聴きなれたクリスマスソング




 12月に入ると、待ちかねていたように街のいたる場所がクリスマス色に彩られる。
 飾りがついたツリーは子供の背丈から見上げる程の大きなものだったり、中には作り物ではなく本物が飾ってあったりする。デパートの入口にはサンタクロースの人形があったり、場所によってはサンタクロースに扮した人がいる。
 時を同じくし、店内にはクリスマスソングが流れる。
 趣向は違えど、毎年繰り返されている光景だ。



 定番とも言える、聴きなれたクリスマスソング、ジングルベルが流れている。
 不意に、数年前のクリスマスにテニス部の先輩とデュエットしたことを思い出した。
 越前が当時想いを寄せていた――部のレギュラーは全員ライバルで、全員が片想いという、抜け駆けは日常茶飯事の状態だった――テニス部マネージャーとクリスマスに二人きりになれる時間を賭けた戦い、という長いネーミングの勝負をする前哨戦として、カラオケで何故か歌わされたのだ。曲はジングルベルだったが、乾にこれだと渡された歌詞はアレンジされていた。おまけにタイトルまで、Happy Merry X'masと変えられていた。
 マネージャーが素敵だったよ、と拍手してくれたのが嬉しかったことは今でもしっかり覚えている。
 あの時の彼女――の笑顔は自分だけに向けられたものだったから。ただ、自分達のあとに歌った人にも同様の笑顔が向けられていたのだけれど。
 意識することなく、当時のことが次々に頭の中で再現されていく。
 懐かしさに時に三白眼と評される瞳を細め、意識して再現を打ち切ると歩く速度をほんの少しだけ速めた。
 久しぶりに帰国した日本だからか、あまり思い出したくない過去を思い出してしまいそうだった。
 地下三階から二階へと続く長いエスカレーターに乗る。
 友人同士、家族連れ、カップルなど老若男女で溢れかえる中、待ち合わせ場所へ急ぐ。遅刻しそうだったからではない。すれ違う人たちが一様に楽しそうな顔をしているのを見て、早くに逢いたくなった。
 ほどなくして、モスグリーンのロングコートを着た恋人の姿が目に映った。
 電話で声は聞いているけれど、こうして実際に逢うのも、デートするのも、夏以来だった。彼女は不平不満をあまり口にしないけれど、寂しい思いをさせているだろうという自覚はある。それをさせない唯一の方法はあるのだが、思い切りだけで行動すべきではないとわかっているから、もう少しだけ時間がかかる。

 彼女がいるところまで5メートル程の距離の位置で名を呼んだ。
 二年前に自分だけのものとなった瞳がこちらに向き、彼女は柔らかく嬉しそうな笑みを浮かべた。
「今日は遅刻じゃないのね」
 との彼我を縮めた越前は、うっと言葉に詰まった。
 夏に逢う約束をした時、ちょっとまあ色々あって、待ち合わせに遅刻してしまった。それが五分や十分ならよかったのだが、あろうことか三十分以上待たせたのだ。は怒っていたけれど、それでも帰らずに待っていてくれたのはの優しさゆえだった。
「…だから遅れないようにって」
「うん。嬉しいわ」
 その言葉にほっと小さく息をつく。
「リョーマくん、手を出して」
「は?」
 突然のことに目を丸くする越前に構わず、は持っていた赤いリボンのかかったクラフトの包みを差し出した。
「夜になったら交換しようって言ってなかったっけ?」
 越前は首を傾げた。
 ――クリスマスはケーキを焼くから、夜は家でお祝いしながら、プレゼントを交換しない?
 は確かにそう言っていた。
「ええ、クリスマスプレゼントはね」
 は一度言葉を切って、にっこり微笑んだ。
「Happy Birthday! 一日遅れだけど、直接言いたかったの」
「サンキュ」
 プレゼントを受け取って、越前はの頬に素早くキスをした。一瞬触れるだけの。
「リョ、リョーマくんっ!」
 瞬く間に頬を赤く染めてうろたえるに、口端を上げて不敵な笑みを浮かべる。
「アメリカじゃこのくらい普通だよ」
「ここは日本よ」
「いいじゃん、別に。減るもんじゃないし」
 越前はしれっと交わして、華奢な手を取って繋ぐ。手袋越しだと変な感じだ。自分も手袋をしてれば別なのだろうが。
「リョーマくん」
 視線を僅かに下にし、を見る。
「ん?」
「プレゼント、開けてみて。で、すぐに使って欲しいな」
「…わかった」
 手を離し、プレゼントの包みを開けた。
 黒いシンプルなデザインの皮手袋が入っていた。肌触りがよく柔らかい。
 それをのお願い通り、手にはめた。
「サイズ平気?」
 手元を覗き込むに「平気」と答えた。
「それで、どこに行くの?」
 越前がそう訊いたのは、今日は一日の行きたいところへ行く約束だからだ。越前に特別に行きたい場所はないのと、夏デートの詫びも含めて。
「ツリーが見えるカフェでコーヒー飲みましょ」
「ああ」
 どちらともなく手を繋いで、二人は雑踏の中を歩き出す。
 たどり着いたカフェでは、聴きなれたクリスマスソングがピアノで生演奏されていた。




END 

君と僕のクリスマス7題「1.聴きなれたクリスマスソング」
Fortune Fate様(http://fofa.topaz.ne.jp/)

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