Darling Darling




「周助、ずいぶん余裕なのね?」
 風呂から上がって、濡れた髪をタオルで拭きながら が言った。
 すると不二は読んでいたテニス雑誌から視線を上げて、不思議そうに首を傾げた。
「何が?」
 そう返してきた不二に、は盛大に溜息をついてみせた。
「何が、って周助、あなた3日後が中間テストだって覚えてる?」
「ねぇ、
「何?」
「僕、嬉しいよ」
「は?言ってる意味が全然わからないんだけど?」
 どこをどう取れば嬉しいのか皆目わからず、 は訝し気な視線を恋人に向けた。
 すると、不二はクスッと笑って。
「はじめて僕のこと『あなた』って呼んでくれたでしょ」
「・・・・・・」
 はこめかみを抑え、できるだけ平常心を保てるように努めて、なんとか自分のペースを取り戻せるよう試みる。
「周助、私は真面目に言ってるんだけど?」
「うん、僕も真面目だよ」
 の頭の中で、ぷつっと何かが切れた。
「そう、そんなに余裕があるのね。それなら私と約束してちょうだい」
「いいよ。何?」
 あまりにもあっさり不二が約束の承諾をしたものだから、は頭にきていた筈なのに、途端に拍子抜けしてしまった。
「周助、私が言うのも何だけど、そんなに簡単に約束しちゃっていいの?」
「うん。 以外の人との約束は絶対に嫌だけど、 は僕の婚約者だからね」
 絶対に嫌と僕の婚約者という言葉を強調した不二の言葉を は聞かなかったことにして。
 それなら・・・、と続けた。
「全科目満点じゃなかったら、一週間私の言うことを聞く。…どう?」
は得意気に口元を上げて笑ってみせた。
  不二と は二ヶ月程前に出会って、付き合い始めたばかりであった。
 だから、 は不二の成績が優秀であることなど知る由もなかった。
 一方、不二の方は、 の事を出会って間もないのに恐いくらい知っていたりするけれど。
「いいよ。じゃあさ、 も僕と約束してよ。僕が全科目満点だったら、僕の言うこと何でも聞いてくれるよね?」
「やだ」

 即答した に不二の瞳が僅かに細まった。
「僕だけ約束するのってずるくない?」
「ずるくない。周助はいつも強引に言うこと聞かせてくるでしょ。だからダメ」
「ふぅん・・・。ま、別にいいけどね。そう思われているなら、僕にも考えがあるから」
「何よそれ?」
「ヒミツ。…あ、一週間後の夜は空けておいてね」
 
不二はにっこりといつもの笑顔の二割増の笑顔で言うと、バスルームへ姿を消した。
 残された は眉間に皺を寄せて、不二が言ったことを考えてみた。

 一周間後って…?

 三日後は1学期の中間テストでしょ。
 テスト期間は…中等部は三日間だったわね。その翌日は…テストの結果が分かる日。
 やけに自信たっぷりに約束していった不二の顔を脳裏に浮かべて、 は背中に冷や汗を流した。
 けれど、約束してしまった手前、いまさら後には引けない。否、いますぐ行方をくらませたとしても、あの不二なら確実に自分を見つけるだろう。
 そして、とんでもないことをされるのは目に見えている。
「私、はめられた?」
  に残された道は――
「周助の成績が落ちますように」
 
もはや神頼みしか残されていなかった。



 そして一周間後。
  の祈りは天に届かなかった。
 不二は返された解答用紙をズラッとリビングのテーブルの上に広げてみせた。
「うそ!?」
は目を皿のようにしてテーブルに広げられた用紙を見るが、何度見てもそれは満点の解答用紙にしか見えない。
、約束は守ってね。一周間なんでもしてくれるんだよね」
「そんなこと言ってないッ!なんでも言うこと聞くとしか約束…」
 
そこまで口にして、 は慌てて口をつぐんだ。しかし、それは既に遅かった。
「何でも聞いてくれるんだ?じゃあ、頑張ったご褒美ちょうだい」
 
不二は嬉々として言うと、 をフローリングの床へ押し倒した。
「ちょ…っ!しゅう…っ」
「ご褒美は 自身がいいな」

 不二は の唇をキスで塞いだ。



 それから一周間のあいだ青春学園中等部男子テニス部では、3年生レギュラーの不二周助と臨時コーチの の姿が見られなかったとか。




END

【Love*Junction】椎名あや様へ。
あやちゃんの書く黒不二には遠く及ばないですが、なんとか黒不二に仕上がったのではないかと。
でも、またしても続きが気になる終わり方に・・・。
あやちゃんの希望により、続編を2本予定しています(1本は裏夢)

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