「歩きながら決めていい?」

 アトラクションの数が多くて決めかねたは言った。

「もちろん、いいよ」

「ありがとう。じゃあ、向こうに行ってみましょ」

「うん」

 二人は手を繋いで、散歩をするように歩き出す。
 しばらく歩くと人垣が出来ていて、二人は立ち止まった。

「なにかしら?」

 が不二を見上げて訊く。
 時々大きな歓声が上がり、人垣の向こうで何かが動いているようだが、の身長ではよく見えない。

「大道芸みたいだ」

「大道芸?」

「見ていく?」

 大道芸と言えば、ジャグリングや綱渡りなどしか思い浮かばないが、見るのは楽しそうだ。
 けれど、かなりの人が集まっていて、背伸びをしてようやく見える程度だろう。
 距離を置けば見えるだろうが、そんなに遠く離れてまで見たいとは思わない。
 けれど、もしかしたら周助は見たいかもしれない。
 そう考えると、は答えに困った。

「…僕はどっちでもいいよ。だから、はどうしたい?」

 優しい声が聴こえて顔を上げると、不二は柔らかく微笑んでいた。

「…あまり見えないからいい。ごめんなさい」

「謝らなくていいのに。僕は本当にどっちでもいいんだ。といられるなら」

「周助…ありがとう」

 にっこり微笑む不二に、ははにかみながら言った。


、あそこに入ってみない?」

 洋館のような建物を指差して、不二が訊いた。
 館の外観は明るく、まずお化け屋敷でないことには安堵した。

「…、一瞬お化け屋敷かと思っただろ」

 不二の指摘にはドキリとした。
 どうしてわかったのだろうと、視線を上げると、少し不機嫌そうな顔があった。
 
「僕はそんなに信用ないんだ?」

 いつもより少し低めの声で話す不二に、は慌てた。

「し、信用してるわ!」

「なら、どうして動揺したのかな?」

「べ、別なの!周助のコトは信じてるけど、感情が出ちゃったというか…だからっ」

 どう言ったら信じてくれるのだろうと、必死に弁解をするの耳にクスッと小さな笑い声が聞こえた。
 の黒い瞳に映ったのは、笑いをこらえる不二の姿。

「周助!?」

 からかわれたコトに気づき、は不二を睨んだ。
 不二を怒らせてしまったのだとこっちは本気で心配したのに、彼は演技をしていたらしい。
 あまりに腹が立ったので、は繋いでいる不二の手をぺちっと叩いた。

「ごめん、

 君の反応が可愛くてつい、ね。
 そう言ったら更に怒ってしまうことが容易に想像できるので、心の中で呟く。
 
「…もうしない?」

 がむっとした顔で斜に不二を見上げる。
 不二を見る黒い瞳に怒りの色はもうない。

「しないよ。誓う」

「…それなら許すわ」

 からかわれたことに怒りはしたけれど、久しぶりのデートで喧嘩したままなのはイヤだった。
 それに不二のことだから今日はしなくても、またからかってくる違いない。
 それはそれで構わないと思うあたり、自分でも呆れるくらい、彼に溺れている。
 
「お詫びにの好きな物、なんでも奢るよ」

「後悔しても知らないわよ?」

「フフッ、大丈夫だよ」

 が無茶なコトを言うわけないとわかっているので、不二は首を傾けて微笑んだ。
 
「それで、どうする?」

「面白そうだから入ってみましょ」

 そして二人は『ミラーハウス』の入口をくぐった。
 中へ入ると正面に鏡で出来たピラミッドが見えた。

「ねえ、天井も鏡よ」

 逆さまのピラミッドが天井に映ってみえる。それは不思議な光景だった。
 けれど『ミラーハウス』というだけあって、それだけでは終わらない。

「天井だけじゃなくて壁も鏡になってるね」

「本当だわ」

 鏡張りの中を歩いて先へ進むと、更に広い場所へ出た。
 ここにはなにがあるのだろうと部屋の中央まで進むと、鏡に映っている自分が何重にもなって鏡に映っていた。

「…ちょっと酔いそう」

 面白いのだが、どこまでも鏡が続いているような錯覚に軽い眩暈がする。
 口元を手で覆い、ふぅと息をつくの手を引いて、不二は先へ進んだ。

「大丈夫?」

「ん、平気。もう治ったわ」

 微笑むの顔色は悪くない。
 
「先へ行きましょう」

 そう言って促すに不二は頷いた。
 少し歩くと、今度は回廊があった。
 壁には間隔をあけて数枚の鏡が取り付けてある。

「……」

 最初の鏡に映った自分の姿を見て、は無言になった。
 特殊な鏡だからだと言うのはすぐにわかったし、理解はしている。
 けれど、これはあんまりだと思う。

「へえ、太るとこうなるのかな?」

 とは対照的に、不二は愉しそうに笑っている。
 確かに面白いとは思うが、ずっと見ていたい光景ではない。
 見ているうちに本当に太っているような錯覚になってしまう。
 離れたいと顔に書いたに気づいた不二は、さりげなく彼女の手を引いて、先へ進んだ。
 次に鏡の前に立った二人は、思わずぷっと吹き出した。

「周助じゃないみたい」

だってそうだよ」

 言い合う二人の瞳には、左右から顔をひっぱったように間延びした顔が映っている。
 身体はそのままで顔の部分だけがびよよんと伸ばされて映っているので、尚更おかしい。
 笑いすぎてお腹が痛くなる前に、と早々に切り上げて次の鏡へ向かった。

「…糸人間」

 の呟きがツボに入ったのか、不二がブブッと笑った。
 アハハ、と笑いながら涙を拭う不二には瞳を瞠る。
 ひとしきり笑って気が済んだのか、不二の笑いが止まった。

「先に進もうか」

 まるで何事もなかったかのように言う不二には頷いた。
 何か言ったほうがいいのだろうかと思ったが、言葉が見つからない。

「カーテンがかかってるね」

「あ、なにか書いてあるわ。…5年後の姿?」

 ドア程の大きさの鏡の上に、『5年後の姿』と書かれたプレートがついている。
 どうやら鏡に5年後の姿が映るらしい。
 この鏡だけカーテンで覆われているのは、見たい人は見て、見たくない人は見るな、という意味なのだろう。

、どうする?」

「見たいような、見たくないような…。周助は?」

「僕はちょっと見たいかな。5年後のは今よりキレイだろうから」

 その言葉には瞳を見開いてから、頬を赤く染めた。
 聞きたいのは自分の5年後を見たいかということだ。

「そ、そうじゃなくて、私が言いたいのは…」

 5年後の私じゃなくて、あなたの姿よ。
 そう続く筈の言葉は喉の奥に消えた。
 なぜなら、不二がサッとカーテンを開けたので。
 カーテンを開く音がして反射的に瞳を向けたは、鏡に映った不二の姿に息を呑んだ。
 今でもカッコイイと思うのに、鏡の中の不二は男らしさがましていて更にカッコよくなっている。
 不二に見惚れていると、視界がカーテンで覆われた。

「もっとキレイだと思うけど…」

 不二は不満げに口の中で呟いて、をジッと見つめた。

「なに?」

、自分の姿は見た?」

 訊かれて気づいた。
 不二の姿に気を取られていて、鏡の中の自分を見ていなかったことに。
 けれど、もう一度カーテンを開けて見る気にはならなかった。

「見てないけど、いいわ」

 周助を見たから。
 小さな声に不二はクスッと笑う。
 けれど何も言わずに、繋いでいる手に少し力を入れて握り直した。


 それから二人は美味しいランチに舌鼓を打って、その後も観覧車に乗って景色を楽しんだりと二人きりの時間をゆっくり過ごした。




END


「SH」


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