「ずっと…隣にいて欲しいんだ。 だけに」

そう言って、あなたは微笑んだ。
言葉の意味が分からなかった、あのときのわたし。
だって、そんな言葉は…何度も言ってくれてたから。



Now is the beginning




「不二 …か……」

呟いてみた名前に赤面するのも何度目かな。
でも、それが…わたしの名前になるんだ……。
信じられない気持ちで抱えていたクッションに顔を埋める。
今のわたしの顔は…きっと誰にも見せられないくらいにゆるんでいるんだろうな。
でもだけど、こんな日が来るなんて思っていなかったんだもん。
そりゃ…中学時代からの夢ではあったけど、ね。

高校のころからテニス留学をしていた周助くんとは、滅多に逢うことはできない。
卒業と同時にプロになった周助くんは、海外のトーナメントを回っているから。
日本にいる時間自体が、とても少なくて。
周助くんのことは、テレビや雑誌が伝えてくれるくらいで、
きっとわたしが知っている情報なんて、一般のファンと大差ないんだろうなって思っていた。
それくらい、大きくなっていた…大切な恋人。


その日は久しぶりの周助くんとのデートだった。
いつのまにかデートの終わりには定番コースになっている、不二家からの帰り道。
あの日は…どこに行ったんだっけ。
そんなことももう、忘れるくらいの事件だった。
だって、あの不二 周助が…わたしにプロポーズをしてくれたんだから。



◇◆◇◆◇



ちゃん、時間大丈夫?」
「あ……」

いつも気遣ってくれる由美子さんの言葉に時計を見ると、もう、8時を回っていて。
久しぶりに逢った周助くんと離れたくなくて、いつものように微笑んでいる横顔をちらりと見た。

「そうだね……そろそろ帰った方がいいかも。
 送っていくから、行こうか。
「う…ん……」
「周助、私の車を使いなさい。
 あなたのだと…ちょっと目立ってしまうわよ」
「そうさせてもらうよ。ありがとう、由美子姉さん」

渡されたキーを持ってわたしを振り返る。
にっこりと微笑む周助くんに、わたしが何を言えるわけもなくて。
しかたなく、「じゃ…お邪魔しました」と言ってソファから立ち上がった。

、ちょっと待っててくれる?車出してくるから」
「うん、ありがとう。周助くん」

「ごめんね」と言ってリビングを出て行く周助くんを目で追う。
そんなわたしを見て、由美子さんはにっこりと微笑んだ。

ちゃん…いつもありがとうね」
「え?なにがですか?」
「周助を…見ていてくれて、ありがとう」
「由美子さん?」

ふふ、と笑った由美子さんは、わたしに小さな手帳を差し出した。

「? なんですか?これ…」
「帰ったら見てみて。きっと役に立つわ。これからの ちゃんに、ね」
「これからのわたし…?」
「ええ。ねぇ ちゃん、周助を…よろしくね」
「えーっと…はい、でいいのかな…。
 でも、わたしが周助くんの傍にいられるようにがんばらないと」

そう言ったわたしに、由美子さんはにこっと微笑んだ。
とても…嬉しそうに。

「周助は…きっと ちゃんがいなきゃ、ダメだからね」
「あはは!そんなことないですよ。
 周助くんは、いつもがんばってるし…、表に出すのはへたくそだけど」
「そんな ちゃんだから…頼めるのよ」
「…?」

疑問符でいっぱいのわたしに、由美子さんは微笑むだけで何も言わない。
そのとき、ちょうど周助くんが戻ってきて、わたしはそのまま帰ることになってしまったんだ。
助手席のドアを当然のように開けて待っていてくれて。
相変わらず完璧だな…なんて苦笑した。

「どうしたの?
「え?」
「なんだか、嬉しそうだね」
「そう?」
「うん、 のその笑顔、好きだよ」
「そ、そう…あ、りがと…」
「ふふっ、照れ屋なとこ…変わらないね。 は」

にこにこと微笑んでハンドルを握る周助くんの横顔。
わたしは、やっぱり好きだなぁ…。
なんて、ぼんやりと考えていたんだ。
車が、どこに向かっているかなんて気づかないままで。


「ねぇ、 …」
「なあに?周助くん」
「今日…帰したくないって言ったら…どうする?」
「…へっ?」

言葉の意味を理解するまでに、何分経ったかわからない。
口を開いたまま…周助くんの横顔を凝視して。
そんなわたしに気づいているのかいないのか、
周助くんは何も言わずに静かに車を走らせていた。

「あああああの……しゅしゅしゅしゅしゅ周助くん?」
「ふふっ、どうしたの?
「いいいいいや、あの…どどどどうしたのって…」
「…ぷっ、あはははは!」

意味がわかったとたんに、顔がものすごく熱くなっていて。
言葉が言葉にならないくらいに動揺したのに…。
おもしろそうにニコニコと微笑んでいた周助くんは、いきなりハンドルに突っ伏して笑い出した。
そのときになって初めて、車が止まっていたことに気づいて。
わたしはきょろきょろと窓の外を見た。

「あ、あれ?……ここ……」
「……少し、歩かない?
「う、うん……いいけど……」

ドアを開けて待ってくれてる周助くんが、なにかいつもと違うような気がする。
車を降りて顔を上げると、そこは青学中等部の門の前だった。

「…青学?」
「うん、懐かしいね。入ってみようか」
「入れるの?」
「まだこのくらいなら、誰かいると思うよ」

そう言ってわたしの手を握って歩いていく。
冷たくて暖かい…周助くんの手。
暗闇の中でも、わたしをいつだって支えてくれる。
わたしはいつだって、この手に支えられてたんだ。
そう、ここに通っていた頃から。

あの頃の楽しかった毎日を思い出しながら、ゆっくりと歩いている。
隣にはあの頃憧れでしかなかった、周助くんがいる。
今では当然のように手をつないでいるなんて。
それが、すごく不思議だなって思ったら、なんだか笑いがこみ上げてきた。

「……どうしたの?" さん"」
「あはは!!やっぱりわかってくれたんだ、"不二くん"」
「もちろんだよ。"僕はいつだって さんを見てたから"ね」
「なつかしいね……あの頃が」
「そうだね…でも」
「…どうしたの?」

卒業の時、言ってくれた周助くんの言葉が懐かしくて。
しみじみと、呟いてしまう。
あのときはまだ、ここまで真剣に人を愛せるなんて思ってなかったから。
『でも』と言った周助くんの足が止まったのは、テニスコートの裏の大きな木の下。
わたしもそのまま寄りかかるように立って、隣の周助くんを見上げた。
周助くんは少し俯いて、瞳を閉じている。
その横顔に、いつもの笑みは浮かんでなかった。

「ねぇ、 。さっきのことだけど……」
「さっき?」
「うん、車の中で言ったよね。帰したくないって」
「えっ、あ…あれ?あれって……え?」
「あれ…本気なんだけど…」
「ほほほ本気って…しゅうすけく…ど、どうしたの?」
「でもね、ちょっと違うんだ…意味が」
「い、意味?」

おうむ返しに答えるしかできないわたしから、少し離れて。
周助くんは、じっとわたしを見つめる。
その瞳は…あの、卒業式の日と同じ、真剣な瞳。

「帰したくないのは…今日だけじゃないんだ」
「…え……?」
「…… さん。僕と結婚してください」
「…周助くん…今、なん……あ、あれ…?」

目の前にいる周助くんが、少しずつ歪んでいく。
わたしの意思とは関係なく、ぽたぽたと落ちていく雫のせいで。
急いで目をごしごしとこするけど、とても追いつかない。
信じられない…。
周助くん、今なんて言ったの?

「そんなに目をこすったらダメだよ。ほら、顔あげて?」
「………」

そう言って、わたしの涙をゆっくりと拭ってくれた周助くんを見上げる。
周助くんは困ったように微笑んで、小さく首を傾げた。

「ねぇ 、その涙の意味…聞いてもいい?」
「しゅ……すけく…あの…さっきの…」
「僕は本気だよ。ずっと…隣にいて欲しいんだ。 だけに」
「…わたしで…いいの?」
じゃなきゃ、嫌だよ。
 僕は だけを……愛してるんだから」

そう言った周助くんの胸に飛び込んだ。
ゆっくりと背中に回った手に、力がこもっていく。
暖かいぬくもりが、夢じゃないってわたしに教えてくれるから。
わたしも伝えたい。
ずっとずっと暖めてきた…あなたへの想いを。

「周助くん…」
「…ん?」
「わたし…周助くんだけを、愛してる。今までも、これからも…」
……ありがとう」
「だから、そばにいたい。ずっと…隣にいさせてください」
「…不二 になってくれる?」
「はい」

そう言ったわたしにもう一度『ありがとう』、と言って、周助くんはわたしに口づけた。
唇が離れて、ゆっくりと目を開けば、そこには大好きな人の笑顔があって。

「「一緒に…幸せになろうね」」

同時に言った言葉に、二人で笑い合う。
ずっとずっと、こうやって二人でいれたらいいな、って思った。


◇◆◇◆◇


?何を笑ってるの?」
「あっ、周助くん」
「そろそろ行こう?車の用意できたよ」
「うん!!」

にっこりと微笑んで、わたしの手をとる。
周助くんも、いつもより少し嬉しそうに見える。
お互い、ほんの少し緊張してるけど、ね。
今日は…わたしたちの結婚式だから。
迎えにきてくれた周助くんと、ここから一緒に会場へ向かうことになってる。

今日から正式に、わたしは周助くんの奥さんになるんだ……。
車に乗り込んだわたしは、実感があるのかないのかなんだか不思議な気分で。
運転席に落ち着いた周助くんを見ると、わたしに微笑みかけた。

「周助くん…これからよろしくね」
「ふふっ、今更だけど、ね。こちらこそよろしくね、奥さん」
「わたし…がんばっていい奥さんになるね」
「がんばらなくっていいよ。僕はそのままの が好きなんだから、ね」
「ありがとう…」
「じゃ、そろそろ行こうか」

うん、と頷くと周助くんは、わたしの頬に軽くキスをしてエンジンをかけた。
ここから、わたしたちの新しい未来が始まる。
大事にしていこうね、これからの時間を。
周助くんと一緒にすごす、何よりも大切な未来だから……。






20000Hitsありがとうございますvv


お礼、ということで不二くんを書かせていただきました。
いらしてくださる皆さんのおかげでここまで来れたけど、
これがゴールじゃないよ、みたいな気持ちだったので…。
でも、ひとつ疑問。
由美子さんがくれた手帳には何が書いてあったんでしょう(笑)
…それはともかく。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。

『Sweet Cafe』
── Kanon──

 

【Sweet Cafe】の花音様より頂きました。サイト20000HITSの御礼ドリームです。

花音さん、玲さん、20000HITSおめでとうございます。
優しい周助さんが、とっても素敵です。車を運転している周助さんの横顔、魅入ってしまいそうですよね。
想い出の場所で周助さんからのプロポーズ、甘くて蕩けさせて頂きました。

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