初秋の空の下で




 オレンジ色に染まり初めた空は、間もなく夜が訪れることを告げている。
 深い橙色と藍色に染まる空は不思議な色合いだが、とても綺麗だ。

 不意に吹き抜けた風にの長い黒髪が踊る。
 数日前までは熱気を含んでいた風が今日は冷たく感じた。
 ああ、もう秋になったんだな。
 そんなことを思いながら、ふと土手へ視線を向けると、黄色い花が咲いていた。
 いくつもの黄色い花が、風にふらりふらりと揺れている。それはまるで楽を奏でている様にも見えた。
 ……なんていう花だったかな?
 こういう時、彼がいたらすぐにわかるのに、とはくすっと微笑んだ。
 彼は――幸村は訊くといつも嬉しそうに教えてくれる。
 部活をしている時はあんなに厳しそうな瞳をしているのに、植物を見る目はとても優しい。本当に植物が好きなんだというのが、とてもよくわかる。
 幸村が植物が好きというのは意外な気がしたけれど、彼と花という組み合わせは絵になると思う。
 彼が花束を持つ姿を想像したら思う以上に似合っていて、は複雑な顔でため息をついた。自分よりもはるかに似合っていて軽くへこんだ。

 土手一面に咲いている女郎花を前に考えに耽っていると、不意に左肩を叩かれた。
 反射的に背後を振り向いたは、驚きに黒い瞳を瞠った。
「幸村君?!」
「よかった、追いついて」
 幸村が首を傾けてフフッと笑う。
「え?後ろにいたの?全然気がつかなかったわ」
「かなりの距離があったからね」
「それで走ってきたの? どうして?」
 が訊くと、幸村は一瞬瞳を瞠って、ついで僅かに細める。
 理由なんてひとつしかないのに、彼女は少しも思いつかないらしい。
「それは勿論、と帰るためだよ」
 その言葉にの白い頬が瞬時に赤く染まる。
 は口元を左手で覆って、幸村から視線を逸らす。
 言われて嬉しくないわけじゃない。
 けれど、真っ直ぐな視線で、ためらいもなく言われると照れる。
 どうして照れもせずに言えるのか、と訊けるなら訊いている。
「…そろそろ慣れてくれてもいいんじゃないか?」
「そっ、そう言われても…」
 口ごもるに幸村は口端を上げて不敵に笑う。
「そういうところも気に入ってるけど」
 そう言いながら、の右手を左手で包むように握る。
 白く細い手は少し迷ったあと、大きな手を握り返した。
 お互いの手の温もりを確かめるように手を繋いで、二人はどちらともなく歩き出す。

「…幸村君、あそこに咲いてた花の名前、知ってる?」
 訊かれて、声をかけた時にが見ていた花の名前を訊いているのだとわかった。
「あれは女郎花だよ」
「おみなえし…」
 花の名前を繰り返すの横顔を見て、幸村はクスッと笑った。
 どうやら彼女は先程見ていた花が気に入ったようだ。
「今度、昼間に見に行ってみないか?」
 そう提案すると、は嬉しそうに頬を緩める。
「ええ」
 楽しみだわ、と笑顔で見上げてくる恋人に幸村は「俺も」と笑った。




END

初出・WEB拍手 再録にあたり修正・加筆

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