我が家の天使は、僕の女神を独り占めしている。
が生まれたのはまだ寒い日の早朝だった。
が頑張って頑張って産みだしてくれた、僕と
の天使はとても愛らしい女の子で。
小さくて頼りない感じなのに、力強い生命に満ちている、そんな存在の
は僕と
の宝物だ。
顔全体の雰囲気は
に似ているけれど、髪の色と瞳の色は僕に似てる。
そういうのを見ていると、正に
と僕の、両方の血を受け継いでいるんだって実感する。
この、愛らしい存在のためなら何でもしてやりたい、そんな思いが自然に僕の中に溢れてきて、今まで以上に頑張らないとな、って思った。
それは、今でも変わらないし、
が宝物のように大切で愛しいのは、間違いないんだけど。
最近、1つだけ不満があるんだ。
「ただいまー」
帰宅して玄関の扉を開ける。
明かりはついてるのに、返事がない。
いつもなら、
が「お帰り、周助」って言って迎えてくれるのに。
キッチンを覗くと、いい匂いが漂ってる。でも、
の姿はない。
「・・・なら、寝室だな、きっと」
ひとりごちて寝室へ向かう。ここも、明かりはついていて。
「・・・
?」
僕らのベッドの脇に置かれたベビーベッドで、
がスヤスヤと眠ってる。
そして、
も。
自分のベッドに凭れかかる形で寝入っていた。
相当疲れてるんだろう。僕の気配にも全く気づく様子もなく眠りに落ちている。
そう、僕の不満はコレ。
生後2ヶ月になる
は最近『夜泣き』するんだ。
は今は育児休暇を取っていて、後3ヶ月は仕事を休むことになってる。
僕は当然、週末以外は仕事に行く。その僕を気遣って、
はここのところ毎晩、泣き出した
を抱いて外へ連れ出すようになっていた。
そのせいで、
は完全に寝不足が重なっている。だから、疲れてしまうんだ。
確かに、側で赤ん坊の泣き声がずっと聞こえてたら眠れないけど。
それでも、
一人で抱え込まなくてもいいのに。
は僕の娘でもある。
が疲れて眠りたい時は僕を頼ってくれればいいのにって思うんだ。
勿論、それは
の優しさだってことも判ってる。僕が万全の体調で出勤出来るように考えてくれてるんだって。
でも、君は解ってない。
疲れた様子の君を見ている僕も辛いんだってこと。
スーツの上着を脱いで、ベッドに置く。ネクタイも外して、シャツのボタンも緩めた。
そして、
の隣に膝をつき、抱き上げようとした時、君は目を覚ました。
「・・・あ、周助・・・?」
「うん。ただいま」
「ごめん・・・私、寝ちゃってたね・・・」
「・・・いいよ。
は疲れてるんだから。もう少し寝てるといい」
「・・・ううん。周助、ご飯まだでしょ? すぐ、支度するから」
「
は? もう食べたの?」
「ううん、私もこれから。・・・周助を放っておいて食べられる訳ないじゃない」
「・・・
、何時頃に寝たの?」
「えーっと・・・まだ40分くらいかな。多分、まだこのまま寝てると思うから・・・温めなおすだけだから、待っててね、周助」
と一緒に立ち上がって、一度君の額にキスをしてから解放し、僕は着替えてキッチンに向かった。
ちょっとスパイシーないい匂いが漂っている。
の料理は美味しいからね。ただ、
の世話をしながら、家事も全部をこなすのは相当大変だろうって思うから、手抜きしていいよって言うんだけど、料理に関しては
は手を抜かない。
これも僕の身体を気遣ってのことだろうと思うんだけどね・・・僕は逆に心配になってしまうんだ。
「・・・周助? 美味しくなかった?」
沈黙してしまっていた僕の顔を心配そうに覗き込んで、
は問いかけてきた。
「いや、美味しいよ。ただ・・・
、疲れてるなら、手抜きをしてくれたって僕は構わないよ? こんな風に毎日、きっちり作ってくれなくても、お惣菜とかを利用してもいいんだから」
「そんなこと・・・! 周助は毎日私と
のために頑張ってくれてるんだから、私もこれくらいは頑張らないとって思ってるだけよ?」
「
、君がいつも頑張ってくれてるのはよく解ってるよ。だけど、頑張りすぎて負担になってないか、それが心配なだけなんだ」
そう言うと、
はふわりと微笑う。
「ありがとう、周助。大丈夫だから、心配しないで?」
それでも、出産前のような元気のある微笑みじゃないことは、僕には一目瞭然なんだ。
僕に余計な気遣いをさせまいと、一生懸命平気なフリをしてくれてる君が愛しいけど、哀しくもある。
とはいっても、
が素直に『疲れた』なんて言葉を出せない人だってことは、よく解ってるからね。
今夜、もしも
がまた泣くようなら、その時は。
僕が、
を引き受ける。
今日は金曜日。明日は仕事は休みだからね。
夕食が終わって、君の代わりに洗い物を引き受けてる間に
の授乳の時間になり、
がお乳を飲ませだした。
この姿って、まさに聖母って感じなんだよね。
はこの上ないくらいやさしい表情で
を見つめている。
はミルクと混合だから、母乳だけでは少し足りないらしいけど、仕事に復帰する前には断乳しないといけないから、ということで今は出来る限りは母乳を与える方針らしい。
「
、お風呂の支度してくるよ」
「あ、ありがとう。お湯をはってくれればいいわよ。掃除は終わってるから」
をお風呂に入れるのは僕の仕事。首がすわらない赤ん坊って、頼りない感じだけど意外としっかりしてる。首にだけ気をつければ、自宅のなら普通のお風呂でも大丈夫なんだ。
といっても、僕が入れるようになってからまだ4日しか経ってないけど。
支度が整うまでに、
のおっぱいタイムは終わって、またうとうとし始めてた。
は湯冷ましの用意をしている。ミルクのように甘くないから、
、あんまり湯冷ましは好きじゃないらしいけど。
お湯が溜まったところで、僕は
を抱いてお風呂に入り、まず
をキレイにして少し浸かった後、
に渡す。それから自分が髪なんかを洗う。
上がってから、僕は
の腕の中の
を引き取った。
「
、時間なんか気にしないで、ゆっくり入っておいでよ。明日は土曜日で僕は休みだから」
「・・・ありがとう、周助。そう、させてもらおうかな」
「うん。行っておいで」
の頬にキスをして、僕は
の背をとん、とんとやさしく叩きながらゆっくりと左右に揺らしてやった。
「今夜は泣かないで寝てくれるかな、
・・・あんまりママを困らせちゃダメだよ?」
柔らかいお餅のような頬を軽くつついて、僕は愛娘にそっと語りかけた。
はまだ笑ったりなんかはしないけど、起きてる時はじっと人の顔を見つめたりする。
自分を抱いている人がいい人かそうでないかを見分けるかのように。
淀みのない瞳は純真そのもの。
きっと、笑ってくれるようになったりしたら、可愛くて仕方なくなるんだろうな・・・。
今でも、こんなに可愛いんだから。
「愛してるよ、僕の大切な
。・・・だけど、キミのママは、
は僕にとって誰よりも、何よりも大切な女性(ヒト)なんだから。ママを泣かせたらダメだよ」
じっと、僕を見つめる
に微笑みかけて、
を待った。
「・・・ごめんね、周助。ありがとう、
を見てくれて」
30分くらいしてから、
がパジャマ姿でお風呂から上がってきた。
髪はもう乾かした後らしい。
「少しはゆっくり出来た?」
「ええ、こんなにゆっくりお風呂入ったの、久しぶりかもしれないわ。・・・ありがとう」
「いいよ。
は普段は頑張ってくれてるんだから。時にはゆっくりしてもらわないとね」
微笑んでそう言うと、
も微笑んでくれて。
うん、だいぶマシになったみたいだね。
「
、もらうわ、周助」
「いいよ、まだ。今のうちに少し寝たら?
。滅多にない機会だと思うよ?」
「でも・・・そんなの、周助に悪いわ」
僕は微かに溜息をついて、片手で
を支え、もう一方の手を
の頬に伸ばした。
「
。君は確かに
の母親だけど、僕だって
の父親なんだよ? この子の面倒を見るのは当たり前だと思ってる。平日は仕事に行かなきゃだから、どうしても
に頼ってしまうけど、週末くらい、僕を頼ってよ。母親にだって休息は必要でしょ?」
「周助・・・」
の黒曜石の瞳が僅かに潤んできた。
僕はやさしく微笑みかける。
「もっと僕を頼ってよ、
。君1人で抱え込むことはないんだ。とにかく、今は休んで。どうしても手に負えなくなったら、起こすから」
「・・・ありがとう、周助・・・でも、本当にいいの?」
「いいよ、勿論。今は
も機嫌がいいみたいだし。ゆっくり休んで、疲れを取ってもらわないと、君を抱くことも出来ないでしょ」
ふふっと笑うと、
は目元を赤く染めた。
「周助ったら・・・!」
「クスッ・・・とりあえず、お休み、
」
「・・・じゃあ、少しだけ休ませてもらうね。ありがとう、周助」
は自分から僕の唇に軽いキスをくれた。
ふふ、愛してるよ、
。
結局。
は恒例の時間に『夜泣き』してくれた。
毎晩、丁度11時半を過ぎた頃。僕と
が眠りにつくかつかないか、くらいの時間を狙ったように泣き出す。
今夜も、その時間に泣き出したから、僕は
を抱き上げて外へ連れ出した。冷えないように、おくるみで包んで。
よく晴れた空は星が綺麗で。
を抱いて近所の道をゆっくりと歩きながら、僕は疲れながらもやさしい気持ちになっていた。
「
がもっと大きくなったら、ママと3人で色々なところへ行けるといいね・・・この星空や、綺麗な花や、海や緑・・・たくさんのものをキミに見せたいよ。愛してるよ、
」
いつしか、泣き声は止んで、
はすやすやと眠っていた。
それを微笑んで見下ろしてから、僕らは家に戻った。
次に
が泣いたのは夜明け頃。
お腹がすいたのと、オムツが濡れたせいだったらしい。
それまで、ぐっすりと眠れたらしい
が世話をしてくれて。僕はそれを半分夢の中で聞いていた。
朝、僕と
が目覚めたのは9時前。
それでも、君はうんと元気な表情に戻ってくれていて、僕は安堵した。
「おはよう、
」
甘いキスを唇に落とす。
「おはよう、周助。昨夜はありがとう・・・あんなにゆっくり寝たのも久しぶり」
「いい表情に戻ったよ、
。良かった、君が元気になってくれて。・・・
はまだ寝てるよね?」
「昨夜も泣いた、のよね」
「うん、泣いたよ、いつもの時間に」
「なら、きっと、昼近くまで起きないわ。どうもこの子、昼夜逆転してるみたいなのよね・・・」
が苦笑する。
僕はふふっと笑った。
「なら、暫くは僕が
を独り占め出来るんだ?」
「え? あの、ちょっと、周助!?」
微妙に顔を引き攣らせている
に、僕は想いを込めた熱いキスを贈る。
「愛してるよ、
」
耳元で囁くと、
の肩の力がふっと抜けた。
僕らの天使は、僕の女神を独り占めするちょっぴり困った娘だけれど。
でも、僕の女神はやっぱり僕のものだよ。
再びまどろみ始めた
の頬にそっとキスして
の様子を窺うと、微かに笑ったように見えた。
END
森 綾瀬さまへ
3周年リクエストへの応募、ありがとうございました。 ご希望に添えているかどうかは「?」ですが・・・謹んで進呈いたします。
2005.6.17 森島 まりん
【森の遊歩道】森島まりん様よりいただきました。
サイト三周年リクエスト企画に応募させていただき、『I say to my love』の続きを書いていただきましたv
私のイメージする周助くんとそっくり同じで、子育てに協力的な素敵な旦那様で、優しくて温かくて。
娘相手に独占欲が強くて、私のツボにクリティカルヒットです(笑)
とても素敵な夢をありがとうございます、まりんちゃんv 大切にさせていただきますvvv
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