暖かな春の風に、美しい桜が揺れている。
 そっと、ごく自然に手がやさしく包まれる。

、辛くない?」
「うん。大丈夫」
 不二のやさしい微笑みに、もはにかんだ笑みを返した。




 
春 爛漫




 桜の季節の京都への旅を、最初に提案したのはだった。
「周助と一緒に桜を見たいし、京都の街も歩きたいなって思って」
 普段、あまりおねだりなどすることがない彼女の提案に、不二はニッコリと微笑んだ。
「僕は構わないけど・・・京都ってことは、日帰りは無理だよね。絶対に無理ってこともないけど、勿体ないし、いいよね? 泊まりで」
「あ・・・うん・・・」
 不二の言葉に、はほんのりと頬を染める。
 京都の街を一緒に歩きたい、とは思っていたが、泊まる、ということについては考えていなかったことに今更ながら気づく。
 勿論、嫌な訳ではないが、少しだけ、気恥ずかしい。
「・・・フフッ、、可愛いよ」
「周助ったら・・・!」
 不二がニコニコしての腰を抱き込んだ。
 急接近した状態で、心臓が跳ね上がる。
「楽しみだよ、。君と2人でゆっくり過ごすのが」
 耳元で囁かれ、の鼓動が更に上がり、心臓が飛び出しそうだ。
「しゅ、周助ぇ・・・」
「クスッ・・・本当に君は・・・」
 そのまま、不二に唇を覆われ、は何も考えられなくさせられてしまった。



 そんなこんなで、今日、こうして京都の街を訪れている。
 鴨川にほど近いホテルに予約を入れておいた2人は、駅から真っすぐにホテルへと向かい、大きな荷物を置いて、ゆったりと散歩を楽しんでいる。
 河岸には桜の樹が沢山植えられていて、それが東山のあたりの緑によく映えている。
「・・・綺麗だね」
「うん。周助と一緒にこんな綺麗な桜が見られて嬉しい」
 が笑顔で答えると、不二は僅かに苦笑した。
「ふふっ・・・まあ、確かに、桜は綺麗だけど。僕が言ったのは君のことだよ、
「・・・え?」
 は淡い桜色の小紋を身に纏い、腰近くまである長い黒髪をアップにして、その白く美しい項を露わにしていた。
「着物、凄く似合ってる。それに、髪型も。こうやって一緒に歩くのが嬉しいような、惜しいような・・・」
「・・・惜しいって?」
 が僅かに首を傾げて不二を見上げる。
 不二はクスッと笑って微かに悪戯な色を滲ませた瞳をに向けた。
「こんな綺麗なを、僕以外の男に見せるのは勿体ないってことだよ」
「しゅ、周助・・・!」
 ストレートな不二の言葉に、は頬を赤く染めた。
「フフッ・・・可愛いよ、
「・・・もう・・・!」
「・・・独り占めしたいのはやまやまだけど、は色々見たいところがあるんでしょ。昼間はゆっくりつき合うから、行きたいところを教えて?」
 あまりからかってばかりだと、が拗ねてしまうのが判っているので、不二は程々のところで矛先を変えた。
「あ、うん・・・桜が綺麗なところを回れたらいいなって思ってるの。街中は明日でもいいし、今日はこんな格好だから、今しか見られないところがいいかなって思って」
「・・・桜が綺麗っていうと・・・平安神宮とか、哲学の道あたりかな? 長いこと歩くのは辛くない?」
「あ、うん、多分」
「・・・なら、ゆっくり行こうか、
 不二はの手を握ったまま、ゆっくりと河原の遊歩道から川端通りへと移動し、そこからバスに乗って平安神宮まで行くことにした。
 この時期の京都は観光客が多く、混雑しているから、不二はを護るためにさりげなく周囲に気を配る。
 日本人だけでなく、外国人の姿も多い。
 市バスの中で、英語や中国語が飛び交うというのはある意味不思議な光景だった。
 着物姿のは注目の的で、ちらり、ちらりと視線が向けられる。
 しかし、不二はそれらの視線に牽制の意を込めた笑みで応え、周囲を微妙に黙らせていた。
 最寄のバス停で降りると、岡崎公園と呼ばれるその一体には沢山の人がいた。しかし、随所に植えられている染井吉野はまさに満開を迎えていて、早く開いた枝の花びらがやさしく風に舞い踊っている。
「・・・ここの桜も綺麗ね、周助」
「うん。には敵わないけどね」
「・・・・・だから周助・・・そういうことは・・・!」
 はやっぱり頬を染めてしまう。
 何度言われても、こればかりは慣れてしまうようなことはない。
 褒められて、嬉しくないわけではないのだが、ここまで手放しのように褒められると、素直には喜べない。
ってば・・・本当に可愛いよ。僕より年上だってことを忘れてしまいそうだ」
 不二はと繋がれた手をぎゅっと握り直した。
 自分より年上で、しっかりしているけれど、とても可愛らしい面も併せ持つ、愛しい女性(ひと)。
 生涯、彼女と共にいられたら、と願うが、自分はまだ学生だからそれを口にすることは出来ないでいる。
 けれど、近い将来にきっと。
 今は言えない言葉を伝えたいと、不二は考えていた。
「・・・周助」
 繋がれた手の温もりから想いが伝わってくるようで、ははにかんだ笑みを浮かべて不二をちらりと見上げた。
「どうしたの? 
「・・・大好きよ」
・・・」
 不二は一瞬目を瞠って、次の瞬間にはクスッと、愉しそうな笑みになる。
「・・・そんな可愛いことを言うと、今すぐここでキスしたくなるんだけど?」
「ええっ、い、今は、ちょっと・・・」
 いくらなんでも、こんな大勢の前でキスなどされては大変だ。
 は視線を泳がせて不二と少し距離を置こうとするが、その手はしっかりと握られたままで、更にぐいっと引き寄せられてしまう。
「・・・僕から離れようなんて考えちゃダメだよ、。ホントにキスするよ?」
「そ、そんな・・・!」
 は真っ赤になって動けなくなる。
「ふふっ・・・本当に君は可愛くて魅力的だ」
 不二はの額に軽いキスをしてから、再び歩き出した。
 は俯き加減で手を引かれていく。暫くは顔を上げられそうになかった。
 平安神宮の境内をざっと見て、ゆっくりと、永観堂から哲学の道へと進んでいく。
 人の数はやはり多いが、桜の並木とゆるやかな川の流れの景色はとても美しかった。
 慣れない草履を履いているの足元に注意しながら、不二はなるべくゆっくりと歩を進めた。
、疲れてない?」
「・・・うん。大丈夫」
 は不二に笑みを向けるが、やはり鼻緒が当たる指の間に少しの痛みを感じていた。
 小1時間も歩き続けているのだから当然だろう。
「・・・やっぱり足、痛むんだ」
 不二が急に立ち止まってじっとの瞳を覗き込む。
「そんなこと・・・」
「あるでしょ。さっきから時々、右足を庇ってるように見えたから、もしかしたらって思ったんだ。・・・少し休んで、今日はもうホテルに戻ろう」
「大丈夫よ、そんな・・・」
「無理はよくないよ」
 不二は真摯な表情での両手をそっと包む。
「今日無理をして、明日どこにも出かけられなかったら寂しいじゃない? 折角こうして2人だけで京都に来てるんだから、僕はと色々な場所を訪ねてみたいと思ってるんだけどな」
「周助・・・」
 着物を着て京都の街を歩く、というのも今回の旅行の目的の1つだが、何より、大切なのは不二と一緒だということだ。
 その彼が、自分を心から気遣ってくれているということが判るから、は俯きながら小さく頷いた。
「・・・ごめんね、周助」
「僕こそ、もう少し早く気づいてあげたらよかったね。ごめん、
「ううん、周助は何も悪くないよ。・・・ありがとう、気を遣ってくれて」
 は不二に手を引かれたまま白川通りまで戻り、タクシーを拾ってホテルへと戻った。
「・・・、見てごらん」
 部屋に入ると、不二が微笑んでカーテンを開けた。
「あ・・・」
 そこには、鴨川沿いの桜並木が広がっていた。
 やや見下ろす格好ではあるが、その美しさは充分に堪能できる。
「綺麗・・・!」
「でしょ? 街を歩くのは無理だけど、桜なら、ここでもゆっくり楽しめる。・・・それに」
 不二はクスッと笑うと、を抱きしめた。
「周助?」
「こうしてても、誰にも見られないし、ね」
 の頬に右手を添えて少し顔を上げさせてから、不二はその唇をそっと覆った。
 やさしい花の香りが不二の鼻をくすぐった。
 キスをしたまま片目を開けると、の襟元に可愛い花びらが迷い込んでいるのを見つける。
「・・・、こんなところに」
 そっと花びらを摘まんで、の掌に乗せてやった。
「桜の花びら・・・いつの間に」
「君があまりにも綺麗だからついてきたんだよ、きっと。でも、桜にだって君は渡さないよ、
「周助ったら・・・」
 ほんのりと頬を桜色に染めたに、不二は再びキスをする。


 誰よりも、どんなに華麗な桜よりも美しい、たった1人の愛しい女性への、想いを込めて。





END





森綾瀬さまへ
リクエストありがとうございました!
ご希望に副えているか、かなり「?」ですが、謹んで進呈いたしますv


【森の散歩道】森島まりんさまに「周助くんと着物姿で京都を歩きたい」というリクを叶えていただきましたv
ヒロインがリアルに私で(さすがまりんちゃん)トキメキが倍増です。
優しくて甘くて蕩けてしまう素敵ドリームをありがとうございました!


BACK