rareness ― case of Fuji (Saeki ver) ― 紅葉した木々の葉が落ち始めている。 暦は師走になり、これから寒さは増してゆくだろう。 そんな冬の日の午後。 周助はキッチンで紅茶を淹れているところだった。彼がお茶を淹れることはあまりない。が淹れてくれることがほとんどだからだ。けれど一ヶ月ほど前から、その回数は増えている。 その理由は、最愛の妻が妊娠しているからだ。 すでに臨月に入っているから、周助は試合を休み、トレーニングに行く以外は家にいる。 心配性ね、とは苦笑したけれど、自分が留守の時にが産気づいたらと思うと遠征になど行ってはいられない。 淹れ立ての紅茶を、ダイニングテーブルへ運ぶ。 周助に気がついたは読んでいた雑誌を閉じてテーブルの隅へ寄せた。 「ありがとう、周助」 周助は嬉しそうに微笑むに微笑みを返す。 の好きなティーカップに淹れた紅茶を彼女の前に置き、自分の分もトレイからテーブルへ移して、斜向いに座った。 「ん、いい香り。 いただきます」 「クスッ。どうぞ」 応えて、周助もカップに口をつける。 湯気の立つ温かな紅茶を一口飲み、美味しく淹れられたかなと思った。 に視線を向けると、彼女は幸せそうな顔で飲んでいた。 それを見て、合格かな、と周助が思った時、電話の着信音が響いた。 「僕が出るよ」 立ち上がろうとするを制し、チェストの上にある電話の受話器を取る。 「不二です」 「ひっさしぶり〜、不二。元気かー?」 学生時代から少しも変わらない明るい友人に周助はクスッと楽しそうに笑う。 「うん、元気だよ。英二も元気そうだね」 「もっちろん元気だよ。 今さー、大石といるんだけど、ちゃんおめでたなんだって?」 「ああ」 「おめでとう、不二。オレ達の中で一番乗りだな」 「うん、そうみたいだね」 「いつ産まれるんだ?」 「もう臨月だからいつ産まれ――」 言いながらの方を見、周助は色素の薄い瞳を見開いた。の笑顔が一転し、眉根を寄せたからだ。 「…不二?」 「っ!」 周助は菊丸に応えることなく電話を切って、に駆け寄った。 「…う、……っ、周助…」 「うん」 が何も言わずともわかったから返事をして、ジーンズのポケットに入れていた携帯電話で病院に連絡を入れた。 そうして周助はを連れて病院へ車を走らせた。 窓ガラスが風でカタカタ音を立てているが、その音は周助の耳には届いていない。彼の意識は別のところにあるからだ。 病院へ着いて、出産が近そうだと判断されて、はすぐに分娩室へ入った。 それからどのくらい経っているのかわからない。 周助はが心配で、待合のソファから立ち上がってうろうろ歩いたり、再び座ったりと落ち着かない。 様子が見えない、わからないことが、なおさら落ち着きをなくさせる。 右往左往している周助の姿は、ある意味貴重な光景かもしれない。 不意に、一人でいるから落ち着かないんだと思い、周助はポケットから携帯を出して電話をかけた。ここでの携帯電話の使用が禁止かを確認する余裕が周助にはなかったけれど、幸いにして使用禁止の張り紙などは出ていなかった。 三回目の呼び出し音が終わる前、電話が繋がった。 「不二?どうかした?」 「なんでもないんだけど。 明日晴れるかな?」 「晴れみたいだよ。東京の気温は確か12度、だったかな」 不意で、さらに意味のわからない電話なのに佐伯が付き合ってくれている不思議さに周助は疑問を持っていない。それだけ周助は落ち着きがないのだ。 ちなみに佐伯が不審に思っていないのは、菊丸から電話があったからだ。電話を一方的に切られた菊丸は唖然としたし、切られた理由を思いつかなかったけれど、一緒にいた大石に話して理由に行き着いた。 二拍ほどの短い沈黙が落ち、先に口を開いたのは佐伯だった。 「……まだなのか」 「うん、まだだよ」 再び沈黙が落ちる。 「…………不二」 「うん?」 「深呼吸してみたらどう?」 「呼吸ならしてるよ」 「…そうか」 「うん」 会話になっているのかいないのかわからない電話は、数秒後に終了した。 出産が終わり病室へ移されたと二人きりになり、周助は座った椅子から体を乗り出すようにして彼我を縮め、の左手を取って両手で包んだ。 「」 「ん?」 わずかに疲労が滲んでいるけれど、の優しい微笑みが周助に向けられる。 「元気な子を産んでくれてありがとう」 「…っ、周助…」 は感極まったように、黒い瞳を潤ませた。 周助はの眦から零れ落ちる涙にそっと唇を寄せた。 END BACK |