休みの日は、ちょっと朝早く起きだして、僕はカメラを持って家を出る。
少し歩いたところにある河原に咲く小さな花。
朝日がキラキラ光ってる川面。
何気ないこの風景を撮るのが好きで、朝からふらふらと歩いていたりする。
ほんの少しだけ、期待を抱きつつ、ね。



口実




まっさおな秋の空。
高くて、遠い、秋の空。
優しく吹いてくる風は少しずつ冷たさを増していく。
ついこのあいだまで暖かかったと思ったら、ここ何日かは結構寒くなってきた。
秋ってホントにあっというまだなぁ、なんて思う。
何気ない毎日通る通学路を、ファインダーにおさめる。
いつも見るのと同じ景色が写るはずだけど、実際そこに写るのはそうとは限らない。
僕が見た景色だって、毎日一緒というわけじゃない。
目に映るものをそのまま写したくても
それは『見る』ことによってまた違うものが見えるはずだから。
そしてもしかしたら…
彼女をファインダーの中に見つけることが出来るかもしれないから。

「不二先輩?」

突然呼びかけられた名前にちょっと驚きつつ振りかえると、テニス部の後輩がいた。
男子テニス部のマネージャーの彼女は、僕の1つ下。

「早いですね、お休みなのに」

にこやかに微笑んで彼女が僕に近づいてくる。

「おはよう、 こそ早いね。これから部活?」
「え?先輩、何言ってるんですか、来週からテストですよ?」
「…そうだっけ」
「余裕ですか?」

くすくすと楽しげに彼女が笑う。
そういえばテスト直前の週は部活禁止だったっけ。
最近は毎日勉強だから、そんな感覚も薄れていってる。

「私も不二先輩みたいに勉強が出来ればよかったのになぁ」
「僕みたいに?そんなにできないよ、僕」
「先輩、それはイヤミです…」

そんなつもりも無かったし、 で結構勉強出来るみたいだと思ったんだけどな。
だって、越前と結構良い勝負してたから。
越前もだけど、毎日しっかり部活に出て、ちゃんと両立してる。
それって当然といえば当然だけど、それが出来る人ってそんなにいない。

「ところで、 はどこか行くところだったの?」
「あ、はい、図書館に。ちょっとは勉強しておかないと、テストがコワイですもん」
「フフッ、そんなこと言ってまた越前と賭けでもしてるんじゃないの?」
「あ、またそんなこと!この前たまたまやってただけですよ!!
リョーマくんになんてそんな簡単に勝てないの、分かってますし」
「そうなの?そんなこと言って、またスゴイ成績だったりするんじゃないの?」
「そんなことありませんってば!それより不二先輩は?」

どこ、と言われてもそれほど当てがあったわけじゃない。
いつもと同じ風景を撮りたいな、と思っただけ。
そして運が良ければ、キミに逢いたいな、と思っただけ。
だからそう聞かれるとちょっと困ってしまう。

「ちょっと、ふらふらっと、ね」
「ふらふらと…ですか?」
「そう。おかしいかな?」
「…多分」

うーん、と少し首を傾げるようにして彼女が言う。
そのとき、ふんわりと紅い葉が彼女の髪に、絡みついた。
かさりと音をわずかに立てただけで、彼女は気付いていない。
僕からはすぐ見える彼女の頭の上にふわりと乗った紅い葉は
そのまま動こうとはしなかった。

「ちょっと、ごめんね」

そう言って手を伸ばすと、少しだけ が身体を揺らした。
それでも離れようとはしない紅い葉を手で取ると、彼女の髪を少しだけ持ち上げる。
一筋だけひっかかった髪がふわりと揺れた。

「あ、紅葉…」
「髪に落ちてきたんだ。 から離れようとしないから、取っちゃった」
「なんですか、それ」

くすくすと笑って、彼女は目を細めた。
本当に、はなれようとしなかったんだよ。
僕が と話をしているのを気に入らないかのように。

「そうだ、良かったら、勉強見てあげようか?」

少しでも長くキミと居たいから。
そんな口実を作るのも、良いと思わない?

「え?!そんな、だめですよ、せっかく受験勉強の息抜きしてたんですから。
こういうときはゆっくりしてください」
「いいんだよ、僕が のお手伝いしたいだけだから」

お手伝い、というのもまた口実。
せっかく会うことが出来たなら、少しでも一緒にいたいと思うのは普通でしょ?
だからといって、そんなことを言って を困らせるのもなんだしね。
困らないでいてくれるなら、もっと嬉しいところなんだけど。

「でも…」
「一年の勉強なら、僕には復習になるんだけどな。僕を助けると思って、どう?」
「助けるなんてそんなことは絶対ないと思うんですけど…」
「細かいことは気にしない、気にしない。さ、行こう?」

の髪にからんだ紅葉をそっと風にのせて。
僕の手には の手の温もりだけが伝わる。
ふと取ったその手は、暖かかった。






「…不二先輩」
「何?」

図書館でしばらく勉強をしていると、突然 が口を開いた。
さっきまでは一生懸命問題集とにらめっこしていたのに。
僕の視界にはずっと の頭があって。
早く上を向いてくれないかな、と思いながら、 を見ていた。
真剣に勉強するのは良いと思うけど、 の顔が全然見えないと少しだけ寂しくなる。
会えたことだけでもラッキーだと思ってはいる。
でも、会えたらやっぱり、顔を見ていたいな、と思ったりするのは当然だよね。

「なんか…視線が」
「視線?」
「私の頭にものすごく視線を感じるんですけど…。間違ってますか、答え?」
「ううん、あってるよ」

にっこりと僕が笑うと、うーん、と が首を傾げた。
そして少し経つとまた頭を落として問題集とにらめっこ。
僕はまた、 の頭を見ていた。
ほんの少しだけ見える表情は真剣だというのはすごくわかる。
だけど、ちゃんとその表情が見えるわけじゃない。
僕が見える大部分は、 の頭だった。

「ねぇ、 ?」
「はい?」

呼ぶと、ふっと顔を上げて僕の顔を見る。
正面から見える は、きょとんとした顔をしていたけど、やっぱりかわいい。

「なんでもないよ」
「え、なんですか、それ」
「フフッ、ホントに、なんでもないよ。ごめんね」

また少しだけ首を傾げると、また は問題集をじっと見て、シャーペンを走らせる。
一生懸命勉強してるのはいいことだけど、
やっぱり はにこにこと微笑んでる方がいいな、なんておもったりして。
でもそうなるにはこの時期のテストはやっぱり重要だし、なんとか乗り越えなくちゃいけないとは思う。
邪魔をしに来たわけじゃないから、僕はおとなしく自分のノートに英単語を書き綴っている。
それでもやっぱり、僕の視界の の動きからは目が離せなくて。
首を傾げたり、うーん、とうなった声が聞こえたりすると、 のノートに視線がいく。

「不二先輩」
「え?」
「…もしかして、すごくつまらないんじゃないんですか?」
「そんなことないよ。どうして?」

つまらない、なんてこと、あるわけないじゃない。
だって、ここに がいるんだもの。
そりゃ、もう少し話がしたいな、とか、笑顔が見たいな、とかは思うけど。

「だって、私先輩の勉強邪魔しちゃってるし…」
「邪魔なんてしてないよ。僕こそ の邪魔しちゃってるかな?」
「そんなことないですよ!先輩と一緒にいられるなんてう…あわわわわっ」
「フフッ、う、ってなに?」
「う…うふふ?」
「なにそれ?」

くすくすと僕が笑うと、あはは、と も笑った。
その「う」の先に続く言葉は、なんだろう?
聞きたい、けど聞いちゃいけないような気もした。
突然あわわわわ、なんて言われたら、聞くよりも噴出しちゃったし。

が邪魔だと思わないなら、一緒にいさせてよ。
 つまらないなんてことは絶対にないから」
「でも……」
「僕と一緒にいるのは、いや?」
「そそそそんなことっ!!」
「くすっ、じゃ、良いよね?」
「…不二先輩がいいのなら…」

そう言って はまた勉強を再開して。
僕は をずっと見ていた。



「んーーっ、疲れた〜っ!」

ぐん、と が背伸びをした。
結局あれから何度か同じような話をして。
それでも僕はずっと と一緒にいた。
だって、せっかく休みの日に会えて、一緒にいられるんだもの。
チャンスは、大事に使わないといけないよね。

「お疲れさま。あとは明日からの本番だね」
「うぅ…あんまり考えたくないですけどね……」
「くすっ、大丈夫だよ」

うー、とまだうなりながら隣を歩く。
僕より小さい の髪に、ふわりと触れる。
ぽんぽん、と の頭を軽く叩くと、きょとん、と目を丸くして見上げてきた。

「大丈夫、大丈夫」
「……ありがとうございます」
「いえいえ」
「なんか、ほっとしちゃいます。先輩に言ってもらえると、ホントに大丈夫な気がしてきちゃう」

ふんわりと微笑んで が僕を見上げる。
無邪気な笑顔を無防備に見せる だから、やっぱり、好きだな、と思うんだ。

「大丈夫だよ、 、よく頑張ってたから」
「じゃ、先輩も大丈夫ですね」
「え?」
「入試。先輩も頑張ってるから、大丈夫」

突然そんなことを言うから。
今度は僕が目を丸くした。
すると がくすくす、と笑う。
あぁ、ホントだね。
に大丈夫、って言ってもらえると、ホントに大丈夫な気がしてくるよ。

「じゃぁ、僕は今年頑張って。2年間、 が来るのを待ってようかな」
「え!う、うーん…頑張ります」

苦く笑う彼女は、きっと二年後には僕とまた同じ学校に通ってくるだろう。
その日が、今から少し楽しみになってくる。
でも、その前に。
その2年間も、一緒にいられる約束が出来たらいいのにな…。

「あ、そうだ」
「はい?」
「"う"ってなに?」
「"う"?」

きょとん、として目を丸くして が僕を見上げる。
ほら、言ったでしょ、図書館で。
「一緒にいられるなんてう…」って。
それ、なんだったのか、聞きたいな、って。
そう僕が言うと、顔を真っ赤にして がうつむいた。

?」
「えっと、その…あの、気にしないで下さい!」
「どうして?気になるなぁ」
「う…気にしないで下さい〜〜」
「それは難しいなぁ」
「…意地悪してません?」
「くすっ、してないよ」

そんなに真っ赤になられたら、やっぱり聞きたくなるし。
それにね、"う"に続く言葉で、そんなに真っ赤になられたら。
僕が喜ぶようなこと、言ってくれるような気がしない?
それを聞き逃すなんて、僕には出来ないよ。

「"う"の続きは?」
「…うふふ」
「それはダメ」
「う〜〜〜……あ、先輩、私こっちですから!ここで!!」

そう言って逃げようとする の腕を、しっかりと捕まえて。

「ねぇ、
「は、い?」
「今日、一緒にいられて嬉しかったよ。ありがとう、
「……」

逃げ場を失った は真っ赤になったまま俯いた。
そして小さく、呟く。

「……一緒、です」
「え?」
「"う"の続きはおんなじです!!先輩と一緒にいられて嬉しかったです!!」

ありがとうございました、といって は走って行ってしまった。
僕の手には、細い の腕から感じたやわらかい温もりが、少しだけ残っていて。
少しだけ寂しくなったけど、でも、 の言葉が嬉しかったから…
どこか、幸せな気持ちだった。
ねぇ、
これからまた同じ学校に通うまでの2年間。一緒に…いられるよね。






「う」です。(え)
いつもお世話になっている『Anjelic Smile』の森 綾瀬さんに捧げます。
といいつつもこれっぽっちも甘くなくてごめんなさい!!
いつもの事ながら甘くならなくて…。
こんなですがもらってくださると嬉しいです。
あ、もちろん返品可ですよ。
これからもよろしくお願いいたしますvv

『Sweet Cafe』
── Rei ──

 

【Sweet Cafe】玲様より頂きました。
周助くんが優しくてほのかに黒くイジワルで癒されますv
しかも年下ヒロインですよ。
「不二先輩」ってとっても新鮮ですv
玲さん、素敵なお話をありがとうございました。

 

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