星を散りばめた樅木のした 「ねーねー、ちゃん」 放課後の図書室で読書をしていると、不意に声をかけられた。 見知った声なので、は本から視線を上げ、向かいに立つ人に向けた。 が何かと訊くより先、芥川が言葉を紡ぐ。 「今年は跡部んちでパーティないって知ってた?」 「……ええ」 一瞬の間が空いたのは、クリスマスパーティのない原因がにあるからだ。 それは11月末。教室での友人との何気ない会話が発端だった。 は跡部を待っている間、数少ない友人の一人であると話をしていた。 ――跡部君ってテニス部の人を呼んでクリスマスパーティするんだって? 女子生徒の場合、ごくまれだがやっかみや嫉妬のある嫌がらせと取れる言い方をする人がいる。けれど、の彼氏は青学テニス部の人で、彼女が跡部に対して好意を持っていて聞いているのではないのがわかるから、は素直に応えた。 ――ええ。テニス部のレギュラーと準レギュラーだけ参加してるわ ――そうなの?賑やかで楽しそうね ――まあ、楽しくはあるけど…。は? ――私は不二くんとデートなの ――…二人でか…。ちょっと羨ましいわ 大勢でわいわいするのは楽しいけれど、たまには二人きりでと思う。 教室には二人だけだったし、相手にだから正直に言った。けれど、それが教室の外に来た跡部の耳に入って、今年は二人でとなるとは思っていなかった。二人でとなる間に多少の言い合いはあったのだけれど。 そのようなわけで、テニス部の人たちとのクリスマスパーティが今年はなしになった。 芥川は一瞬の間を特に気にすることなく、がっかりした顔で肩を落とす。 「やっぱ本当なんだ。 美味C御飯を食べられると思ったのに」 「頼めばご馳走してくれるわよ」 「何の話だ?」 二人の会話に第三者の声が割って入った。 後ろから聞こえた声に驚いて、は首を捻って後ろを見た。 「跡部ー、ちょうどEところに」 芥川の視界にはこちらへ来る跡部の姿が映っていたから、彼は驚いていない。 むしろ噂をしているところへ噂していた人物が来たのだから、渡りに船だ。 「七面鳥とチョコレートケーキでよろしくー」 機嫌よく言って、芥川は二人に背を向けて行ってしまった。 「お前ら、何の話をしてたんだ?」 の座っている席の左に座りながら、跡部が訊いた。 「クリスマスパーティでご馳走が食べたかったみたい。だから、景吾に頼んだらご馳走してくれるわよって話をしてたの」 言うだけ言っていなくなってしまった芥川に苦笑しつつ、は言った。 放課後――部活動も終わった時刻の今、図書室に残っている生徒はいないので、声を小さくする必要はなかった。 「ったく。俺様のいないところで何を話してるかと思ったら」 「勝手に約束してごめんなさい」 芥川が可哀相だったからつい言ってしまったのだが、本人の許可なく言ったのは悪かったと思う。 「まあ、フォローしなきゃなんねぇなって考えてたところだし、ちょうどいいかもな」 跡部は席を立った。それが話の終了の合図だと察し、も立ち上がる。 棚に本を戻しに行ったが戻るのを待って、二人は学校を出た。 陽は落ち、辺りは薄暗い。蒼闇の空はほどなくして星の瞬く闇へと変わるだろう。 風は肌を刺すように冷たい。 「寒…ッ」 びゅうっと吹き抜けた風には思わず目を瞑った。 跡部はの右肩を抱くようにして、自分のほうへ引き寄せた。 驚いた顔で見上げてくるに跡部は不敵な笑みを顔に浮かべる。 「少しはマシだろーが」 「…もう車が見えてるわ」 ふいっと視線を外したの耳が赤く染まっている。跡部はククッと愉しそうに笑った。 跡部家の迎えの車に二人が乗ると、車はすぐに出発した。 は温かい車内にほっと息をつく。 「土日は寒くなるようだな」 対面して座れる広くて高級な車だが、跡部はの右側に座っている。 以前、は向かい合っていたほうが話やすくないか、と言ったことがある。それに対しての跡部の答えは否だった。 ――なぜ離れて座る必要がある ――だから、隣より話しやすいでしょうって言ってるじゃない ――却下だ。お前は俺様の隣にいればいい 顔が一瞬にして熱くなって、は何も言えず、誤魔化すように窓の外の景色に目を向けたのだった。 そういう経緯があり、並んで座っているのである。 「クリスマス寒波ってニュースで言ってたわね。もし雪が降ったらホワイトクリスマスね」 「ホワイトクリスマスがいいんなら、今からフィンランドにでも行くか?」 跡部が冗談で言っているのではないのがわかるから、はすぐに否を口にした。 「急になんて嫌よ」 「なら、来年だな。クリスマス前後、空けておけ」 「空けておいてくれ、でしょ」 行くことに関して否定をしなかったに跡部は満足そうに笑った。 都内の大きなホテルのロビーは、三階まで吹き抜けの構造になっている。 そこに見上げるほど――天井に届きそうな高さの、樅木がある。作り物ではなく本物だということで話題を呼び、宿泊客でなくても三連休の間だけはホテルに入れるということもあって、クリスマスの今日はホテルらしからぬ賑わいぶりだった。 高い高い樅木は金色の星が散りばめられていて、照明が反射して輝いている。星以外の飾りつけはなくシンプルだが、小さな星が煌く様は本物の星が光っているようで、幻想的に見える。 樅木の周囲には、てっぺんまで見ようと顔を上げている人が幾人もいる。 その樅木の下、品の良い――見る人が見れば高級品だとわかる――黒いスーツを着た若い男が立っていた。 女性二人が彼のほうを見ながらひそひそ話しをしているが、彼は一瞥もくれることがない。跡部が噂する彼女たちに声に出さないまでも「うるせぇ」と思っているなど、親しい人でなければわからない。だからと言って自分が移動するのも馬鹿らしいので、聞こえないふりを装って立っている。 ここでまだ来ぬ恋人に苛立ちの矛先を向けるほど跡部は狭量ではないが、まだかと思う気持ちは止めようがなかった。ちなみに、跡部は待ち合わせた時刻より30分も早く来て待っているため、彼のまだかは若干自業自得と言えた。 待ち合わせの約5分前、切れ長の瞳が白いロングのダウンジャケットを着ている恋人の顔を捉えた。 跡部に気がついたは微笑んで、足早に向かって来る。 「景吾」 「やっと来たな」 「え?遅刻した?」 時計狂ってるのかしら、と左袖を僅かにめくり腕時計で時刻を確認しようとするの華奢な右手を、跡部は掴んだ。 「そうじゃない」 「じゃあ、何?」 「なんでもねぇよ」 そう言った跡部だったが、やっぱり恋人いるのね、という声がの耳に届いて、彼女は反射的に視線を向けた。と目が合った女性二人は慌てて視線を逸らし、人込みの中へ姿を消した。 「…………」 無言でじっと見つめてくる恋人に跡部は器用に片眉を上げた。 「?」 怪訝な声で跡部は恋人の名を呼んだ。 もてるわよね、とごくごく小さな呟きが聞こえた。 跡部は溜息混じりのそれに一瞬瞳を丸くし、ついで瞳を細め口元に愉しげな笑みを刻む。 「妬かなくていいぜ?俺はお前しか目に入ってねぇからな」 わずかに身を屈めて耳元で囁くと、は跡部を睨んだ。けれど、彼女の頬はほんのり赤く染まっていて、迫力は欠片もない。 「行くぞ」 そう言っての手を引けば、もうっ、と不満そうに声を上げて、だが言葉とは裏腹に彼女は全部を預けてくる。 「まだツリーをあまり見てないわ」 今更ながらに気がつき言った。 「あとで見ればいい」 「…俺様なのに、どこがいいのかしら」 「聞こえてるぞ」 「聞こえるように言ってるの」 「ツリーぐらいで拗ねんな。食事のあとで嫌ってほど付き合ってやるよ」 「本当でしょうね」 「ああ」 それからホテルの最上階でフルコースディナーを堪能し、跡部はの気が済むまで、星を散りばめた樅木の鑑賞に付き合った。 END 君と僕のクリスマス7題「4.星を散りばめた樅木のした」 Fortune Fate様(http://fofa.topaz.ne.jp/) BACK |