていった。 一人になったは店内へ視線を向けた。 柔らかな陽射しが差し込む店内はとても穏やかで、落ち着いた気分にさせてくれる。 ブラウンで統一された家具類はお洒落で、外国映画に出てくるようなカフェだ。 こんな素敵なところで過ごせるなんて幸せ。 ふふっ、と微笑むの耳に足音が届く。 戻ってきたんだと視線を向けたは、黒い瞳を輝かせた。 「お待たせしました、お姫様。フルーツタルトでございます」 フチに薔薇模様が施されている白い皿に、カットされたフルーツタルトがのっている。 佐伯はの右手側にカトラリーを置いてから、持っているフルーツタルトを彼女の前へ置いた。 そこへティーセットを揃えた不二が姿を見せた。 「姫、お待たせしました」 トドメと言わんばかりに極上の笑みを浮かべる不二に、の白い頬が一瞬で赤く染まった。 そんな彼女に不二が色素の薄い瞳を細める。 「なっ、どっ…」 見るからにうろたえるに、不二はうーん、と首を傾げる。 「なに言ってるの?どうしたの二人とも、かな」 言葉になっていないの声を分析しながら、不二は何も入っていないティーカップをテーブルの上に置く。 カシャン、と小さな音がしたのをきっかけに、に冷静さが戻ってきた。 言われなれない単語を連続で言われたものだから、動揺してしまった。 不二はにクスッと微笑んで、ポットの中身を赤い小花柄のティーカップへ注ぐ。 紅茶を淹れたティーカップをの傍へ寄せ、ティーポットを丸いマットへ乗せ、コジーを被せる。 それから不二はの瞳を見た。 「ダージリンファーストフラッシュです。どうぞお召し上がりください」 「…二人は食べないの?」 一人分しかないのを不思議に思いが訊くと、二人は異なる笑顔で微笑んだ。 佐伯は夏空のように爽やかに。不二は優しく包みこむように。 「今日はちゃんの大学合格祝いだからね。ちゃん優先」 「が美味しそうに食べる姿を堪能してから食べるよ」 佐伯の言葉は嬉しいが、不二の言葉には少しばかり引っかかる。 けれど、気にしたら負けだ、とは思った。 「ありがとうございます。周助さん、サエさん。すごく嬉しい」 こんなふうに大学合格を祝ってもらえるとは思っていなかった。 デートではなかったのが残念だけれど、二人が祝ってくれる方が嬉しい。 「僕達二人からの合格祝いだから、が喜んでくれて嬉しいよ」 色素の薄い瞳を細めて微笑む不二に、は楽しそうに微笑み返した。 END 亜衣里様へ 大学合格のお祝いに。 BACK |