例えば君がいなくなったら




 俺の目の前でが幸せそうな顔でケーキを食べている。
 本当に嬉しそうに食べているから、つられて俺も頬が緩む。
 飲んでいるコーヒーはブラックなのに、君の笑顔がプラスされて甘く感じる。
 君と二人で過ごす、静かな時間。
 部活のみんなと騒ぐのも楽しいけど、こうして君と過ごす静かな時間は心地よくて好きだ。心がとても癒される。
「食べてみる?」
 じっと見つめている俺の視線が気になったのか、彼女は首を傾げて言った。
「じゃあ一口もらおうかな」
 そう言って、試しに口を開けてみた。
 がどういう反応をするのか少し見てみたくて。
 白い頬を赤く染めるのではないかとまでは予想しているけど、そのあとはどうするだろう。
 自分でも意地悪なことをしている自覚はある。
 けれど、彼女のまだ知らない一面を知りたいと思う。
「……はい」
 生クリームのショートケーキをフォークに一口分乗せて、俺に差し出す。
 恥ずかしそうに頬を染めている様が可愛い。
 さすがに俺の口へフォークを運ぶことに戸惑っているみたいだから、自分から距離を近づけた。
「……美味しいね」
 ケーキを食べて感想を言うと、はまだ赤い顔のまま微笑んだ。
「生クリームが甘すぎなくていいよね」
「ああ。それにスポンジが柔らかい」
「うん、シフォンケーキみたいで不思議」
 そうして再びケーキを食べようとした彼女の手が止まった。
 黒い瞳は一点をじっと見つめたまま動かない。
「どうかした?」
 不思議に思って訊くと、は顔を俺に向けて左右に首を振った。
「う、ううん!なんでもない!」
 明らかに動揺している声。
 先程よりも赤みを帯びた顔。
 彼女が見ていた所――彼女の手元に視線を向けて考えてみたら、答えがわかった気がした。
 ちょっとした悪戯心だったけど、そこまで深く考えていなかった。
「ごめん」
 素直に頭を下げる。
 が純情なコだと言うのを忘れていた俺に責任がある。
「や、やだっ、謝らなくていいからっ」
「けど」
「お願いだから、忘れて」
 瞳を合わせると、は恥ずかしそうに視線を外した。
 …気づいても言わない方がよかったんだな。
 そう思ってもすでに遅い。
 慣れないことはしたらダメだな、と心の内で反省する。
「俺が食べるよ」
 彼女の前にあるケーキが乗った皿を自分の前へ移動させる。
 驚きに瞳を瞬く彼女に俺は笑う。
「もう一個ケーキを頼んで。おごるから」
 彼女が頼んだショートケーキは、半分以上残っている。
 食べたくて頼んだのにほとんど食べていないのでは可哀想だ。
 まあ、その責任は俺にあるんだけど。
 注文する時、今俺の前にあるケーキとチーズケーキとどちらにするか悩んでいた。
 だから俺の提案に乗ってくれるのではないかと期待して、の言葉を待つ。
「…じゃあ、甘えようかな」
「うん、そうしてもらえると嬉しいよ」
 僅かな沈黙のあとで告げられた言葉に胸を撫で下ろした。
  注文したチーズケーキがくると、は嬉しそうに頬を緩ませた。
「いただきます」
 俺の顔を見て言うから、瞬間言葉に詰まった。
 けれど「うん」と頷くと、はふふっと微笑んで、チーズケーキにフォークを入れた。
 幸せそうにケーキを食べるから俺はやっぱり目を離せなくて、コーヒーを飲みながら見つめていた。 


 例えば君がいなくなったら、俺は笑えなくなるだろう。
 顔の表面だけで笑みを浮かべることはできても、心の底から笑えはしない。

 俺の幸せは君と一緒にある

 この恋は手放せない

 俺はずっと君を手放せない


 ――君を手放さない




END

初出・WEB拍手 再録にあたり加筆
「01.例えば君がいなくなったら(恋したくなるお題・手放せない恋のお題)

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