お前だから気付く事




「景吾、ちょっと屈んで」
「は?なんだ、急に」
 跡部は胡乱気に眉を顰めた。
 朝練が終わった直後、珍しく見学をしていたに声をかけたらいきなり言われたのだ。突然のことに胡乱になるのも当然だった。
「だって届かないもの」
「ったく、何がだよ」
 文句を言いつつ、には少し弱い跡部は仕方ないと言いたげな顔で僅かに身を屈めた。
 不意にの顔が近づき、コツンと額に額を合わされた。
 跡部はしまった、と思ったがすでに遅い。
「やっぱり熱がある」
 の形のよい唇から心配と気遣いと怒りの混じった言葉が紡がれた。
「このぐらい熱のうちにはいんねぇよ」
「はいるわよ。いくら部長だからって、無茶はいいけど無理しすぎ」
 真剣な表情で諭すに跡部はフッと微かな笑みを口端に刻む。
 彼女の心配が心地いい。
 自分の調子の悪さ――熱があることなど、部員たちは誰一人気がついていないだろう。熱がある素振りなど欠片も見せていないのだから。
 けれど、一番遠くから見ていただけが気がついた。
 お前だから気付いた。
 それが嬉しさでなくてなんだと言うのか。
「倒れたって看病してあげないわよ」
「お前、そこは看病するだろ」
 跡部は切れ長の瞳を不満そうに細める。
「ふふっ、冗談よ」
 でも、とは黒い瞳に微かな怒りを滲ませた。
「本気にするなんて、熱が高い証拠だわ」
「………わかった。早退すれば文句ねぇだろ」
 睨んでくるをしばし見つめていた跡部は嘆息混じりに言った。
 朝練が終わって気が抜けたのか、に看破されたからなのか。立って話しているだけなのに少し辛くなってきたのも事実で、跡部は具合が悪いことを認めた。
「わかればよろしい。 先生に早退するって言ってくるわ」
「そのくらい自分で言える」
「当たり前でしょう。私は私が早退するって言ってくるのよ」
「っ、…、お前な」
 不意打ちでずいぶん可愛いこと言ってくれるじゃねぇか。
 僅かに赤くなった頬は熱のせいではない。
「顔が赤いわ。熱が上がってきたんじゃないの?ユニフォームじゃ体が冷えるわ。早く着替えて」
 は跡部の左側に立ち、彼の背中にそっと右手を添わせて促すように軽く押す。
「一人で歩ける」
「そう?だったら看病もいらないわね」
「しろ」
「意外に甘えっ子?ふふふ」
「…楽しそうだな、お前」
「そうね、楽しいわ」
 半眼になる跡部には小さく笑って、瞳を彼から逸らす。
「景吾は私の心配はするくせに、心配をさせてくれないんだもの」
 お前に心配をさせたくないからに決まってるだろ、と跡部は胸の内で呟く。

「なに?」
「お前が甘えてくれば心配させてやる」
「言ってることおかしいわよ」
「あーん?俺様が知らないと思ってるのか」
「何を?」
 緩く首を傾げるに跡部は不敵な笑みを整った顔に浮かべた。
「忍足にはずいぶん甘えてるらしいじゃねーか。お前が甘えるのは俺様だろうが」
「甘えた覚えはないわよ」
「いいから聞け」
 さっきまで触れていた手は熱かったし、今は息も少し荒くなってきている。平気そうに歩いているけれど、それは気力で支えているだけに過ぎない。
 また熱が上がってきておかしくなっているんじゃないの、とは心配に眉を曇らせる。
「お前が甘えていいのは俺様だけだ。他の誰にも許さねぇ」
 の白い頬が微かに赤く染まる。
「だから安心して心配しろ」
 やっぱり言ってることおかしいわ、と数秒前のときめきを心の端に追いやったは胸中で呟いた。
「わかったわ」
 熱に朦朧としているようだし、熱が下がったら覚えていないだろう。 
 だからは跡部が望んでいるだろう言葉を口にした。
「ならいい」
 跡部がフッと嬉しそうに、満足そうに笑う。
 思わず見惚れてしまったは慌てて視線を逸らして誤魔化した。けれど、彼女の耳はほのかに赤く染まっていた。
 跡部のほうが背が高くそれは当然見えているわけで、跡部はククッと愉しげに笑った。




END

陽だまりの恋のお題[07. 僕だから気付く事]
恋したくなるお題様(http://members2.jcom.home.ne.jp/seiku-hinata/)

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