「ねえ、周助。服を見に行ってもいい?」

 たまには不二とゆっくり買い物するのもいいかな、と思い訊いてみた。
 不二の服装の好みがわかるかもしれない。
 そんなことを考えているのは不二には内緒だ。
 
「いいよ」

「ありがとう」

 は嬉しそうに微笑むと、不二の手を引いた。
 道すがら、ウィンドウショッピングを楽しみ、目的地へ向かう。
 がよく服を購入する店は、デパートの中に入っている。
 デパートの中に入り、エレベーター前には人垣ができていたので、エスカレーターに乗った。

「それでの行きたい店は何階なの?」

「4階にあるの」

 話をしていると、目的の階にあっという間に着いた。
 フロアの左奥にある店へ、は不二を案内した。
 店先のマネキンはミャミソールとクロップドパンツやシフォンフラワーワンピースなどの夏服を着ている。
 パステルカラーなどの淡い色の服が多く、デザインはシンプルなものが多い。

 服を選んでいる姿を見るのもたまにはいいかもしれない。
 そう思って、不二は黙って服を見る彼女を見ていた。
 すると、が振り返った。 

「……周助、どっちがいいと思う?」

 裾がフレアでラインが細い小花を散らしたロングスカートと、小花柄で膝丈のフレアフカートを手に、首を傾ける。
 どちらかと言えば、彼女の左手にあるスカートが似合うと思う。
 がワンピースじゃなければ着て見せてって言えるけどなあ。
 少し考えて、不二は口を開いた。

「あてて見せてくれる?」

 不二の提案には嬉しそうに微笑んだ。
 店に来るまでは不二がどんな服装が好みか知りたいと思ったいた。
 けれど、服を見ているうちに、不二に服を選んでもらうのもいいなと思ったのだ。
 面と向かって、「周助に服を選んで欲しいの」とは恥ずかしくて言えない。
 だからこっそりと、さりげなく。
 膝丈のスカートをラックにかけて、ロングスカートを身体にあてた。
 色素の薄い瞳にじっと見つめられて、恥ずかしさが込み上げてきた。
 服を選んで欲しい。
 そう言った方がよかったかもしれないと思うが、それは今更だ。

「…もうひとつのもいい?」

「あ、はい」

 は当てていたスカートをラックにかけ、今度は膝丈のスカートを身体にあてた。
 
「…うん、やっぱりこっちの方がに似合う」

 そう言って不二が柔らかく微笑む。

「じゃあ、これにする。 ありがとう、周助」

 とても嬉しそうに微笑むに、不二はクスッと笑った。

が選んで欲しいなら、いつでも選んであげるよ」

 瞳を細める不二には白い頬を赤く染める。
 嬉しい言葉だけれど、気持ちを見透かされているようで落ち着かない。

「あ…か、買ってくるね。待ってて」

 服を手にレジへ向かうの後姿を不二は愛しそうに見つめていた。


 お茶にしよう、とデパートを出て喫茶店に向かっている途中での足が止まった。
 ショーウィンドウにディスプレイされているのは、真っ白なウェデイングドレス。
 袖口にリボンがついていたり、胸元にレースがあしらわれていたり、ビーズが散りばめられていたり、とそれぞれデザインもタイプも違う。

「…はどういうのがいいの?」

「えっ?」

 耳に届いた声に驚いて、は視線をドレスから不二へ移した。

はどういうのを着たい?」

 もう一度訊かれて、は答えに迷った。
 キレイだなあと思わず目を引かれて立ち止まっただけなのだ。
 ドレスを着たい――もちろん、不二の隣で。
 けれど、どういうのを着たいかと訊かれるとわからない。

「…目移りしてしまってわからないわ」

 正直に答えると、不二は色素の薄い瞳を細めて微笑んだ。
 長い指での黒髪の感触を確かめるように、さらりと梳いて。

「決められなかったら、僕に選ばせて欲しいな」

 まだ結婚できる歳でもないし、まして自立していない身で求婚はできない。
 けれど、約束くらいは許されるだろう。
 今言わなかったら、この先いつ言えるかわからない。

「…周助に選んで欲しい…」

 雑踏にかき消されてしまいそうな小さな声が耳に届く。

「うん」

 恥ずかしそうに俯くに、不二は繋いでいる手の力を少しだけ強くした。



 陽が落ち始めた空に金星が見える。
 
「周助、送ってくれてありがとう」

 もっと長く、夜まで一緒にいたかったのだが、朝練があるのを気遣ったが、今日は帰りましょうと言ったのだ。
 けれど、少しでも一緒にいたくて、不二はを家まで送ることにした。

「…少しでも長く周助といたかったから、送ってくれて嬉しかった」

…」

 少し掠れた声で名を呼ばれて、ドキンと心臓が跳ねる。
 切れ長の瞳に見つめられて、溶けてしまいそうだ。

「あ…その…お、おやすみなさい、周助。気をつけて帰ってね」

 不二の視線の熱さに耐えられなくて、は僅かに視線を逸らす。
 その仕草が可愛くて、不二は細い身体を引き寄せ抱きしめた。

「…帰りたくないな」

 甘く熱い声に背筋がぞくりと震える。

「で、でも、朝練が…っ」

「…フフッ、冗談だよ。今日はおとなしく帰るよ」

「え?」

 驚きに瞳を見開くに不二はクスッと笑って。

「部活がオフの前日に泊まらせてもらうから」

 耳元で甘く囁いて、約束のシルシだと言うように、恋人の唇にキスを落とした。




END


「IH」


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