渡さない




「…遅いなあ」
 口元に細い指を当てて、ふうっと小さなため息をつく。
 窓の外へ視線を滑らせると、胡桃色の瞳に赤く染まった街路樹が映った。
 この前デートした時、葉はまだ黄色がかった色だったのに。
 秋が深まるのって早いなあ。
 そんなコトをぼんやり考えていると、の待ち人が姿を見せた。
「悪い、遅くなって!」
 両手を合わせて遅刻を詫びる恋人の姿に、は唇を尖らせた。
「ホントよ。すっごく待ったわ」
 むうっとした顔で裕太を見上げる。
「だから悪かったって。れんし――」
「練習が長引いたんだ…でしょ?」
 皆まで言わせず裕太の言葉を遮って、彼の口で紡がれる筈だった言葉をは唇に乗せた。
 裕太が茶色い瞳を瞠ると、はくすっと小さく笑う。
「うそ。全然待ってないから気にしないで」
 本当は一時間以上待っていたのだが、それは口にしないでおく。
 彼が気にするのがわかっているので。
 それに、は男子テニス部のマネージャーだから、練習が長引いてしまうコトが度々あるのを知っている。
 もっとも、彼女は青学テニス部のマネージャーなので他校のコトに詳しくはないのだけれど。
「それならいいけどよ…なんて言うと思ったか?」
 裕太の意外な言葉に、今度はが瞳を瞠る番だった。
 手にしていたジュースの紙コップが倒れそうになって、慌てて支える。
「…一時間位、待ってるだろ」
「どうしてそれを…」
 が呟くと、裕太は向かいの席にに腰を下ろしながら、大きく息を吐いた。
「…兄貴だよ」
 が訝しげに首を傾けると、裕太はついと彼女から視線を逸らした。
 そして、茶色い瞳に険を宿らせ、低く呟く。
「…誰が…かよ」
「裕太君?よく聞こえない」
 耳に届いた澄んだ声に、裕太はの顔に瞳を向けた。
「待たせて悪かったって言ったんだ」
 は小さく笑って、首を横に振った。
 待っている間は退屈だけれど、裕太に悪気があって遅れた訳ではないのをわかっている。
 の仕草に裕太はホッとしたように笑みを浮かべた。
「裕太君、抹茶ケーキ食べに行かない?」
「いいな。行くか」
 練習の疲れもあるし、なにより甘い物が好きな裕太は笑顔で同意した。
 それに、甘い物を美味しそうに食べるの笑顔を見るのが好きだ。

ちゃんを待たせてばっかりいると、僕が―――』

 偶然かどうかはわからないが、との待ち合わせ場所に向かう途中で兄とすれ違った。
 その時に言われたセリフが頭に浮かんで、裕太は無意識のうちにの手を取っていた。
 人前で手を繋ぐということを裕太はしないので、は嬉しさに頬を赤く染めて微笑んでいる。

 誰が渡すかよ

 胸の内で呟いて、そこでようやく我に返った裕太は現状に驚いて、頬を赤く染めた。
 兄に腹を立てていて、無意識で手を繋いでいたコトに気づく。
 けれど繋いだ手は離さずに、白い手を握る力を少しだけ強くした。




END



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