「あ…。ね、周助。写真展に行ってみない?」 店を出て、思い出したようにが言った。 不二の色素の薄い瞳がを捕らえる。 「いいけど、いきなりだね」 「だって、今思い出したのよ」 は少し拗ねた表情でバッグの中を探り、茶色い封筒を取り出した。 そして、封筒を開けて中に入っているものを取り出す。 「確か昨日からだったと思うんだけど…」 そう言いながら、封筒に入れていたチケットの日付を確認するの手元を不二が覗き込む。 「やっぱり昨日からだわ。周助、興味ありそう?」 はチケットを一枚、不二に手渡した。 チケットには白い建物と蒼い海の写真が印刷されており、『ギリシア写真展』と書いてある。 写真家の名前は、数ヶ月前に本屋で見かけた写真集の写真家の名前だった。 「うん、行きたいな」 不二が笑顔で頷く。 知らない写真家でも写真展に行くのは好きだから、知っている写真家なら嬉しい。 「周助が好きそうって思ったから貰っておいてよかった」 「へえ…」 「が貰ったけど興味ないからってくれたのよ」 その言葉に、不二は心の中でホッと息を吐く。 自分でも心が狭いと思うが、くれた相手が男だったらと思うと嫉妬にかられる。 気持ちを気づかせないように不二は微笑んだ。 それから10分程歩いて、写真展を開催しているビルにたどり着いた。 写真展はなかなか好評の様で、多くの人が出入りをしている。 から貰ったチケットは招待券だったので、受付でそれを見せて、展示案内のパンフレットを貰った二人は室内へ入った。 受付に少し列ができていたので混んでいるのかと思ったが、フロアが広く人は分散している。 「」 順路を確認した不二は、の白い手を取った。 「…周助、手は繋がなくても…」 街中はいいけれど、さすがにこういう場所で手を繋いで歩くのは恥ずかしい。 頬をほんのり赤く染めて見上げてくるに、不二はクスッと小さく笑う。 「僕が繋いでいたいんだ」 不二の瞳が離さないと語っているように見える。多分、気のせいではない。 静かな場所では小さな声でも周囲に聴こえてしまいそうだ。 ここにいる人は写真を見に来ているんだし、人のコトを気にしないわよね。 はそう結論付けて、反論するのを諦めた。 始めにあった写真はアクロプリスの丘、神殿や劇場などの遺跡だった。 テレビや旅行のパンフレットで見る、厳かで迫力のある白亜の遺跡には溜息を零す。 写真は撮る人によってそれぞれ違う。写真が趣味な恋人の撮ったものも柔らかくて好きだけれど、目の前にある写真もいいと思う。 なんとなくだが、不二が写真を好きな理由がわかった気がする。 「キレイな夕焼け…」 は思わず呟いた。 海も空も朱く染まり、静寂に包まれたような風景がとても美しくて。 「スーニオン岬だね」 「ポセイドン神殿のあるところよね」 いつだったか忘れたけれど、テレビで放送されていたギリシア特集の番組で、スーニオン岬を訪れるなら夕方がいいとコメントがついていたのを思い出した。 写真でこれだけ美しいのだから、実際に見たらもっと感動するだろう。 もう一度、スーニオン岬の風景を瞼に焼き付けて、次の写真の前へ移動した。 次の写真も遺跡の風景で、不二の説明によると『デルフィの聖域』と呼ばれる場所らしい。 神殿や劇場跡の写真を一枚一枚立ち止まってゆっくり見ながら、二人は一言二言、言葉を交わす。 いつの間にか、手を繋いでいることなど忘れてしまっているほど、は写真に魅入った。 遺跡を中心とした写真があるエリアを見て、それから『エーゲ海の島々』と言うエリアに進んだ。 エーゲ海に浮かぶ島の数は多くて、その全部まではわからない。 けれど、真っ青な海と白亜の建物、白いライオン像、要塞、修道院、港など様々な写真は見ているだけで楽しかった。 「キレイな写真がたくさんあったわね」 あんなに素敵ならギリシアに行ってみたいわ、とが瞳を輝かせる。 手を繋いでなかったらステップでも踏み出していそうな喜びに、不二は思わずクスッと笑った。 表情が変わる様は見ていて飽きない。 そんなコトを言ったら拗ねてしまうのがわかるから、言わないけれど。 「はどこに行ってみたいと思った?」 そう訊くと、は考えるように口元に指先を当てる。 「……やっぱりアテネかしら。でも、クレタ島やサントリーニ島もいいなあ」 「フフッ、全部気になるって顔してる」 その言葉にの黒い瞳が少しだけ険しくなる。 少しむっとした顔では不二を見上げた。 「そういう周助はどうなの?」 「僕はと行くならどこでもいいよ」 予想外の言葉には瞳を驚きに瞠った。 「…どうして私と行く話になるの?」 「新婚旅行で行くのもいいかと思って」 「し…っ…」 の白い頬が一瞬で赤く染まる。 あたふたと慌てるを不二は愉しそうに見つめて。 「それまでに考えておいてね」 首を傾けて微笑むと、の答えは不要とばかりに繋いだ手を引く。 ハッと我に返ったが不二を見上げると、優しい瞳と目が合った。 「紅茶でも飲みに行こうか」 微笑む不二には何も言えなくなってしまった。 「…うん」 は頷いて、不二と繋いでいる手に少し力を入れて握り返した。 これが「考えておく」という意味だと不二に伝わっているといいな、と思いながら。 青い空が紫色に染まり、やがて朱く染まっていく。 白い雲が朱に染まり陽が暮れていくのを、公園にある高台から二人は眺めていた。 昼間見た写真とは違って海も島もない。眼下に見えるのは町並みだ。 「…こうして夕焼けを見るのは久しぶりだな」 不二の穏やかな声が耳に届く。 見上げた不二の横顔は、夕焼けのように優しい。 光の加減で金色に見える色素の薄い瞳に吸い込まれて、見惚れてしまう。 「この風景もいいけど、スーニオン岬からのも見てみたいね」 不意に不二の瞳が向けられて、の心臓が跳ねた。 「…周助と一緒なら」 「フフッ、その日が待ち遠しいな」 不二がの細い身体を腕の中に閉じ込める。 瞳を細めて幸せそうに微笑む不二の胸に、は顔を埋めた。 END 「A」 BACK |