戦いは再会から始まる




 新学期が始まり数日が過ぎた4月中旬。
 放課後のテニスコートでは、いつものように青学男子テニス部の練習が行われようとしていた。
「全員集合!」
 部長の手塚がコートに散らばる部員たちを召集した。
 手塚の横には副部長である大石と、男子テニス部顧問の竜崎スミレが控えている。
 そして、スミレの斜後ろにはピンク色の青学ジャージを着た小柄な少女が立っていた。
 集まった部員たちを見遣り、スミレが口を開く。
「みんな揃ったね。突然だが、今日からテニス部のマネージャーになった者を紹介するよ」
 その言葉に部員の視線がスミレの後ろに立っている少女に注がれた。
 身長は青学ルーキーの越前リョーマとさほど変わりない。
 少女の背中の中程まである黒い髪は後ろでひとつに三つ編みされていた。
 そして透けるように白い肌は、緊張の為かうっすら赤みを帯びている。
「ほら、挨拶しておくれ」
 そうスミレが促すと、少女は一歩前に進み出て、微かに俯かせていた顔を上げた。
!」
 少女が自己紹介するより早く、彼女の名前を呼んだ人物が二人いた。
 は声が聞こえた方を向いて、黒曜石のような瞳を瞬く。
「…もしかして、周ちゃん!? それにリョーマ君じゃない」
「えっ?さん、不二たちと知り合いなのか!?」
 大石は驚きに瞳を丸くして、に声をかけた。
 が驚いた表情のまま頷く。
「はい。びっくりしました」
「お前たち、そういうのは練習の後でやっとくれ」
「す、すみません。先生」
 やれやれと嘆息する顧問に、大石とは声を揃えてペコリと頭を下げた。
、挨拶しな。大半はお前の事を知らないんだ」
「あ、はい。そうですね。1年6組に転入してきたです。マネージャーとして精一杯がんばりますので、よろしくお願いします」
 白い頬をほんのり桜色に染めて、が無邪気に微笑む。
 その愛らしい笑顔を見たテニス部員たち、特に間近でそれを見たレギュラー陣は、彼女に好意を抱いた。



 部活終了後の部室では、レギュラー陣による争奪戦が早くも繰り広げられていた。
 ちなみにレギュラー陣以外の部員は、参戦できずに部室の各所で成りゆきを見守っている。マネージャーのことは気になるが、レギュラーを出し抜いて自分がモーションをかけるなどできないので。
「それにしても驚いたな。不二と越前がと知り合いだったとはね。調査不足だな」
 開いたノートにペンを走らせながら乾が言うと、不二は秀麗な顔に微笑みを浮かべた。見惚れてしまうような柔らかい笑みだが、色素の薄い瞳は鋭く笑っていない。
「僕とは幼馴染みなんだよ。家が近所でね、小学生の頃はよく一緒に遊んでいたんだ」
「へえ。先輩とは幼馴染みだったんスね。で、お前は?」
「何のコトっスか?桃先輩」
「とぼけるなんて卑怯だにゃー」
「そーだぞ、越前。英二先輩のいう通りだ。さっさと白状しろってー」
「全く…仕方のない先輩たちっスね。オレが帰国子女なのは知ってますよね?」
 ワイシャツのボタンを留める手を休めて越前が言うと、皆は一様に頷いた。
 そして、一言一句聞き漏らすものかとばかりに、聞き耳を立てる。
「アメリカでオレとは同じ学校だったんスよ。オレたちの親同士が仲がよくて、お互いの家にもよく行ってたんだよね」
 越前が口の端を上げて、ニッと不敵に微笑む。
 その表情は負ける気はないと語っている。
「そうだったのか。世間は狭いなぁ」
 大石がそう言うと、隣で着替えていた河村が同意したように頷く。
「うん、偶然ってすごいね」
 すると今まで黙っていた手塚が越前に向かって訊いた。
「越前。もテニスをするのだろう?」
 仕事の飲み込みが早く、ルールを知っていると言っていたからおそらくそうだと思った。
 だが、まだ本人に確認できていない。
「ハイ。あいつ結構上手いっスよ」
「へぇ〜。人は見掛けによらねーな。よらねーよ」
 感心したように言う桃城に越前が頷く。
「そうっスね。でも不二先輩は知ってるっスよね?のプレイスタイル、誰かさんソックリだし」
「さあ、どうだろうね?…じゃあ僕はお先に」
 不二は普段の表情のまま、テニスバッグを右肩に背負って部室を出て行った。
「オレも先に失礼するよ」
「オレも失礼するっス」
 不二の後に続いて、いつのまにか着替えを終えていた乾と海堂が慌ただしく部室を出て行った。
 残ったレギュラー陣は一瞬だけお互いを見遣って、その直後、次々と部室を後にした。
 レギュラーの中で一人だけ行かなかった手塚は眉間に皺を寄せた。
 マネージャーがいてくれると非常に助かると思うし、実際にそうだったのだが、これから先が思いやられる。


 校門を出ようとした所で、校舎の方から何か大きな音が近付いてきた。
 それに気がついたが振り返ると、彼女の視界に菊丸と越前を先頭にこちらに向かって走ってくるレギュラー陣の姿が見えた。
「みなさん部活も終わったのに、どうして走ってるの?」
 その光景には黒い瞳を丸くして、不思議そうに首を傾げる。
 すると彼女の両隣りで舌打ちする小さな音がした。
 不二がの右手をぐいっとすばやく引っ張る。
「きゃっ、周ちゃん?」
、走るよ!」
 の傍にいた乾と海堂がレギュラー陣に気をとられている一瞬の隙を見逃さず、不二はの手をとって走り出した。
「あっ、待て!不二!」
「先輩っ!」
 乾と海堂が走り去る不二の背中に向かって叫ぶ。
「待てーーーーっ」
 レギュラー陣が怒号のような声を上げて、二人のあとを全速力で追いかける。
 だが、その距離はなかなか縮まらない。
 不二は当然だとしても、もテニスをしているだけあって走るのが速いようだ。
「抜け駆け禁止ーーーーーっっ!!」
 異口同音に、みんなが同時に叫ぶ。
「しゅ、周ちゃん!抜け駆けって何のこと?」
「相変わらず鈍いね。そこが可愛いんだけど」
 夕闇がせまる中、お姫様争奪戦はこうして始まった。




END



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