デパートの入口をくぐると、そこはバレンタイン一色の風景だった。
 目に飛び込んだ『バレンタインは手作りで』と書かれたディスプレイには眉間にしわを寄せた。
 はバレンタインが好きではない。
 これから先も好きになることはたぶんない。
 別にお菓子作りができなくても、死なないもん。
 胸中で強がったの顔は、泣き顔に似ていた。




 13日の夜




 ダークブラウンの学習机の上に、赤い包装紙に白いリボンがかけられた四角い箱がある。
 しばらくの間その箱を見つめていたは、深い溜息をついた。
「なんでお菓子も料理も才能ないんだろ。私より虎次郎くんのほうが上手そうなのがまたへこむわ…」
 明日はバレンタインで、お菓子を作るのは無理だから、でも買ったものをあげるのも嫌で、今年はスルーしてしまおうか。
 そう思っていた。
 けれど前日の今日、何も渡さないのは気になり、学校帰りにデパートへ寄って見繕ってきた。
「……チョコをあげるより私が欲しいわ」
 心底本気で呟いて、椅子の背もたれに寄りかかり天井を見上げた時。
 すぐ近くで携帯が音楽を奏でた。
 天井から机に置いてある携帯に視線を移し、液晶画面に映った相手の名前に黒い瞳を大きく見開く。
 急いで電話に出ると、優しいけれど力強い声が耳に届いた。
「やあ。今いいかな?」
「うん」
「あのさ、君と行きたいところがあるんだ。明日」
「えっ」
「都合悪い?」
「悪くないけど、どうして明日?」
「去年と違うバレンタインにしたいから。じゃあ明日の放課後な。おやすみ」
「え、あ、おやすみなさい」
 虎次郎にしては珍しく話を打ち切られてしまい、詳細を問うことはできなかった。
 去年と違うバレンタイン…。
 通話を切りながらは首を緩く傾げた。
 どういう意味なのだろう。
 虎次郎の言葉はチョコレートを催促しているのとは違った。
 行きたいところ。
 去年と違うバレンタイン。
「……どこに連れて行ってくれるのかな」



 ホームルームが終わるとは昇降口へ向かった。
 先にホームルームが終わったらしい虎次郎の横顔が瞳に映る。
 は上履きから革靴に履き替え、虎次郎に声をかけた。
「おまたせ」
 外を見ていた虎次郎の瞳がに向き、彼は爽やかに笑った。
「いや。じゃあ行こうか」
 差し出された右手を、少し迷ってから取った。


「ねえ、虎次郎くん」
「ん?」
「どこに行くの?」
 降りたことがない駅で降り、歩くこと数分。
 は昨夜から気になっていたことを訊いた。
が好きなものがあるところ」
「私の?」
「そう。空に仰向けになって寝る犬」
「ふふっ、確かにそうだけど、その言い方」 
「ここだよ」
 おかしくて笑っている間に目的地についたようだ。
「カフェ?」
 スヌーピーがあると言われて、はぬいぐるみなどのグッズを売っている店に連れて行ってくれるのだと思っていた。
 けれど着いたのは、カジュアルなカフェだった。
「スヌーピーはこれからだよ」
「え?」
 瞳を瞬くに虎次郎は悪戯が成功した子供のように無邪気に笑う。
「君はチョコレートを貰うほうがいいだろ」
 瞬間、息を飲んだ。
「どうして…」
「見ていればわかるよ」


 丸いテーブルの予約席とプレートが置かれた二人掛けの席に案内され待っていると、両手に1枚ずつ皿を持ったスタッフが席にやってきた。
「おまたせいたしました」
 そして、テーブルに置かれたスイーツを見、は驚きに瞳を瞠ってから嬉しそうに微笑んだ。
「わあ…!!」
 レース模様が美しい皿の上、スヌーピーが笑っている。
「すごい。可愛い」
 黒い瞳を輝かせるに虎次郎は訊ねた。
「俺からのバレンタイン、気に入ってくれた?」
「うん、とっても。ありがとう、虎次郎くん」
 嬉しそうに笑うに虎次郎は「好きだよ」と言って、幸せそうに笑った。




 END


 TITLE by.Heaven's様(http://lazbiz.style.coocan.jp/hs/)
 バレンタインで10のお題 より抜粋


 BACK