優しい色をした桜花 

 透けるように青い空

 舞い落ちる夕焼け色の紅葉

 静かに降る真っ白な雪

 巡りゆく季節の中で 君の事を考えない日はない

 早く君を抱きしめたい

 ――僕だけの君にしたい




 大切な人〜 you still love 〜 18




 ――待ってるから

 切なく甘く耳に届いた声を片時も忘れたことはない。
 その言葉はの真実。
 大切な約束を守る事。それが僕の真実。



 二年前の5月。新緑の眩しい季節だった。
 夢を叶えるために演劇学校への進学を決め、はイギリスに留学をした。
 周助はそれを知り、大切な彼女を愛し守っていくためにプロテニスプレイヤーとしてデビューし、日本選抜に選ばれてイギリスへ遠征した。
 そして、生れ育った国と遠く離れたイギリスで、二人は再会をした。
 それは偶然ではなく、運命と言えた。
 再開したその日、二人は愛を交わした。
 その後、二人は電話やメールでひんぱんに連絡を取り合った。
 同じイギリスに暮らしていたけれど、は学校があり、周助はテニスがあった。ゆえに、休みを合わせて逢うことはままならず、なかなか逢えなかった。
 けれど、長期休暇の際には必ず逢瀬を交わした。
 例えわずかな時間でも、二人でいる時間は一人で過ごすそれより遙かに幸せだった。


 桜の咲く季節が過ぎ、セミの鳴き声が夏の訪れを告げ、街路樹が夕焼け色に染まり、雪が地上へ静かに舞い降ちる。

 季節は巡る。

 約束の時へ――。


 卒業式が終わりクラスイトと別れの言葉を交わし、教室をあとにした。
「ね、もう一度みんなで写真撮ろ?」
 昇降口へ向かって歩いていると、ルナが提案した。4人は瞳を交わし、ほぼ同時に頷く。
 仲のいい気心の知れた友人たち。この4人でいられる時間はあと僅かしかない。
 この先みんなで集まらないわけではないが、学生として一緒に過ごせるのは今日が最後だ。
「やっぱり校門前?」
「そうね……教室と講堂、練習室に屋上…それから職員室でも撮ったしね」
 アデルの言葉にエスターが頷いた。
 想い出が深い場所――それこそ、学校全ての場所でと言えるくらい、みんなで写真を撮った。仲良しの4人だけでなく、クラスメイトや恩師との写真を。
 そうなると残っているのは校門前くらいしか思い浮かばない。
「校門前でいいんじゃない?」
 同意を意味するようにが言うと、それに答える声があった。
「じゃあ決まりね。校門前にいる人を捕まえて撮ってもらいましょ」
 ルナは名案とばかりに、新緑を思わせるような淡い緑色の瞳を輝かせた。
 そんな彼女につられるように、3人は自然に笑顔になる。
 いつものように仲良く話をしながら校舎を出て、正門へ向かう。
 卒業式が終わって一時間ほど経つが、まだ生徒が大勢いた。みんな名残り惜しいのだろう。
「ねえ、
「なに、アデル?」
 名前を呼ばれて、は左隣の友人へ黒い瞳を向けた。
「私の気のせいじゃなければ、あそこにいるのっての恋人じゃない?」
 その言葉には幸せそうな笑顔を浮かべた。
「うん。今日迎えに来てくれるって…二年前に約束したの」
「二年前って事は、もしかしてあの日に?」
 と周助の事情を知っているエスターが振り返り訊く。
 答えを待つ海のように青い視線には頷いた。
「そっか。でも、不二君は迎えに来るってタイプじゃない気がする」
 言われて、は首を傾けた。
 エスターの真意が読み取れない。どういう意味なのだろう。
「あっ!をさらいに来たとか!」
 ルナの言葉にの白い頬が一瞬にして赤く染まる。
 それを見てエスターは、くすっと微笑んだ。
「当たりのようね」
「ねえねえ、さらいに来ただけじゃないかもよ?」
「例えば?」
 楽しそうに言ったルナにアデルが声をかけた。
「これから教会にさらわれちゃったりしてー」
「そ、それはないと思うけど」
 が言うと、ルナは人指し指を顔の前で左右に数回軽く振り、イタズラっぽく微笑んだ。
「わたしが不二君と話したことがあるのは数回だけだけど、彼ってすっごくを大事にしてるじゃない。だから、さらいに来ただけじゃ済まないと思うのよねえ。教会に直行!ってこともあると思うなあ」
「ルナ、からかうのはそのくらいにしときなさい。が可哀想でしょ」
 真っ赤になって俯くを気の毒に思い、アデルが助け舟を出してくれた。
「そのほうがいいわね。を泣かせたら、不二君が恐いわよ」
 の肩を軽く叩いてエスターがウィンクし、その場は丸く収まった。


「また一緒に遊ぼうね、
「写真が出来上がったら届けに行くね〜」
 アデルとルナの言葉には笑顔で頷く。
「楽しみにしてる。アデル、ルナ、またね」
、結婚式には呼んでね」
 にっこりとエスターが微笑むと、その隣でアデルとルナが身を乗り出した。
「わたしも呼んでね、
 アデルとルナの声が見事に重なった。
 はくすぐったそうに柔らかく微笑む。
「もちろん。みんな大事な友達だもの。ね?」
 は肩に腕を回して自分を抱き寄せている恋人を見上げた。
 周助は頷き、色素の薄い瞳を細めて微笑む。
「招待させていただくから、よろしくね」
「ええ。 ねえ、不二君。を泣かせたら承知しないわよ?」
「クスッ、僕がそんなことすると思う?」
 射るようなエスターの青い瞳をまっすぐに見つめ、周助は不敵に笑う。
「…それを聞いて安心したわ」
 エスターは呟いて、へ視線を戻した。
「じゃあね、。近いうちにみんなでお茶しましょ」
「うん」
 満面の笑みで頷いたに手を振って、友人たちは帰路についた。
 淋しさが込み上げてきて、それを振り払うようには周助を見上げた。
 そんな彼女に周助は優しい笑みを向ける。
「僕たちも帰ろう」
 差し出された大きな手に手を重ねると、優しく包むように握られた。
 繋いだ手から伝わる体温が心地いい。
 こうして手を繋ぐのはクリスマス以来だ。
「さっきはごめんね」
「ああ、写真のことなら気にしなくていいよ」
 先程の光景を思い出し、周助はフフッと笑った。
 正門の周辺には生徒が大勢いたのだが、カメラの所有者であるルナが周助に撮影を頼んだのだ。「せっかくだから、の恋人に撮ってもらいましょう」と。
 ファインダーを通して見たはとても楽しそうに笑っていて、有意義な学校生活だったことが容易に見受けられた。
「でも、ルナったらフィルム全部撮りきってなんて言うんだもの。大変だったでしょ?」
 卒業式のあと教室でクラスメイトと撮影大会のような状態になって、フィルムの大半は撮り終わっていたが、それでもまだ10枚近く残っていたはずだ。それにルナは途中でフィルムを入れ替えていたので、写真の数はすごいことになりそうだ。思い出が形になって残るのは嬉しいけれど、現像が大変そうだなと思う。
の写真を撮るのは久しぶりだったし、僕は楽しかったよ」
 そう言えば、周助は楽しそうに撮っていたような気がする。
 を迎えにというよりさらいに来た周助だが、カメラマンを頼まれて悪い気はしなかった。
 むしろの卒業式という大切な想い出を残す手伝いができて嬉しいくらいだ。
「僕が撮ったは、カメラ目線じゃないからね」
 恋人の言葉には黒い瞳を瞠った。
 すると周助はイタズラが成功した子供のように愉しそうに笑う。
「僕がカメラを持ってこないわけないだろ」
「でもカメラ持ってないじゃない」
「車の中に置いてきたからね」
 の暮らしている所は、学校から近い街の中心部。
 周助が住んでいるのは隣街のロンドン郊外。
 は車の免許がないので、交通手段といえばバスか地下鉄だ。周助も試合や遠征の移動の際はバスや地下鉄を使っているが、休みの日は別だった。少しでも長く大切な恋人と過ごすため車を使用している。
「周くん」
「何?」
 ハンドルを握って運転をしながら、に返事をする。
「道が違う気がするんだけど…」
 周助が運転する車に乗って、20分くらい経った。
 学校から南東方向へ向かっているのは、周助の家に行くため。けれど、彼の家に行く道はこの道ではなかったはずだ。先程過ぎてしまった、大通りへ抜ける道に曲がらないといけない。
「うん、違うよ。を連れて行きたいところがあるんだ」
「私を連れて行きたいところ?」
「フフッ、着いてからのお楽しみ」
 笑みを浮かべた周助は、それ以上のことを教えてくれるようには見えない。
 の白い頬が拗ねたように膨らむ。
「意地悪。少しくらい教えてくれてもいいじゃない」
「教えちゃったら驚かせないでしょ」
「それはそうかもしれないけど…」
「クスッ、そんなに拗ねないで?もうそこだからさ」
 ダークブルーのセダン車は、いつのまにか住宅街へと入っていた。
 道に迷う事なく、何度も来たことがあるような慣れた様子で周助は運転している。
 周辺は緑が多く広がっていて、閑静な住宅街といった感じだ。数百メートルほど先に、芝生の広がった公園のようなものが見える。
 周助はオレンジ色の屋根の家の庭に車を止めた。
「着いたよ、
 周助は車を降りて助手席へ回りドアを開け、に手を差し伸べる。は差し伸べられた手に捕まって、ワンピースの裾を踏まないように車を降りた。
 さりげなくこういう紳士的なことができる彼は、本当に素敵な人だと改めて思う。
「ここは?」
 庭には花が色鮮やかに咲き乱れ、所々に数本の樹が植えられている。
 それらを見渡し、最後に目の前に建つ二階建ての家に視線を向けた。
 白い壁にオレンジ色の屋根をしたそれは、イギリスのどこにでもあるような家だ。
「僕たちの家だよ」
「えっ?!」
 驚きに黒い瞳を丸くするに周助はクスッと笑って、華奢な体を優しく抱きしめた。
「約束しただろ。君をさらいにいくって」
「し、したけど…っ」
 それは卒業式に迎えに来てくれるという意味だと思っていた。
 目の前の家は中古物件のようには見えない。
 車で通り抜けた門、屋根や壁。どれもとてもきれいだから新築だろうと思う。
 新居に連れて来られて驚愕しているの耳に、情熱的な声が届く。
「君を離したくない。式を挙げるまでなんて待てない」
 華奢な背中に回した周助の腕の力が僅かに強くなる。
「僕だけのにしたい」
 まっすぐに向けられた視線は、とても熱い。
 囁く声も瞳と同じくらい熱くて、溶けてしまいそうだ。
「……はい」
 の囁くような返事に周助は嬉しそうに微笑んで、赤く染まった頬にキスをする。
「愛してるよ」
「……私も…あ…愛してる」
 消え入るような声で言って、瞳を恥ずかしそうに閉じる。
 周助はクスッと笑って、長くしなやかな指での顎をゆっくり持ち上げた。
「…愛してる、
 熱く囁いて、熱く深いキスを可憐な唇に落とした。


 もう二度と離さない

 君は僕だけのものだから

 誰にも君を渡しはしない

 僕の命がある限り

 君を愛し護っていく


 二人で幸せになろうね、




END

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