「自然の園に行きたいわ」 梅雨の最中の晴天日。 陽の当たる空の下を樹木や花を愛でながら歩くのもいいと思った。 「了解」 まずは空腹を満たすべく、自然の園近くにあるレストランへ向かった。 ランチの時間は過ぎているが、店内にはそこそこ混んでいる。 だが、待つほど混んではいないので、すぐに席に着くことができた。 二人を席に案内したウェイターが水とメニューを2つづつ置き、一礼して下がっていく。 「はい、」 「ありがとう」 不二からメニューを受け取って、はそれを開いた。 見開きのそれには、メニューのひとつひとつに写真が付いている。 しばらくメニューとにらめっこしていたは、不二はどうなのだろうと顔を上げた。 黒い瞳に映った、不二の伏せたような瞳、メニューを持つ手にドキンと心臓が跳ねる。 メニューを見ているところもカッコイイと思わず見惚れて、言おうとしたコトは喉の奥に消えた。 「ん?どうしたの?」 の視線に気づいた不二が顔を上げる。 「あ、その…周助はなにを食べるのかなあって思って」 慌てて言うに不二はクスッと笑って、テーブルの上にメニューを置いた。 「僕はこれ」 不二の指が示す場所には、『トマトとエビの冷製パスタ』と書かれている。 今はランチタイムなので、これにサラダとドリンクが付いてくる。 「私はどうしよう…」 の迷っていた料理のうちのひとつなので、不二が選んだものとは違うものにしようと、再びメニューに視線を戻す。 しばし料理の写真を見比べて、不二と同じ冷製パスタにすることにした。 「決まったみたいだね」 「うん、ごめんね」 「謝るコトじゃないよ」 眉を曇らせるに不二は笑顔で言って、ウェイターへ視線を向けた。 「…さっぱりしてて美味しい」 パスタを一口食べて、が顔を綻ばせる。 美味しそうに『サーモンとモッツァレラの冷製パスタ』を食べるに、不二の顔にも笑みが浮かぶ。 「パスタの茹で具合がちょうどいいよね」 「ええ。自分で作るとこんな風には茹でられないし」 がそう言うと、不二は意外そうな顔をした。 「そう?僕は美味しいと思うけど」 「そっ、そうかしら?」 「うん。これだってが作る方がもっと美味しいよ、きっと」 褒めてもらえるのは嬉けれど、手放しで賞賛されると照れてしまう。 けれど、周助が喜んでくれるなら冷製パスタを食べてもらいたいと思う。 「…今度、作ってみる…」 「楽しみにしてるよ。あ、そうだ。辛味をきかせてくれると嬉しいな」 小さな呟きに答えて微笑む不二に、は返事の変わりに頷いた。 アーチ状になっている植木の下をくぐり抜けると、広大な庭園が広がっていた。 散策ができるように設けられた、石畳の遊歩道。 クチナシ、ザクロ、サルスベリ、サツキなど花をつけた樹木や、花壇には今が見頃なナデシコ、カラー、ダリア、セントポーリア、アスターなど、場所によって違う花がたくさん咲いている。 遊歩道以外は芝生になっていて、その上には所々にベンチが設置されている。 石畳の道を歩きながら360度に広がる景色を楽しんでいると、不意に腕に何かが当たる感触がして不二は視線を動かした。 不二の切れ長の瞳に頭を預けるの姿が映る。 「、疲れた?」 「あっ、そうじゃないの。ごめんなさい」 ハッとしたように瞳を瞠って、は慌てて不二から頭を離した。 彼女の白い頬がほんのり赤く染まっている。 表情から察するに、無意識にしてしまったのだろう。 「別に離れなくてもいいのに」 クスッと微笑むと、イジワルね、と小さな抗議が返ってくる。 人前で手を繋ぐ以上のコトをするのは、は苦手だ。 だから、恋人の腕に両手を絡ませて歩くなんてことをしたことがない。 その理由はひとつ。ただ単純に恥ずかしいので。 「残念だな」 そう言いながらも不二は少しも残念そうな顔ではない。むしろ至極嬉しそうに笑っている。 余裕の不二にはなんだか悔しくて、ぷいっと視線を逸らした。 その一瞬後、は早くも後悔した。いくらなんでも子供じみている自分に恥ずかしさがこみ上げてくる。 「…そのままでいいよ」 「えっ?」 小さな声が聴こえて不二を見上げると、色素の薄い瞳を細めて微笑んでいた。 「そのままのが好きだから」 その言葉と一緒に、繋いでいる手をぎゅっと握られた。 手から伝わる温もりと、包まれる強さに、すーっと気持ちが和らいでいく。 不二の優しさに手だけではなく、心までが包まれていく。 「…うん」 素直に頷いて、は不二との距離を縮めた。 なんだか不二の傍にいたくなって。離れていたくなかった。少しでも近くにいたいと思った。 花を愛でて歩いたり、ベンチで休憩して話をしたりとゆっくりと園内を散策した。 とてもゆっくりと見ていたので、庭園を一周した頃には、空が夕闇に包まれていた。 庭園内は昼間に比べて人が減っていて、静寂に包まれている。 「暗くなってきたね」 「そうね…」 残念そうに、が瞳を伏せる。 帰らなくてはいけないことはわかっている。 だけど、もう少しだけ一緒にいたいと思ってしまう。 「、最後に薔薇を見に行こう」 「えっ?」 そろそろ帰ろう、と言うと思っていたので、は驚いた。 不二はフフッと微笑んで、を庭園の中央へ連れて行く。 「…キレイ…」 赤、白、ピンクの三色の薔薇が円状に植えられた花壇が、淡い光で夕闇の中に浮かんでいる。 ライトは白く、薔薇の美しさが際立って見える。 「ここに来たらと見たいなって思ってたんだ」 不二が首を僅かに傾けて色素の薄い瞳を細める。 「ありがとう、周助。周助と見られて嬉しい」 優しく微笑む不二には嬉しそうに微笑み返す。 そんな彼女の耳元へ不二は唇を寄せた。 「僕も嬉しいよ。今日は可愛い君をたくさん見られたし、ね」 甘い声で囁かれて、白い頬が夕闇でもわかるほど赤く染まった。 END 「HO」 BACK |