かぼちゃクッキー、プリンにパイ 10月末日。 2時限目が終わり休憩時間になると、菊丸は教室を飛び出した。その後姿を見、不二は色素の薄い瞳を細める。 先手必勝ってわけかい?英二。でも残念。ちゃんはたぶんいないよ。 奇襲が功を奏さないことを予想し、不二はクスッと笑って読書のために本を開いた。 「ちゃーん」 菊丸は元気一杯に三年三組を突撃訪問した。朝練後に声をかけようとしたのだが、手塚と打ち合わせをしていてダメだったのだ。昼休みのほうが時間はあるけれど、それまで待てない。それに、待っていたらもうないかもしれない。だから先手必勝とばかりに六組の教室から駆けて来た。 「なら今席を外してるけど」 三組の教室に入った瞬間、ドア近くの席にいたの友人――が言った。 「えぇーーっ」 「テニス部の桃城君が来て一緒に出て行ったけど」 がっくり肩を落としたのは一瞬。菊丸はすぐに立ち直った。 「どこに行ったの?!ちゃんなんか持ってなかった?!」 「どこに行ったのかは知らないけど、ピンクの紙袋を持ってたよ」 「桃のヤツ抜け駆けしたな〜!」 菊丸はうなるように言って、くるっと方向転換すると教室から出て行った。 「がどこにいるかわかるのかしらね」 頭上から聞こえた声に顔を上げると、友人が立っていた。 「さあ? でも、テニス部の人たちって”センサー”がついてそうじゃない?」 「あー、ついてそうね。 も災難ねえ」 の友人たちに噂されていることなど知らない菊丸は、本能の赴くままに廊下を走った。が、校内を走るイコール注意されるわけで、注意をしてきたのが先生だったなら誤魔化して逃げたのだが、注意をしてきたのはテニス部部長の手塚だった。ちなみに生徒会長は先月二年生にバトンタッチしている。 「あー、いや、ちょっとねー」 にゃはは、と笑って誤魔化す菊丸に手塚は嘆息した。 「絡み、か」 「えっ、どうして知ってんの?」 驚愕する菊丸に手塚は淡々とした表情で言った。 「あいつが今朝くれたからな。なんとなく、だ」 打ち合わせが終わったあと、が甘さは控えめにしてあるからよかったら、と菓子――パンプキンパイだと言っていた――をくれた。断る理由はないのでありがたく受け取った。そして、去年の騒ぎを手塚は思い出したのだった。一昨年は現三年生レギュラーだけだったからよかったものの、二年の間に6人から8人に増え、今は9人となっている。一応自分もカウントしたが、騒ぎで線引きするならば、人数はほぼ半数になる。 それにレギュラーが騒いでいる時の原因はたいがいマネージャーがかかわっているから、推測は容易だった。 「ずるいぞ、手塚!抜け駆けするなんて!」 「なんのことだ」 わけがわからず、手塚は眉間にわずかな皺をよせる。手塚は催促してもらったのではなく、から貰った。だから菊丸の言う意味がわからないのも当然だった。 「部長だからって贔屓だ」 ぶうたれる菊丸に手塚は呆れた顔で溜息をつき、「三時限目が始まるぞ」と言って、菊丸の脇を通り過ぎていった。 今度こそと意気込んで昼休みになるのを待って再び三組に行った菊丸は、またも不在で意気消沈した。二度も空振りではさすがに少しショックで、隣の2組に行ってダブルスパートナーの大石に泣きついたのだった。 一方その頃。 はお弁当と小さな紙袋を持って屋上に向かっていた。今日が晴れていたら屋上で一緒にお弁当を食べる、という約束をしているからだ。4時限目は少しだけ早く終わったので、4時限目終了兼昼休み開始のチャイムが鳴ってすぐ教室を出た。 扉を開けて屋上へ出ると、眩しい青空が広がっていた。 「いい天気〜。こういう日に外で食べるお弁当って美味しいのよね」 一人ごちて、まだ人がいない屋上の隅へ歩いていく。 は座って空を見上げた。風もなく穏やかで、陽射しが暖かい。気持ちよさに目を閉じて、そしてハッとして目を開けた。自分が暖かいのはいいのだが、暖かいところではダメなものがあったのだ。冷蔵庫から出すのは家を出る直前にしたし、保冷材も入れてきたけれど、日陰においておいたほうがいい。小さな紙袋とついでにお弁当も自分の影になっている位置へ移動させる。 「…………不二くんまだかな…」 時間にして数分しか経っていないが、空を見上げることくらいしかすることがなく呟いた。するとそれに応えるように、扉が開く音がした。視線を向けると、こちらに歩いてくる不二の姿が目に映った。 「ごめんね、ちゃん、待たせて。移動教室だったから少し遅くなっちゃって」 不二はの右隣に腰を下ろした。彼が座るのを待っては口を開く。 「大丈夫よ。そんなに待ってないから」 は自分の影に置いた紙袋から中身を取り、不二に差し出した。 「はい、これ」 ちゃんの手作りのお菓子が食べたいな。 ハロウィンに乗じてそう言ってリクエストしたのは他ならぬ自分なのだが、出された物に少し驚いて、色素の薄い瞳を丸くした。 「プリン?」 「うん。今年はプリンにしてみたの」 「ありがとう」 不二はプラスチックに入ったプリンを受け取って、瞳を瞠った。 「冷たい」 「傷むといけないから保冷材を入れてきたの」 「さすがマネージャー」 「おだててもプリンしかないわよ?」 「クスッ、そういう意味じゃないよ。本当にそう思ったんだ」 「よいしょがうまいなあ、不二くんは」 口ではそう言いつつ、嬉しさに頬が緩む。 「さっそくいただくよ」 「あっ、待って。スプーン持ってきたから」 使い捨てのだけど、とはプラスチックの小さなスプーンを不二に渡した。 「先輩」 ホームルームが終わりカバンを持って教室を出ると、後輩の越前とばったり会った。 「あ、越前くん。どうしたの?ボタンでも取れた?」 英二先輩じゃあるまいし、と不機嫌そうに呟いて、越前はニッと不敵に笑った。 「Trick or Treat.」 「あ。 はい、どうぞ」 オレンジ色の不織布でラッピングした菓子を手提げから出して越前に渡す。 「なんだ、用意してたんスね」 「去年からね。 本気でイタズラしてくる人たちがいるから自己防衛に」 「ふーん…」 面白くない、と越前は瞳を細めた。はイベントというものに固執しない、と乾から聞いたのだが、その情報自体が操作されていたらしい。 「俺もまだまだだね」 「何が?」 「なんでもない。 それより先輩、一緒に部活行こうよ」 「ええ」 頷くに越前は心の内でガッツポーズをした。 「行きましょうか」 「ういっス」 二人並んで歩き出す。 「先輩」 「ん?」 「中身なに?」 「もちろんかぼちゃクッキーよ」 なにが”もちろん”なのだろう。越前はそう思ったが、口には出さない。言ったら「返して」となるに決まっている。せっかく二人きりになれたというのに、自分から雰囲気を壊しては台無しだ。 「形もハロウィンぽくしたんだから」 楽しそうに笑う顔は年上とは思えない無邪気さで、思わずかすかな笑みが零れた。 「へぇ、楽しみっス」 「嘘ばっかり〜。こどもっぽいなって思ってるでしょ」 「そんなことないっスよ」 「ならいいけど」 話をしていると部室まではあっという間についてしまう。それでも邪魔が入らなかったのは運がよかったと言える。 「ねぇ、先輩。今日一緒に帰り――」 今のうちとばかりに約束を取り付けようとしたが、背後から伸びてきた手に口を塞がれ言葉が封じられた。 「ちゃん!トリックオアトリート!」 その声で自分の口を塞いだ犯人が誰だかわかった。越前は口を塞いでいる手をひっぺがし、菊丸から逃れる。 いいところで邪魔してくれて、と越前は菊丸を睨むが、彼は必死過ぎて後輩の刺す視線には気がつかない。 「Hpppy Halloween!」 は先ほど越前に渡したのと同じものを菊丸に渡した。 「ありがとう、ちゃん!」 「きゃっ」 抱きつかれては後ろへ体勢を崩した。そのまま倒れればしりもちは確実だった。けれど、幸いにして二人とも倒れる事態にはならなかった。 「大丈夫か?」 「乾くん?」 ちょうど部室に来たところだった乾がを支えてくれていた。 「ありがとう、乾くん。助かった」 「いや。 英二」 逆光で眼鏡をキラリと光らせる乾に菊丸はばつの悪い顔をする。皆まで言われずとも、今のは自分が悪いと思う。 「ちゃん、ごめん。次は気をつけるから」 「何言ってんスか、英二先輩。次も気をつけるもないっスよ」 すかさず越前に突っ込まれて、菊丸は笑って誤魔化す。 「そうだね。 それに次なんてあるわけないしね?」 不意に声が聞こえて、四対の目がそちらへ向けられる。微笑みを浮かべて立っていたのは不二だった。 「ふ、不二、いつから…!?」 焦ったのは菊丸だった。どこから見られていたのか、背中に冷や汗が流れる。 「君がちゃんに抱きついたところから」 フフッと笑って瞳を細める不二に菊丸は乾いた笑みを顔に貼り付けて、部室へと駆け込んだ。 越前はやれやれとばかりに軽く息をついて、自分も部室へと向かった。この場で二人の先輩――しかも一人は手強い相手だ――を出し抜くためには、今言うのは得策ではなさそうだ。 「みんな、ここで集まって何してるんだ?」 三人の耳に大石の声が届く。初めに応えたのは乾だった。 「そうだな…英二の運についてのデータ集め、といったところか」 「は?」 なんだそりゃ、と大石が顔に書いたのはもっともだった。けれど、乾はいたって本気のようで、ぶつぶつとなにやら呟いている。 「何かあったのか?」 大石は心配そうな顔で訊いた。 「要約すると、菊丸くんにお菓子をあげたら飛びつかれて、転びそうになったところを乾くんが助けてくれたの」 「僕はその場面を目撃しただけ」 目撃しただけではないのだが、それを突っ込めるただ一人はノートにデータを書き込むことに集中していた。 「そうか」 人の良い大石は納得し、何か気付いた顔でを見た。 「、パイをありがとう。美味しかったよ」 「そう?よかった」 嬉しそうに笑うマネージャーを見て、不二が声をかける。 「ねぇ、ちゃん」 「ん?」 「全員に違うものを作ってきたの?」 訊かれて、は首を横に振った。 「そうしたいのはやまやまだけど、さすがにそれは無理よ」 「不二、なんでそんなことを訊くんだ?」 「気になったからだけど。どうして?」 「いや、別に」 問いに問いで答えられて、大石は言葉を飲み込んだ。彼とて訊きたいことはある。あるのだが、訊けないのが性格の差と言える。 「そろそろ部室に行くか」 「そうだね。 じゃ、ちゃん、またあとで」 「うん」 大石と不二は部室へ、は女子マネージャーで共用している部室へそれぞれ向かった。 秋晴れの空の下、愛しのマネージャーから様々な形でハロウィンの菓子をゲットしたレギュラーたちは、今度はマネージャーと一緒に帰る権利を賭けて、密かに戦いを繰り広げていた。 END ハロウィンで5題 5「1.かぼちゃクッキー、プリンにパイ」 Fortune Fate様(http://fofa.topaz.ne.jp/) BACK |