神社の一の鳥居で午前10時に待ち合わせ。
 場所と時間を決めたのはマネージャーだった。と言っても、が自主的に決めたのではなく、レギュラー陣から決めてくれ、と頼まれたからだった。
 ゆく年くる年――大晦日から新年をと一緒に過ごしたいという思いはレギュラーの一部を除く全員が思っていたことだけれど、勝負に決着が着かず不本意極まりないことに今年は流れた。
 けれど、だからこそ初詣は、と意気込みがある。
 そしてこれまた、いつもなら勝負で勝った者だけがとなるのだが、いかんせん決着が着かず、たどり着いた結果が"全員で"だった。ものすごく非常に納得がいかなかったが、と一緒に初詣をできないよりは邪魔者が何人いようとできるだけましだ。
 もっとも、その結果に素直に従うかどうかは人によるのだが。




 勝利の法則




「おはよう。 あれっ?みんなやけに早くないか?」
 ちょっと早く着いたな、という時刻に待ち合わせ場所についた大石は、すでに揃っているメンバーに目を丸くした。
 試合の集合時間ギリギリに来る越前がすでにいることもそうだが、集合時間まであと20分はある。
 ちょっと早く着くけどいいよな、と思って来たのだが、手塚と不二の二人以外は全員揃っていたのだから、大石が驚くのも無理ないことだった。
「大石こそ早いじゃん」
 にやにやと顔に書いた菊丸に、桃城が同様の顔で頷く。
「やけに早いっスよね〜」
「いっ、いやっ、違うんだ!これにはわけが…!そ、そうっ、を待たせたら悪いと思ってだな」
「集合時間5分前にが来るというデータはお前にもあると思うが」
 乾の鋭い突っ込みに「いや、だからっ」と言い訳を探す大石だが、大石以外のメンバーにも周知の事実なのである。
 けれど、あえて大石に助け舟を出さずに静観しているというかスルーを決めているあたり、ライバルに情け容赦なしを絵に描いたようだ。
 越前は携帯でへメールを打ち、海堂はそわそわと少し落ち着きがなく、河村はしきりに周囲に目を配っている。そして菊丸と桃城はそれぞれプランを練っていた――無論、抜け駆けする計画に他ならない。
 携帯や腕時計で現時刻を確認したり、ブツブツなにやら呟いたり、ノートを書き付けている男7人の集団は怪しいことこの上なかった。だが、騒いだり叫んだりなど人様の迷惑になっているわけではないから、通報は免れていた。ただ、好奇の目が向けられることは避けようもなかった。
 10分程経った頃越前の携帯が鳴ったのと、それはほぼ同時のことだった。
「あっ、先ぱ…って、なんで部長と不二先輩が!?」
 待ち人を見つけ声を上げた桃城の近くで、届いたメールを読んで越前は驚愕していた。
「ちょ、ええーーっ!?」
「ええっ!?」
 こちらに歩いてくる三人を指で指して叫ぶ菊丸と、目を丸くして驚愕する河村。
「…ふしゅ〜」
 殺気のこもる海堂。
 驚いて声が出ない大石に、「ふむ…」と面白くなさそうな顔で呟きつつノートにメモをする乾。
 そんなレギュラーたちの待つ場所に、手塚と不二に左右を挟まれる形でが歩いてきた。
「あけましておめでとう。 みんなもう来てたのね」
 にっこりと今年初の笑顔を見せるマネージャーに、彼女の両隣の男二人は7人の視界から都合よく削除された。何故と一緒に来てるんだと手塚と不二に突っ込むよりも、マネージャーが優先である。
「先輩、着物似合うっス」
「ありがとう海堂くん」
 嬉しそうに微笑むに海堂の目元が赤く染まる。
 そんな二人のやりとりを見ていた面々は新年の挨拶はどこへやら、負けてられないとばかりに意気込む。
「その着物どうしたんだい?」
「色は水色か…ふむ、悪くないな。似合っているぞ」
「女の子が着物を着ると華やかだよね」
 大石、乾、河村が言った。
「ありがとう、嬉しいな。 でも、不二くんのおかげなのよ」
「えっ!?」
 が着物を着ている経緯を知らない全員――不二と手塚とを除いて――が異口同音に驚愕の声を上げ、7対の視線が不二に突き刺さる。
 だがしかし、突き刺さる視線に不二怯むことはなかった。にっこりと余裕の微笑みを浮かべて。
「姉さんの振袖があったから、初詣にどうかなって言ったんだ」
 ――ちゃんの着物姿を見たいな。…ダメかな?
 押し付けがましくなく、けれど見たいなとしっかり主張したのだが、それは黙っておく。
「そうなんスか?」
 桃城が訊くとは「ええ」と頷いた。
「由美子さんが着付けしてくれるって言うからお言葉に甘えたの」
「もしかしてそれで家にいなかったんスか?」
「えっ?越前くんうちに来てたの?うわー、ごめんね」
先輩のせいじゃないっスから」
 言って、越前は不機嫌を隠しもせず、不二を睨んだ。さっき越前が受け取ったメールはからではなく不二からで、ご丁寧に着物姿のの写真が添付されていたのである。
 つまり、抜け駆けしてを迎えに行ったのだが、時すでに遅しで不二が先手を打っていたのだった。
「越前には特別に先に教えてあげたじゃないか」
 にこにこと少しも悪びれる素振りがない不二に越前は苦虫を噛み潰した。
「そういう問題じゃないっての」
ちゃん!」
 の周囲を囲う仲間を押しのけて、菊丸は彼女に近づいた。
「すごく似合ってるにゃ」
「ありがとう」
 微笑むに菊丸の機嫌が上がる。
「すっごい可愛い。ほんと似合ってる。最高!可愛い!」
 菊丸としては彼女が喜んでくれるだろうと思っての賛辞だった。けれども。
「も、もういいわ、菊丸くん。あんまり褒められると嘘っぽい」
 困った顔で言われて、菊丸は笑顔のまま固まって、ついで顔にガーンと大きく書いて撃沈した。
 そんな菊丸を宥める優しい大石と河村をよそに、さっきから一言も発しない手塚へ桃城が疑問を投げた。
「不二先輩が一緒の理由はわかったっスけど、部長はどうして一緒なんスか?」
が迎えに来たからだ」
「なっ…!」
 驚愕し、部長まで抜け駆け!?と顔に書いたのは越前。
 海堂はふしゅ〜と息を吐き出しながら目が険しくなった。
「ずるいっスよ部長!!」
 噛み付く桃城に手塚は眉間にわずかに寄せた。
「なにがだ?」
 そう言った手塚はずるいの意味が本気でわかっていない。
「あのね、桃城くん」
 割って入った声に、桃城は反射的に視線をへ滑らせた。
「手塚くん初めは来ないって言ってたでしょう?」
「あ、そういえばそんなこと言ってたような…」
「でも、みんなでお参りしたいなって思ったから、不二くんに付き合ってもらって迎えに行ったの」
「そうだったんスか。 すみません、部長」
「いや」
「じゃあ解決したところで参拝しようか」
 どうにか菊丸を宥めたらしい大石が言った。
「なんか混んできてるっスね」
 と越前。
「着物着崩れたら大変だ」
 河村はを気遣って言った。

 いつもと変わらない落ち着いた声で手塚はを呼んだ。彼は右手をの方へ差し出していた。
「掴まっているといい」
「え?」
 は黒い瞳を丸くした。
「はぐれなくて済む」
「そうね。じゃ、お言葉に甘えて」
 は小さく笑って左手で手塚の手を取った。
「んじゃ、反対の手は俺が――」
 桃城がの手を取るより早く、華奢な右手は彼女の右側いる不二が素早く取って繋いだ。
「不二先輩ずるいっス」
 抗議する桃城と越前に不二はクスッと微笑む。
「何が?」
 わかっていてしれっと言うのだから始末に悪い。
「両手が塞がってたら逆に危ないんじゃないスか」
 この言い方では手塚と不二のどちらの手が離れても自分に権利が回ってこない、ということまで気がつかないで海堂が言った。
 ちなみに大石と河村と乾と菊丸は今は諦めていたが、来るべきチャンスを待っていた。
 手塚と不二は一瞬目を合わせ、ついで二人ともへ視線を滑らせた。
「それもそうね。 でも、手袋してないから、手を繋いでるとあったかいわ」
「なら、離さなくていいのかな?」
 フフッと微笑む不二には頷く。
「不二くんが嫌じゃないなら」
「嫌なわけないじゃない。光栄だよ」
 たとえ手袋代わりだったとしても構わない。
「あ、手塚くんは?」
「お前がいいのならばそれでいい」
 手塚は切れ長の瞳をフッと柔らかく細めた。
「お参りしましょう」
 嬉しそうに言うに嬉しいとはかけ離れた表情で7人はそれぞれ頷いた。
 そして愛しいマネージャーを囲んで、一同は参道を歩き出した。

 マネージャーといられるだけマシと思っていたが、やはり邪魔者はいないにこしたことはない。
 完全勝利でなくては意味がない!
 と、ほぼ全員が思ったに違いない。

 果たして、計画的なのが勝利か無欲の勝利か。
 新しい一年も勝利の法則は見えそうにない。




END


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