逸らされた瞳を向けてほしくて




 きっかけは些細な事だった。
 けれど、避けるくらいに怒ってしまうなんて予想していなくて。
 彼女の瞳に映っているはずなのに、映っていないような振りに胸が痛む。

 逸らされた瞳を向けて欲しいと思うのは、勝手なんだろうか。

 好きなコが自分以外の男と話していた事に妬いて、何を話していたか訊いたけれどはぐらかされた。
 その事に怒った俺は冷静になって考えてみたら、一方的過ぎたかもしれない。
 けれど今更そう思っても仕方ない。
 もしかしたら修復不可能なんじゃ、ってくらいを怒らせた。
 三日前に平手で殴られた頬に手をやる。もう赤くもないし、腫れてもいない。でも、殴られた感触は消えずにいる。
「…バカだよなぁ」
「今頃気がついたのか」
「うわっ!?」
 独り言に返事があったことに驚いて声を上げた。
 視線を向けると飄々とした顔の黒羽が瞳に映る。
「時間が経つだけ言いにくくなるぞ」
 忠告なのか経験があるのか、黒羽は口端をにやりと持ち上げる。
 からかっているのか、それとも励ましてくれているのか全然わからない。
「……きっかけが見つからないんだ」
 助言を期待して言った訳ではない。
 手も足もでなくて、言いたくはないが八方塞がりなのだ。ゆえに愚痴に近い言葉。
 深い溜息をつく佐伯の肩に黒羽は手を置いて、内緒話のように声を潜める。
「抱きしめたら、お前を見てくれるんじゃねぇ?」
 まともな――いやいや、有難い助言に一筋の光が見えた気がする。
 そういう手は思いつかなかった。
「サンキュ。恩に着る」
 多少強引かもしれないけど、逸らされる瞳を向けて貰える可能性はある。
「また殴られるって考えないのか?」
「嫌なこと言うなよ」
「なら喧嘩するなよ」
 事実その通りなので、反論はできなかった。だから、無言で踵を返す。まだ校内にいる筈だ。
「……頑張れ」
 友人の応援に瞳を見開き、ついで微かに笑って頷く。
 そして、逸らされた瞳を向けてもらうために走り出した。


 逸らされた瞳を向けて欲しくて、見つけたを後ろから抱きしめる。
 振り向いた彼女の黒い瞳は驚いていたけれど、怒ってはいなかった。




END

2010.06.25再録、修正
抱きしめる5のお題 2.逸らされた瞳を向けてほしくて
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