lunch timeも大混戦




 昼休みに入り向かった学食で、は意外な人物と会った。
「手塚くん」
「ああ、か。珍しいところで会うな」
 静かな声には僅かな驚きが含まれている。
「ええ。今日はお弁当じゃないのね」
 二人が偶然会ったのは券売機の近くで、互いに学食を利用するのだろうと察しがつく。
「母の具合が悪くてな」
「それは心配だわ」
 眉を曇らせるに、手塚はほんの僅かに切れ長の瞳を和らげた。
「少し頭が痛いとは言っていたが、重病なわけじゃない。そんなに気にするな」
「あ、そうなの」
 ほっとした顔で笑うに手塚は軽く頷いた。
「それより、早くしたほうがいいみたいだな」
「あっ、そうね」
 昼休みが始まって10分程が経ち、学食に人が集まり始めていた。
 食べる物がなくなるということはないが、座る席がなくなる可能性はある。
 二人はそれぞれ食券機で券を買い、カウンターの列に並んだ。
 トレーに載った食事を手に、比較的空いていたテーブルに向かい合って座った。
「…なんだ?」
 の視線がトレーに向いていることに気がついて訊く。
「あ、ごめんね。手塚くんとうどんって面白い組み合わせだなって思って」
「そうか?」
 手塚は切れ長の瞳を軽く瞠った。
「うん。蕎麦だとしっくりするんだけど。あ、うなぎ定食とかも」
 の言葉に手塚は珍しくフッと微かな笑みを浮かべた。
「学食でうなぎ定食はないと思うぞ」
「ふふっ、そうなんだけど、手塚くんには和食かなって思ったの」
「うどんも和食だろう。それより、食べないと伸びる」
「ええ」
 そういえば自分もうどんを頼んでいたのだった。手塚はてんぷらうどん、はきつねとわかめのうどんだ。
「手塚くん、七味は?」
「ああ、頼――」
先輩に部長じゃないスか」
「あ、桃城くん」
 は七味に右手を伸ばした格好のまま、顔を右側へ向けた。
「すごい量ね…」
 桃城の持っているトレーを見、は瞳を驚きに丸くした。彼が注文したのは定食のようだが、御飯が丼に山盛り、おかずは皿から盛り上がっていた。そしてその隙間にパンが二個あるのが見える。そういえば以前購買で見かけたとき、両手から溢れそうなほどパンを抱えていた。ということをは思い出した。
「え?普通っスよ」
 ……普通じゃないと思う、とは胸の内で呟いた。
先輩、隣に座ってもい――」
「隣いいっスか?」
 桃城の声に重なったのは、一年ルーキーの声だった。
「えっ?」
 が驚いて左側へ視線を向けた傍らで、桃城は「んなっ!?」と驚きの声を上げた。
 驚いている二人の先輩をよそに越前はさっさとの左隣の席に座った。
「ちっス、部長」
「ああ」
「部長も結構油断ならないっスね」
 手塚はごく微かに片眉を上げた。
「俺は弁当がないから来ただけだ」
 言って、手を伸ばして七味を取り、うどんにかけた。使い終わったそれを、のトレーの側に置く。そのコトという小さな音には反応した。
「あ、ごめんね、手塚くん。ありがとう」
「いや」
 礼を言いながら微笑むに手塚もまんざらではなさそうだ。越前と桃城の目にはそう映った。
先輩!俺にも七味ください」
 いつのまにか自分の右隣に座っていた桃城に声をかけられ、は視線を横へ滑らせた。
「え、ええ。…でも、どれにかけるの?」
 は桃城のメニューを見、緩く首を傾げた。七味を渡すのはいい。けれども御飯、味噌汁、しょうが焼き、付け合せのキャベツとトマト、ひじき煮、漬物、ヤキソバパン、アンパンのどれに使おうというのか。
「あ…かけるのないっスね。あはは〜」
 桃城は側頭部を右手でカリカリしながら笑って誤魔化した。彼は目の前でほんわかしだした手塚との邪魔をしたかっただけなのだ。
 笑う桃城につられてはふふっと小さく笑った。そんな長閑な桃城とを見、越前は先輩の名前を呼んだ。
先輩」
 呼ばれたが越前へと視線を向けたとき。
ちゃん」
 はもった声で名前を呼ばれ、はそちらに反応した。彼女の瞳に映ったのは、クラブメイトの二人。
「菊丸くん、不二くん。二人もお弁当じゃないの?」
「そ。一緒してもいい?」
「ええ、もちろん」
 菊丸に答えると、彼は笑顔で手塚の右隣の席に座った。の隣がよかったが、すでに埋まっているので仕方がない。
 一方の不二は自分の持っているトレーからお茶の入ったカップをのトレーに移した。
「不二くん?」
 驚くに不二は柔らかく微笑んだ。
「心配しないで。僕の分もちゃんとあるから」
「そう?だったら頂きます。ありがとう」
「どういたしまして」
 そして不二は当たり前のように手塚の左隣の席に腰掛けた。
ちゃん。七味いいかな」
「あ、ちょっと待って」
 まだうどんにかけていなかったので、七味を一振り振りいれた。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
 にっこり微笑む不二につられても笑った。
「どういたしまして」
 答えて、はうどんを食べようと箸を手にしたところで、越前に呼ばれていたのを思い出した。
「越前くん、なに?」
 は右手に箸を持ったまま左に顔を向けた。先輩二人に邪魔をされてムッとしていた越前の表情が柔らかくなる。
「先輩甘いの好きだよね。これとキムチ交換してくれないスか?」
 越前は白玉ぜんざいの入った器を右手に持ちながら言った。
「えっ、いいの?」
 は黒い瞳を輝かせて、越前の提案に飛びついた。学食の白玉ぜんざいは甘過ぎなくて美味しいのだ。
「んじゃ、交渉成立っスね」
 越前はへ白玉ぜんざいを手渡した。は受け取ったそれをトレーに置き、キムチの入った小鉢を越前のトレーに置いた。
「ありがとう、越前くん」
「先輩もサンキュ」
「今度、お礼に何か作ってくるね」
 は嬉しそうに笑いながら言って、今度こそうどんに手をつけた。
 熱々ではなくなってしまったが美味しい。
「ねえ、手塚くん、てんぷらうどん美味しい?」
「あ、ああ」
 急に声をかけられた手塚は口の中の物を飲み込んで、突き刺す周囲の視線を自棄のように無視して頷いた。
「じゃあ今度来た時はそれにしようかしら」
 楽しそうに笑ったは、四人の男たちの間に火花が散ったことには気がつかなかった。




END

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