放課後ラブロマンス 「あ、テニス部」 「え?」 学校からの帰り道、隣を歩く友人の呟きに無意識に反応した。 滑らせた黒い瞳に映るのは、浜辺で潮干狩りをしている男子テニス部部員の姿。その中の明るい髪の人にの目は釘付けになった。 爽やかな笑顔から目が離せない。 「まーた、そんなに見つめて。穴が開くわよ」 「べ、別に佐伯くんを見てるわけじゃ」 慌てるに、友人はしてやったりな顔でクスクス楽しそうに笑う。 「佐伯君とは言ってないわよ」 「っ、…もうっ、元はと言えば――」 が友人に抗議の声を上げた時。 「ー!」 重なるように耳に届いたのは、が見つめていた佐伯の声。落ち着いた柔らかな声色で名前を呼ばれただけで、心臓がこれでもか、というくらいバクバク走り出す。 高鳴る鼓動のまま瞳を友人から砂浜へ滑らせると、佐伯が左右に大きく手を振っていた。 「…ね、ねえ、こういう時はどうしたらいいの?」 「手を振り返せばいいんじゃない?」 「わ、私?」 「そりゃそうでしょ。佐伯君が呼んだのはだもの。私が振ってもしょうがないでしょ」 言われてみればその通りだ。は胸の前に右手を上げると、ぎこちなく小さく左右に手を振った。 佐伯は笑って、じゃあねと言う代わりのようにもう一度手を振って、仲間たちのもとへ戻っていく。 の胸に残念という気持ちとほっとする気持ちが同時に押し寄せる。 「……帰ろ」 そう言って歩き出すの隣に肩を並べた友人は、静かな顔で切り出した。 「そろそろ言わないの?」 「言うって?」 は友人に視線を滑らせて首を傾げた。 「片想いも二年以上でしょ?」 そう言われて、友人が何を言いたいのかをは察した。 「それはそうだけど…」 バレンタインというイベントの力があっても言えなかったのだ。それにいま告白するには倍以上の勇気が必要だろう。 「ほかの子に取られちゃうわよ」 「それで――」 「それでもいいなんて言ったら絶交するわよ」 にこやかに宣言する友人に、は言葉を飲み込んだ。 売り言葉に買い言葉で返そうとした言葉は、本心からのものではない。 押し黙るの額を友人は右手の人差し指で軽くついた。 「佐伯君の誕生日にクリスマスにバレンタインに卒業式」 「え?」 「まだ諦めるには早いわよ」 励ますような友人の言葉に、は「…うん」と小さく頷いた。 まもなく暦が10月に変わる、9月末日。 放課後、委員会が終わったは校舎を出た。いつもならば部活があるのだが、今日は顧問が出張でおらず、前から休みと決まっていた。 校門に向けていた足を止め、は踵を返した。向かう先はテニスコートだ。 昼休みに佐伯が部活に顔を出すという話を耳にしたから、行けば練習している姿を見られると思った。 あいかわらず告白したくてもできないまま日は過ぎているけれど、好きな人を見たい欲求は抑えようが無い。 北校舎の裏にあるテニスコートが見える所では足を止めた。テニスコートに誰もいなかったからだ。 部活開始の時間は過ぎているから、今日は違う場所――海辺で練習しているのだろうか。 海沿いの道が帰り道だから、行けばわかる。 悩むことなく、は校門を出てテニス部員がよくいる海辺へ足を向けた。 潮騒と楽しそうな笑い声が聞こえてくる。 浜辺でテニス部員らが輪になり、何かを話をしているようだ。部員全員はいないようだから、部活というより遊んでいるのかもしれない。 はその輪の中に佐伯を見つけた。 部活を引退した今も副部長だった彼は何かと頼りにされているのだろう。 佐伯の楽しげな横顔に見惚れていた時だった。 不意に佐伯の顔がこちらを向き、目が合った。突然のことに驚いて心臓が跳ね上がる。 逃げるのもおかしいし、どうしよう? があわあわしていると、佐伯が輪の中から抜けて駆け寄ってきた。 な、なんでこっちに来るの!? 思わず左右に視線を走らせたが、いるのは自分だけだった。 「!今帰り?」 「う、うん」 「これから何か予定ある?」 「え?ない、けど…」 「よかった。じゃあ、スイカ割りしていかないか?」 穏やかな声で紡がれた言葉をすぐに理解できなかった。 聞き間違えていなければ、スイカ割りと聞こえた。 スイカ割り自体はおかしくないが、それは夏にやるものではなかっただろうか。それとも自分の思い込みで、一年中楽しむべきイベントだったのか。 「んー、まあ、季節外れだけどな」 考えていることが顔に出ていたのか、佐伯はそう言ってハハッと楽しそうに笑う。 「スイカを貰ったんだ。で、せっかくだからスイカ割りしようって話をしてたとこ。どう?やっていかない?」 「私やったことないから…」 「それならなおさら体験すべきだ。案外楽しいよ」 おいでと誘うように佐伯が左手を差し伸べる。 ――諦めるには早いわよ 一ヶ月ほど前に友人から言われた言葉が脳裏に響いた。 がおずおずと右手を伸ばすと、佐伯の手に届く前にその手は繋がれた。 「よし、じゃあ行こう!」 「う、うん!」 爽やかに笑う佐伯につられ、は笑顔で頷いた。 歩くごとに砂がスニーカーの中に入ってくるけれど、それはあまり気にならなかった。 今までで一番近い場所に佐伯がいる。 恥ずかしさと嬉しさで紅潮する頬を海風に癒されながら、テニス部のみんながいる場所まで歩いた。 「わー、いらっしゃい、さん」 「あ、お邪魔します。えっと、葵君」 「僕のこと知ってるんですか?嬉しいなあ」 葵が感激した顔での手を取ろうとしたが、突然彼は慌てた顔で手を引っ込めた。葵の行動を不思議に思い首を傾げると、低めのよく通る声がかけられた。 「気にしなくっていいぜ」 「葵だけに青い。プッ」 唖然とするの前で天根が黒羽から激しいツッコミを受けていた。 「よし、じゃあ始めようか」 隣から落ちてきた声には驚いた瞳で佐伯を見上げた。 「あの、止めなくていいの?」 「ああ。いつものことだから」 テニス部は個性派ぞろいなのね、とは胸中で呟いた。 なにしろ佐伯しか見ていないから、ここにいる人たちの名前と顔が一致する程度で、ほかの情報は皆無だ。 「レディファーストってことで、さん一番にどうぞ」 葵に声をかけられ、は戸惑いを顔に浮かべた。 「あ、剣太郎、は初めてだって言うから、見本みせてやってよ」 「えっ、ボク?サエさんが――わっ」 「やってやれよ」 黒羽は笑いながら葵に強制的に目隠しをしてしまう。 「あとは棒だな」 「スイカ置いてきた」 「おっ、ダビデ気が利くじゃねぇか」 「サエさんが冴えてないから。……プッ!」 「悪かったね」 「よーし、じゃあ行くよー」 宣言した葵の体を天根が三回転ほどさせた。そして葵は仲間たちの右だのもっと左だの言う声を背にスイカに向かって歩いて行く。 「…あの、スイカがない方に行かせてるみたいだけど」 なるほど、スイカ割りとはこういうふうにやるものなのか、と見ていたは、あれ?と思い疑問を口にした。 三人が指示している方角はスイカの置いてある場所とは違う。 「剣太郎が割っちゃうとがつまらないだろ」 「それに失敗したほうが盛り上がるしな」 佐伯と黒羽の言葉に誘われた自分が同意するのはいかがなものか、は苦笑いを浮かべた。 「スイカだけにスカッ」 「えっと…」 「うん、放っておいていいよ」 笑ったほうがいいのかな、と顔に書いて佐伯を見上げると、彼は苦笑を浮かべて言った。 「ダビデ!だからつまんねーんだよ!」 浜辺に容赦ない黒羽のつっこむ音が響いた。 「そろそろ帰ろうか」 あれからは初めてのスイカ割りを体験させて貰った。 スイカに棒は当てられたけれど、の力では割り切ることができず、その後は野球のバットで挑んだ黒羽がスイカを真っ二つにし、割れたスイカをみんなで食べた。 そのあと片付けを手伝おうとしたら大丈夫だと言われて、その場に残った佐伯とは話をしていた。 「えっ?みんなは?あ、それに私お礼を言ってない」 今更ながら気がつき、ははっとしたように口元に左手を当てた。 「あー、戻って来ない気がするんだよなあ」 「戻って来ないってどういう?」 「気を利かせて、ってところかな」 戻って来ないのは気を利かせてなのか、と理解した瞬間、その意味に気がついた。 佐伯君が好きなこと知られた?! 胸の内では悲鳴を上げたが、知られていたのは佐伯のほうだということに、彼女は焦っていて気がつかなかった。 「家まで送るよ」 「えっ?!いえ、大丈夫よ、一人で」 「俺が送って行きたいから」 にこやかな笑顔で言われて、頬が急激に熱くなった。 「あ、あの……」 「うん?」 「お…お願いします」 佐伯はクスッと笑って頷いた。 「どうしてかって顔をしてるね」 「えっ」 「それは」 真剣な瞳で見つめられて、心臓が跳ねる。 「俺が君を好きだからだよ」 海と空が黄昏色に染まっている。 夕陽に照らされ砂浜にうつる二人分の影は、仲良く手をつないでいた。 END BACK |