「・・・?」
 そっと呼んでみたけど、返事がない。
 やさしく閉じられた瞼。微かに聞こえる、規則正しい寝息。

「眠ったのか・・・疲れてるんだね・・・」
 額にかかる前髪をそっと払う。
 愛しい君の、穏やかな休息。
 君を護るためなら、僕は・・・・・




 翼を広げて




 今日は僕とにとって、大切な記念日だ。
 それが判っていたから、朝から絶対に残業はしない。そう決めていた。
 の仕事が終わるのは元々がそう早くないから、僕が先に帰宅して、お祝いの準備をする予定だった。
 最近のは、本当に良く頑張っている。
 だからこそ、僕に出来ることはしてあげたいと思うし、記念日くらい、ゆっくり過ごしたいとも思っている。
 明日は、2人揃っての休日。僕もも、意図的に休みを取った。
 だから今夜は心行くまで、と2人の時間を楽しみたい。
 僕はテキパキと仕事をこなし、ともすれば追加の仕事を持ってこようとしていた上司を、ニッコリ笑って牽制し、退社時間早々に「お先に失礼します」と挨拶して飛び出した。
 今日だけは誰にも邪魔はさせないよ。



 まず始めに、ワインを選ぶ。
 彼女が好きな、甘くない、スッキリした味のものをセレクト。
 それから、食材を買う。ワインによく合うチーズや、彼女と僕が好きなスパイスの効いた辛口のつまみを作れるように。
 それに、サラダに出来る野菜を。
 そうしてから、最後には花を選ぶ。
 今年は白のトルコキキョウで花束を作ってもらった。僕にとって、はやっぱり純白のイメージだからね。
 それらを車に乗せて、十数分もしたら家に着く。
 明かりをつけて、まずは花を花瓶に生ける。
 それから着替えて、つまみの準備。
 あまり早くない時間に帰宅するの胃に、あまり負担にならないよう、揚げ物なんかは避けて、焼いたり、茹でたりしたものを中心に。
 本当は和食がいいんだろうげと、僕は残念ながら和食は作れない。作ってみたことがない、という方が正しいかな。
 やって出来ないことはないんだろけど、いきなりは無理だ。
 だから今日のところは洋食系で我慢してもらおう。
 下ごしらえをざっと済ませると、携帯が鳴った。
からのメールだな」
 ひとりごちてそれを開くと、いつもより30分だけ遅くなる、とのこと。
『気をつけて帰っておいで』と返信して、僕はゆっくりめに支度をしながら、疲れて帰る彼女がゆったりと出来るようにと、お風呂の用意もすることにした。
 彼女が好きな香りの入浴剤を用意しておく。
 それから暫くの時間は、幾つかのピアノ曲を聞いて過ごした。
 やさしく響く旋律は、愛しいを連想させる。
 早く君を抱きしめたい。
 目を閉じて曲に聞き入りながらそんなことを思った。



 メールで教えられた時間近くになったので、僕は風呂に入浴剤を入れて、つまみの仕上げ作業にかかる。
 程なく、玄関のドアが開く音がした。
「ただいま」
「お帰り、。お疲れ様」
 手を止めて笑顔で迎える。
 は微笑んでくれてるけど、疲れた笑みだ。
 予想通りの様子に苦笑して、声をかける。
「お風呂、すぐに入れるようにしてあるから。先に入っておいでよ。その間に食事の支度しておくから」
「えっ・・・でも、周助に用意させるなんて・・・」
 済まなさそうに僕を見上げるの額に、そっとキスをした。
「いいよ、たまには。気にしないで身体伸ばしてゆっくりして。僕は帰ってきてすぐにシャワー浴びてるから、後で充分だし」
「・・・ごめんね。ありがとう、周助」
 着替えを取りにいくの背中を見送って、僕は作業を再開した。
 焼き物をオーブンに入れたり、サラダを仕上げたり。
 フライパンで焼くものは最後に。
 それと、茹でたペンネをアラビアータソースに入れてよく絡めて。
 は甘いものは苦手だから、今日はケーキの類はなし。
 それでも、小さなグラタンにミニステーキ、サラダとパスタ、カナッペ、それにチーズというつまみを少しずつ盛り付けたら、それなりに格好がついた。
 ワイングラスを出して、コルク抜きを用意する。
「・・・いい匂い・・・」
 が長い髪をタオルで拭いながらリビングに戻ってきた。
、いいタイミングだね。丁度支度が出来たところだよ」
「凄い・・・オシャレね」
 が微笑んでくれる。さっきまでの疲れた笑みじゃなくて、彼女らしいやさしい笑顔だ。
「ふふ・・・がそう言ってくれるなら合格かな、今日のは」
「合格とかじゃなくて、凄いと思うわよ、これは」
「クスッ、ありがとう。・・・さて、乾杯しようか。僕らの記念日に」
 ワインのコルクを開けると、は嬉しそうに微笑んでグラスを手に持った。
 僕も微笑んでのグラスにゆっくりと注ぐ。
 僕のグラスにはが入れてくれた。
 そっとグラスを合わせる。
、これからもよろしくね」
「私こそ。周助」
 互いに微笑みあう。
 それから、他愛のない話をしながら、僕らはゆっくりと食事をし、ワインを楽しんだ。
「この花も綺麗ね・・・トルコキキョウとかすみ草とデルフィニウムよね」
「うん。をイメージしたらこんな感じかと思ってね。僕にとって、君は純白のイメージがあるから」
「周助・・・」 
 は少し恥ずかしそうに頬を染めた。ワインの影響もあるのかもしれない。
 その表情が可愛らしくて、しかも色っぽくて、僕を刺激する。
・・・愛してるよ」
 グラスをテーブルに置いて、のも取り上げた。
 そして、その愛らしい唇に、僕のそれを重ねる。
 触れるだけの、やさしいキス。
 の全身から、風呂上りの甘い香りが立ち上ってくる。
 このままじゃ、食事はお預けになってしまいそうだ。
 僕はそれでもいいけど、にそれを強いるのはちょっとね。
 慌てなくても、今夜から明日にかけては、僕がを独り占めするんだから。
 そう考えて、僕はとりあえず彼女を解放する。
「・・・食事が済んだら、君をゆっくり味わうから、覚悟しといて?」
「しゅ、周助ったら・・・!」
 ますます赤くなる君が愛しいよ。


 あらかたの食事が済んで、空いたお皿なんかをシンクに移動させると。
 は、テーブルに頭を預けている。
 ワインと疲れとで、眠ってしまったらしい。
 僕は軽い溜息をついて、そっと抱きあげた。
 やさしくベッドに下ろしても、全く起きる気配はない。
 それだけ、疲れているんだろう。

・・・愛しているよ。いつでも、どんな時でも、どんな君でもね・・・」
 
 疲れた君の休息を護れるように。
 翼を広げてそれで包んであげたいと思う。
 誰よりも大切な、僕のたった1人の愛する女性。
 
 そっと髪を撫でて、それから額と唇にキスを落とす。
 おやすみ、
 目が覚めたら、思う存分抱きしめて愛してあげるからね。
 だから、それまでは。

 そっと君の隣に滑り込んで。
 僕もまた、目を閉じた。





END






綾瀬ちゃんへ
サイト5周年おめでとうございますv
これからも周助くんへの愛で萌えていってくださいね。

森島 まりん  2007.6.18

【森の遊歩道】森島まりんさんより、サイト5周年記念にお祝いをいただきました。
まりんちゃん、素敵なドリームをありがとうございます。
周助くんに包まれて、愛されて、すごく幸せですv

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