フェンスの向こう




「彼女、また来てるね」
 放課後の部活の休憩時間に、大石がテニスコートを囲うフェンスの向こうにいる少女に視線を合わせて言った。
 すると、その言葉に同意するように青学レギュラー陣が頷く。
「ああ。データによると、彼女がこの時間にあそこにいる確率は99%だ」
 いつも持ち歩いているデータノートを開いて乾が言う。
「そんなのまでデータとってるの?乾」
 驚きとも呆れとも取れるセリフは河村である。
「あのコって大石と同じクラスだよにゃ」
「詳しいっスね。英二先輩」
「まあねー。桃たちは学年が違うから知らなくて当然しょ」
 当然、と言いたげに菊丸が胸を張る。
 そんな先輩に越前は帽子のつばをグイっと上げた。
「俺は知ってるっスよ」
「にゃんでおチビが知ってんのさー」
「何度か話したことがあるからっス。先輩と」
 菊丸に向かって、越前が不敵に笑う。
 後輩の顔に菊丸は面白くなさそうに、不満を露にして頬を膨らませる。
「ずるいぞ、おチビ。自分ばっかり」
「フシュー」
 海堂の瞳がギランと獲物を捕らえたマムシのように煌く。
「ずりーな、ずりーよ」
 本当に悔しそうに桃城が越前を見る。
「こりゃ大変」
「あはは…」
 実はが気になっていた大石は苦笑し、河村はみんなを出し抜くのは大変だと頭をかいた。
「やるな、越前」
 片眉を上げて、乾が逆光で眼鏡をキラリと光らせる。
「クスッ。甘いね、英二」
 越前の言葉に少しも動じず、楽しそうに不二が微笑む。
「にゃんだよソレ。もしかして…不二、ちゃんと話したことあるんだな?」
「当然だろ。だって、は二年以上ココに見学に来てるんだよ?君たちが遅いんだよ」
 フフッと微笑む不二の表情は余裕そのもの。
「油断ならないっスね」
 越前は負けじと不二を斜に見上げた。
「フフッ。君もね、越前」
「まだまだっスよ。不二先輩みたく呼び捨てできるほど親しくないんで」
「そう?」
 そう言った不二の横から、メガネを逆光でキラリと反射させた乾が口を挟む。
「だが、不二がさんの彼氏になれる確率は極めて低い」
「まぁ、そうだろうね」
「不二にしては弱気だな」
「そうかな?大石に言われるとは思わなかったよ」
「普段のお前なら、そんなコトは言わないだろ」
「まぁね。でも、の気持ちに気付いているなら当然だろ」
「気持ち?」
「…大石も手塚と同じで鈍いよね」
 不二のセリフに、大石とこの場に居ない手塚を除いた全員が一斉に頷く。
「え?さんが好きなのって手塚なのか?」
 大石は驚きに瞳を瞠った。
 ここにいる誰より彼女といる時間は長いはずなのに気づかなかったこと。
 そして、彼女が見ているのが自分だったら、という思いは完全になくなった。
「見てればわかるっしょ。まだまだだね、大石先輩」
「大石は鈍い…っと。メモメモ…」
「フシュー。意外に鈍いんスね、大石先輩」
「実は俺も気付かなかったんだけど…」
「ええっ、タカさんも?鈍いっスね〜、鈍いっスよ」
 ショックを受けて胃を押さえる副部長を除いて、ガヤガヤと盛り上がるレギュラー陣。
 そこへ噂の渦中の手塚がやってきた。
「お前たち。もう休憩は終わりだぞ」
「あっ、鈍い手塚が来たー」
「何か言ったか?菊丸」
 眉間の皺を増やして手塚が菊丸を睨む。
 それを菊丸は素知らぬ素振りでかわした。
「にゃんでもないよん」
「…まあいいだろう。では練習を再開する!」
 そう言って手塚は一瞬だが、フェンスの向こうにいるを見た。
 幸か不幸か、それに気付いたのは唯一人。
「なるほどね」
「不二、何がなるほどなんだ?」
「さてね。僕はそんなに親切な男じゃないよ。自分で考えるんだね」
「おい、不二?」
 呼び掛ける手塚を無視して、不二はコートへ入る。
 好きな女の子と目の前の男が両思いだ、などと教えてやる気は更々ない。
 その場に取り残された部長は、眉間の皺を増やした。
 そんな様子の手塚を、フェンスの向こうにいるは心配そうに見守っていた。

 手塚国光とがカップルになれる確率は、果たして何パーセントか。
 青学レギュラー陣がを諦めない限り、その確率は極めてゼロに近い。




END



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