しばし考えて、は口を開いた。

「噴水庭園に行きたいわ」

 ここにはイングリッシュガーデン風の庭園があり、そこと噴水庭園とどちらがいいか迷った。
 けれど、せっかくのいい天気なので、水のある庭園がキレイかと思った。
 陽の光が水面に反射して輝く様を思い浮かべると、心が弾む。

「キレイだろうね」

 の考えがわかったのか、不二が柔らかく微笑む。

「ええ、楽しみだわ」

 ふふっ、と微笑むに不二は「うん」と頷く。
 そして二人は噴水庭園の近くにある、カフェテリアに向かった。

「先に席を取ったほうがいいかしら?」

「そうだね…そうしようか」

 不二はカフェテリアを見回して言った。
 まだ席は空いているが、食事を買ったあとまで空いているかわからない。
 店の看板メニューに目を通してから、二人は空いている席に座った。

、何にする?」

「あ、私が買ってくるわ」

「いいよ。僕が行くから、は待っていて」

「え、でも…」

「たまには甘えてよ。ね?」

 微笑む不二にはほんのり頬を染めて頷いた。

「うん。じゃあ、フォカッチャのパニーニとアイスコーヒーをお願いします」

「了解。あ、いいよ、。僕が持つから」

 自分の分のお金を渡そうとバッグに手を掛けたを遮って言うと、不二は踵を返して店に向かった。
 彼の後ろ姿を見送りながら、はふぅと溜息をつく。
 彼は高校生なのだし、自分の分位は働いている自分が払うべきだと思うのだ。としては二人分を自分が払おうと思うのだが、そう言い出すタイミングもなかなか難しい。
 先程のようになった時、気を遣ってくれる不二の立場に自分がなりたいのに、どうも上手くいかない。
 考えても答えは出なくて、は不二の後ろ姿をただ見つめていた。
 それからしばらくして、食事の乗ったトレーを持って不二が戻ってきた。

「お待たせ、

「ありがとう、周助」

 テーブルにトレーを置いて、不二がの向かいに座る。
 そしての前に彼女が頼んだ料理と飲み物、残りを自分の前に、カトラリーの入ったケースを中央へそれぞれ置いた。
 いただきます、と食べ始めてすぐ、少し沈んだ様子のに不二が心配そうに眉を顰めた。

「…、どうかした?」 

「え…ううん、なんでもない。ごめんなさい、ぼーっとしちゃって」

 歩き疲れたのかも、と言ってが苦笑を浮かべる。
 それが嘘であることを不二が見破るのはたやすい。

「僕には言えない?」

 静かだけれど、少し沈んだような声で言った不二にはハッとなる。
 自分のことばかりで不二の気持ちを考えていなかった。

「ごめんなさい。…言えないってわけじゃないの。自分に呆れていたの」

 アイスコーヒーにさしたストローを弄びながら呟く。

「周助みたいになりたいのになれないなあって思って」

 僕みたいになりたい?
 不二は胸中で呟いて、の様子が変わったであろう間のコトを逡巡した。
 そしてなんとなくだが、彼女の言いたい意味を察した。
 僕はに甘えるより、に甘えて欲しいから、そうなってしまうんだ。
 背伸びをしてるって言われるだろうけど、にはそうしたい。
 そう気持ちを全て言ってしまいたいけれど、それはやめた。

「これからは2回に1回はに甘えるコトにするよ」

 微笑む不二に、は黒い瞳を瞬いて彼を見つめた。
 不二は虚を突かれた表情のに微笑みを深める。

、冷めないうちに食べよう」

 不二はエンパナダをフォークで口に運ぶ。
 は彼にまた気遣わせてしまったと思いながらも、ホッとしたように微笑んで、紙で包まれたパニーニを両手で持って、口へ運んだ。
 それから二人は先程見たばかりのサボテンのコトやこれから行く庭園のコトなどに会話を弾ませて、食事をした。


 少し遅めのランチを取った二人は噴水庭園に向かった。
 ドームがひとつすっぽり納まってしまうほどの広さの庭園の中央に、大きな噴水がある。
 プールほどの大きさがある噴水で、時間に寄って吹き出る水の高さが変わるのだ。

、君の好きな花が咲いてるよ」

「あ、本当。たくさん咲いてるわ」

 左側にあるオリーブを見上げていたは、不二の声に右側へ視線を滑らせた。
 煉瓦を積んで作られた花壇に、青紫色で五角形の花が咲いていた。

「フフッ、ってキキョウが本当に好きだよね」

 愉しそうに笑う不二をは見上げる。

「ええ。可愛いし、色もキレイだから。それに花言葉も素敵なのよ」

 花が咲くようにが嬉しそうに微笑む。
 その微笑みに不二は心の中で安堵した。先程のモヤモヤした気持ちはなくなったらしい。
 やっぱり彼女には笑顔でいて欲しい。

「キキョウの花言葉って?」

 興味が湧いたので訊いてみると、の白い頬が微かに赤く染まった。

「…『変わらぬ愛』よ」

 余計なコトを言わなければよかったわ。
 そう心の中で後悔しても、すでに遅い。

「へえ。の言う通り、花言葉も素敵だね」

 不二はにっこり微笑むと、と繋いでいない右手で彼女の黒い髪に触れた。
 彼女の髪の感触を楽しむように、長い髪をしなやかな指でそっと梳く。

の髪に飾ったら似合いそうだ」

「…っ」

 にっこり微笑みながら言われて、息が止まる。
 周助ったらこんな公衆の面前で、と思う気持ちと嬉しい気持ちがせめぎあう。
 の中で勝ったのは、嬉しい気持ちだった。
 何か言う変わりには不二を見上げて照れたように微笑んだ。

「…いつか………るから」

「えっ?なに?聴こえなかったわ」

「ああ、ごめん。行こうかって言ったんだ」

「そうね。でももうちょっとだけいい?」

「いいよ。の気が済むまで、一緒に見よう」

 首を傾けるに答えると、は嬉しそうに微笑んだ。
 キキョウを愛でるを見つめながら、不二は色素の薄い瞳を細める。


 …両手いっぱいのキキョウを君に贈るから―― 


 心の中でもう一度繰り返して、微風に揺れるキキョウに視線を滑らせた。




END


「BI」


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