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今年も皆で年始を過ごす――。 と、その前に。 袖振り合うも恋の縁 「さんじゃありませんか」 呼ばれてが振り返る。 そこにいたのは。 「観月さん!」 「こんにちは・・・奇遇ですね、こんな所で会うなんて」 「本当ですね。あ、明けましておめでとうございます」 「おめでとうございます・・・それにしても、よくお似合いですね」 先程から眩しげに目を細める観月の先にいるの姿は、お正月を彩る華やかな色に包まれ。 どちらかといえばシックな色合いの振袖と、華美過ぎないよう飾られた髪が、日頃と違ってとても大人びた印象を与えている。 「あ、ありがとうございます」 少し照れたように、が振袖を腕にかけた。 「でも、ちょっと大人っぽ過ぎないかなっーって」 「とても素敵ですよ」 新年早々、運がいい。 たまたま・・・本当にたまたま通りかかっただけなのに、まさか愛しの彼女の――それも晴れ着姿だ ――に出会えるとは。 幸先のいいスタートですね・・・これは、今年こそあの憎き不二周助にぎゃふんと言わせられそうな気がしますよ。 んふふふふ〜っと笑う観月には 「?」 を浮かべ。 「あの、どうかしました?」 と言った。 観月はハッと我に返り、それからワザとらしく小首を傾げるように笑ってみせ、 「いえ、年始から自分の幸運に感謝していたんです。こんなに素敵なあなたに会えるなんて」 「ホント。俺ってラッキー」 そこへ割り込む別の声――は振り向き、観月は眉を寄せた。 「や。あけおめ」 「せ、千石さん?」 「ウン、俺。可愛いな〜、振袖」 「ありがとうございます・・・あの、千石さんも初詣ですか?」 「も、ってことは、さんも?」 がこくりと頷いてみせる。 千石はそれを見た後、すぐ側にいた観月に視線を向け。 「・・・・・・まさか、そこの彼と?」 「え?」 「そうであって欲しいと心の底から思いますが、違います。残念ながら、ね」 しばらく探るように千石を見ていた観月が、口を開いた。 「君は確か、山吹の・・・」 「千石清純、よろしく。ところで君誰だっけ?」 「・・・・・・別に名乗る必要があるとは思えませんけどね」 すちゃ、と敬礼なんかして見せた千石を、観月は鼻で笑った。 はそんな二人を交互に見ていたが、 「あの、お二人とも初詣なんですか?」 と言った。 「僕は違います。たまたま通りかかっただけで」 と、観月。 「俺はその通り。でも予想以上に混んでるからどうしようかなーって思ってたとこ」 と、千石。 「さんは、初詣でしたね」 「はい。この後、青学の皆とお鍋パーティするんですよ〜」 「初詣は、一人で?」 「いえ、違いますよ」 「待ち合わせ、というわけですか・・・」 「ま、一人なわけないよな」 を挟んで両側から。 千石と観月は一瞬ちらりと目を見交わした後、 「「 で、誰と? 」」 と言った。 「僕が知ってる人と、でしょうか・・・」 観月は聞きながら、それが見知らぬ女性なら何も問題はないのに、と頷きつつ。 「まあ、さんのことだから大体想像はつくんだけど、さ」 千石は言いながら、分かりきったことを想像するのも嫌なもんだなと思ったりした。 「ま、当然だね」 そして、それは確かに想像通りだったのである・・・。 「不二先輩!」 「ゴメン、待たせちゃって」 すっとの側に寄った不二が、実にさり気なくの腰辺りに手を回して二人から遠ざける。 それを物凄く猛烈に嫌そうな目で見ながら、 「出ましたね、不二周助」 と言ったのは勿論観月だ。 「何度も何度も言うけど、人をフルネームで呼ぶの、止めてくれないかな」 言いながらも無敵の笑顔は崩れない。 が、その目が少しも笑っていないのに、一歩離れて眺めていた千石はしっかり気付いていた。 「何故いつもこう都合よく、僕とさんの邪魔をするんですか?」 「何故だろうね。運命かな」 「んふっ。まさか、あなたの口から運命なんて言葉を聞くとは思いませんでしたよ」 「ふふっ。僕も正月早々、君なんかに会うなんてこれっぽっちも思わなかったよ」 「 “なんか” とは随分なご挨拶ですね」 「君のレベルに合わせたまでだよ」 「新しい年になっても、その性格の悪さは変わらないようですね」 「いつでもどこでも、その減らず口は変わらないんだね」 「とりあえずそのいやらしい手を、さんから放して下さい」 「とりあえず僕等の視界から消えてくれないかな」 「あなたの指図を受ける謂れはありませんね」 「僕も、君の意見を聞く気はないよ」 「性悪」 「薄情者」 「二重人格」 「詐欺師」 「その嘘臭い笑顔、見ていられませんね」 「その薄ら笑い、反吐が出そうだよ」 「口が悪いですね。そんなことではさんに嫌われますよ」 「好かれる以前の君に心配してもらわなくても、結構だよ」 あはははは〜。 んふふふふ〜。 言い合う二人は、ニコニコにっこり。 会話を耳に入れず傍から眺めている分には、明るくて和やかでとてもいい雰囲気なのだが・・・。 「さん」 「はい?」 の後ろにこそこそと身を潜めていた千石。 笑顔で黒いオーラを出しまくる二人に戦々恐々としていたが、当のがいつも通り穏やかな表情なのを見て、恐る恐る声をかけた。 は何も感じていないのだろうか・・・例えば、妙な寒気とか。 「この二人って・・・仲悪いわけ?」 「さあ・・・いつも楽しそうにお話してますから、それはないんじゃないでしょうか」 「・・・・・・楽しそう、ね」 なるほど、彼女にはそう見えているわけか。 「やっぱ、最強だな」 「え?」 「いや、こっちの話」 自分は多分、一生あの二人を “楽しそう” なんて見れる目を持てないに違いない。 「さん、もしかしてデートだったりする?」 「デート?」 「不二って人と。待ち合わせしてたみたいだし」 「あ・・・デートなんてしゃれたものじゃないですよ。ただの初詣です」 「ただの、ね」 どこからどう見てもデートだと思うのだが、にその意識はないらしい。 こりゃ、苦労も分かるな。 敵事ながら、いささか同情を禁じえない。 だからといって譲ろうという気などさらさら起きないが・・・。 苦笑して、それから千石はの両肩に手を置くと、 「そろそろ混んできたっぽいし、お参り行こっか」 「え? あ、はい」 「俺も一緒に行っていいかな」 「それは勿論・・・でも、千石さん、待ち合わせとかじゃないんですか?」 「じゃないんです」 可愛い子がいたら、ナンパでもしようかと思っていたなど、言えるわけがない。 「じゃ、行こ――あ痛ぇっ!!」 「何、この手」 「油断も隙もありませんね」 の肩に回さ――れそうになった千石の手を、ぎゅーーーーっと捻りあげるのは不二。 その隣りでじっと不快気に見つめるのは観月だ。 「・・・・・・意外に気は合ってるみたいだな」 「え?」 「いや、こっちの話」 赤くなった手をふるふる振りながら、千石がとりあえず笑顔を作る。 は何となく三人を見回して、 「あの・・・せっかくだし、皆で行きましょっか? 初詣・・・」 と言った。 * * * * * 「わぁ、人一杯ですね〜」 境内前に溢れ返る人、人、人――。 ひょこひょこと背伸びを繰り返すの様子が可愛らしくて、観月は目を細めた。 「慣れない着物で苦しくはありませんか?」 「今のところは、大丈夫です」 「無理しないで言って下さいね。さんは、我慢するタイプのようですから」 言われたはふ、と微笑むと、 「観月さんて優しいんですね」 「・・・・・・はい?」 聞き慣れない言葉が聞こえて、思わず観月の笑顔が固まった。 だが、どこからのぷっという嘲るような笑いに我に返ると、 「そんなことを言ってくれるのは、さんだけです」 「間違いなく、世界中でちゃんだけだろうね。そんな台詞が言えるのは」 ずい、と二人の間に割って入った不二が、心の底から嫌そうな顔を観月に向けて言った。 そしてがらりと表情を変えてへ視線を移すと、 「ちゃん、あんまりこの男と話しちゃダメだよ。性悪がうつるからね」 「え?」 「余計なことは言わないで下さい、不二周助」 こちらも、すこぶる不愉快そうな顔で、不二を睨みつつ。 しかしへ向ける視線は、正反対に優しい――どちらも同じくらい、厚い仮面をかぶっているらしかった。 「あんまり関わらない方がいいかな、俺・・・」 ポツリと呟いて千石ははあ、とため息を吐き。 しかし、を見るとそんな弱気な感情もどこへやら・・・いつもと違った雰囲気の彼女が完全に目を奪ってしまうのだった。 「千石さんは、何をお参りしますか?」 にこ、と無邪気な笑みで聞くに千石はうーんと眉を寄せ、 「そうだなあ・・・まあ、まず第一に」 「可愛い彼女が出来ますように、とか?」 「――あのね」 悪戯っぽい表情の彼女が、何だか少し恨めしい。 その “彼女” になって欲しいのは目の前の少女ただ一人なのだが、ほんの少しでもそうは思ってくれないのだろうか・・・。 「あれ、違いました?」 「完全に間違いとは言わないけどね」 千石はにっと笑って、ちょっとの顔を覗き込むようにして言った。 「第一は――打倒青学、だよ」 は目をぱちくりさせた後、 「負けませんよ」 と笑い。 それを見て千石も、もう一度笑った。 「大吉だ〜」 人込みの中で、ようやく引けたお御籤を開いて、はご満悦だった。 「不二先輩はどうで――あれ?」 振り向いて、しかしそこに見慣れた人はいない。 千石も、観月も・・・というより次々に入替わる人波で、どうやら何時の間にか自分が移動してしまっていたようだ。 「困ったな・・・お御籤結ぶ所にいるかな」 はぐれた時は、あまり歩き回らず同じ場所でじっと待っているのがベスト。 が青学の皆と出かけた時などに学んだ、教訓である――となると、しょっちゅうはぐれているのかと誤解されそうだが、 事実その通りであるから仕方がない。 慣れない着物でちょこちょこ動きながら、どうにかその場所まで辿り着くと、ホッと一息。 しかし、結ばれた御籤で一杯なのを見ると、 「・・・・・・持って帰ろうかな、大吉だし」 「手、貸そか」 「へ?」 突然かけられた声に振り向くと、そこには知った顔が・・・。 「大吉とは、新年からめでたいな」 「忍足さん!」 「今年もよろしゅう」 「あ、はい。こちらこそ・・・明けましておめでとうございます」 確かにこれはめでたい――新年早々、に・・・晴れ着姿の彼女に会えるとは。 初詣なんて面倒だと思ってたが、これは誘いをかけてくれた岳人に感謝せなアカンな。 ペコ、とが頭を下げるのを見て、忍足は笑みを浮かべると、 「晴れ着、よう似合うな」 と言った。 「あ・・・ありがとうございます。でも、着物に完全に負けちゃってるかなあと・・・」 「そんなことないと思うけどな・・・それ、結ぶなら貸してみ」 「え? あ、はい」 細く折りたたんだお御籤を忍足に渡すと、背の高さを生かしてでは届かない場所へ手早く結んだ。 「ありがとうございます〜。忍足さんも初詣ですか?」 「せや」 「・・・・・・あの」 「跡部は一緒じゃない」 「そうですか」 ホッと息をつくの顔は、どう見ても本気そのもので。 忍足は、今年も彼女の跡部に対する扱いは変わらないのだろうな、とはっきり悟った。 「岳人達と来たんやけど、はぐれたみたいやな・・・」 「この人の多さですもんね」 ふふ、と笑うだが、その前に一瞬見せた納得気な顔は――。 「つまりさんも、はぐれたっちゅーわけか」 「・・・・・・分かりました?」 ペロッと舌を出す様子が、着物姿と相まってなんとも言えず可愛らしい。 しかし、はぐれたということは当然連れがいるわけで、初詣・晴れ着とくれば・・・大体想像がつく。 「念のため聞くけど、友達と来たんか?」 「いえ。不二先輩と」 「・・・・・・やっぱりな」 ふっとため息をついた忍足に、が 「?」 を浮かべる。 まあ、考えるまでもなく青学の誰かだろうとは思ったが、実際そう言われると心中穏やかではなかった。 「あと、千石さんと観月さんにも会って」 「・・・・・・誰や」 どこかで聞いたことのある名前だなあと思いつつ、ぱっと浮かんでは来ない。 だが、の表情からしておそらくテニス関係の誰か――。 「えっと、山吹の千石清純さんと聖ルドルフの観月はじめさんです。入り口でばったりお会いして」 「ああ、分かった――その二人も一緒なんか?」 「はい」 「・・・・・・・・・・・・・・・なるほど」 どうやらその二人もライバル、ということらしい。 最もそう思っているのはこちらだけで、にしてみればそんなこと微塵も思っていないのだろうが。 「忍足さんはお御籤引きました?」 「いや」 「引かないんですか?」 「ん・・・凶とか出たらへこむしな・・・」 「え!」 「・・・・・・なんや、その顔」 「いえ、そういうのを気にするタイプに見えなかったので・・・」 「・・・・・・俺は一体、さんにどういうふうに見られとるんやろな」 そこは正直、本気で気になるポイントである。 「悪い意味ではないですよ!」 「ならいいけどな・・・」 ワザとらしく表情を作ってみせ、忍足は肩をすくめた。 「さて、どうする?」 「え? どうって・・・」 「相変わらずの人込みやし、待ち人は来ない」 「ですね」 「ここでボーっと待ってるか?」 「そのつもりですが・・・」 「風邪引くで」 とてもいい天気ではあるのだが、如何せん真冬真っ只中。 ぽかぽか暖かいとまではいかず、じっと待つには寒いに違いなかった。 「うーん・・・でも、あんまり動くのもよくないと思うんですけど・・・」 「携帯持ってるんやろ?」 「それはそうなんですけど、人が多いせいか電波の状態が良くなくて」 其処彼処に携帯片手の人がいる――これでは確かに電波状態も良くはないだろう。 「せめて、何か暖かいもんでも飲むか?」 「そうですね」 そう、遠くもない場所に屋台も並んでいることだし、とはにっこり頷いた。 「せっかくやし、甘酒でもどうや」 「甘酒・・・」 「嫌いか?」 「いえ、そういうことではないんですが・・・甘酒ってお酒ですよね」 「名前だけと違うか」 「え? そうなんですか?」 なら大丈夫かな・・・。 どこか不安そうに呟くを見て、忍足はちょっと眉を寄せると、 「酒、ダメなんか?」 「未成年ですから」 「・・・・・・それはまあ、そうやけど」 「皆に止められてるんですよね、お酒・・・」 「皆?」 「不二先輩達」 青学の連中が止めるっちゅうことは――。 「もしかして、飲んだら性格変わる?」 「・・・・・・どうやらそのようです」 「どうやら?」 「記憶がなくなっちゃって」 ぺろっと舌を出すを見て、ちょっと飲ませてみたいなんて思ってしまったのは当然と言えるだろう。 そして、今が絶好のチャンスであるのも間違いはない。 「ま、酒って名前でもアルコール飲料と違うはずやし・・・平気やろ」 「ん〜。じゃあ、ちょっとだけ・・・」 「ダメ」 ぽん、っと肩に手を置かれて、は飛び上がった。 「僕達の前以外で、飲んじゃダメだよ」 「不二先輩! 良かった、合流できて」 ぱあっと笑顔になるを、複雑な表情で眺めつつ、忍足は肩をすくめた。 「俺の出番も終わり、か」 「そ。終わりだね」 「他に二人おるんやないのか」 「さあ。どこに行ったんだろうね・・・人も多いし、はぐれちゃったかな」 にこ、と笑顔で言ってのける不二を見て、こいつ上手いことまいて来やがったな、と忍足は悟った。 「待ち人も来たみたいやし、俺、行くわ」 「そうですか?」 「ああ。そっちの奴が “お邪魔虫は帰れ” って目で見てるしな」 「?」 が不二に目をやっても、そこにはいつもの彼の笑顔があるだけ。 だが、忍足にははっきりと分かるのだ――先程から背筋にぴりぴりと感じる寒気によって。 「それじゃ、さん。今年も仲良くしてな」 「はい、こちらこそ」 軽く手を上げて、忍足は人込みに歩いて行った。 その後姿にひらひら手を振るを見て、不二はちょっとため息をつき。 「甘酒、飲みたいの?」 と、気を取り直すように言った。 「そうですね・・・興味はあります」 「じゃ、飲もうか」 「いいんですか?」 「僕がいない時だったら、ダメだけどね」 意味ありげに笑う不二に、は 「?」 を浮かべた。 「わぁ、美味しい〜」 ふぅふぅと紙カップを口に運ぶは、姿とは違い妙に子供っぽくて。 不二は微笑ましく見つつ、内心ちょっぴり脱力していた。 せっかく、青学メンバーとの熱い戦い――まあ、じゃんけんとかくじ引きとか単純な勝負だが、 本人達にしてみれば極めて真剣で物凄く真面目なのである――を勝ち抜いて、鍋パーティ前の二人きり初詣権(?)を ゲットしたというのに、蓋を開けてみれば、これは一体何なのだろう。 今でこそ二人になれたからいいようなものの、まさか新年早々あんな邪魔が入るとは・・・。 「今年一年を象徴してなきゃいいけど」 「え? 何ですか〜?」 「いや、こっちの話」 「不二先輩って、そればっかりだなぁ。でも、秘密のある男の人って素敵ですよ〜」 「・・・・・・もしかして君、酔った?」 妙に赤いの頬――その上、どこ度なく間延びした口調が嫌な予感。 だが、アルコールを含まないはずの甘酒で酔うものだろうか? 「酔ってないですよぉ。お酒じゃないもん〜」 「・・・・・・酔ってるね」 “酒” と言う文字がついているだけで、飲んだ気になったのかな? ある種の催眠効果というかなんというか――猛烈に物凄く酒に弱いのだろう、彼女は。 そうは言っても、本物のアルコールを口にしたわけではないので、破天荒なまでの酔いっぷりではないのが幸いといったところだろうか。 「本当に二人になってからで、良かった・・・」 はーっと息を吐いて、不二が額に手を当てる。 本当に、本当に良かった・・・酔ったの行動は、自分をもってしても想像がつかない。 そこに青学メンバーならいざ知らず、他校のライバルまでいるのでは一体どれほどの労力を要するというのか――。 「不二先輩? どうしたんですか〜?」 「うん? なんでもないよ」 「なんだか、お疲れの表情ですねぇ」 「・・・・・・少しね」 と二人きりの初詣が楽しめると思って、柄にもなくワクワクしていた彼だったが、 その隣りに観月や千石の姿を見た時から知らず、気を張っていたらしい。 おかげで二人になった今、嬉しさよりも先に安心感の方が強く出てしまうのは仕方がないといえるだろう。 「大丈夫ですかぁ? どこかで休みます? あ、そうだ、これどうぞ」 はい、と甘酒の入ったカップを差し出されて、不二は一瞬だけ迷い。 そっと受け取って口に運んだ・・・心地よい甘さが、優しく体と心を癒していく気がする。 「ありがと」 「へへ〜。美味しいですね、甘酒」 「うん・・・でも、ちゃん」 「はい?」 「絶対に僕以外の前で、絶対飲んじゃダメだよ」 「どうしてですか?」 「どうしても。百歩譲ってエージ達の前でならまだ我慢できるけど・・・とにかくダメ。約束して」 「はぁい」 とても納得している顔ではなかったが、頷いたに不二はにっこり微笑みかけた。 「元気になりました?」 「うん?」 ちょっとだけぽやーっとした顔で覗き込んでくるに、不二は少し考え込むような顔つきになり。 それからふ、と意味ありげな笑みを浮かべると、 「ちゃんが甘やかしてくれたら、もっと元気になると思うよ」 と言った。 は目をぱちくりさせて、 「そんなのでいいんですか?」 「そんなのって・・・凄い威力なんだけどな。僕にとっては」 苦笑する不二に、は 「じゃぁ、僭越ながら」 と言って手を伸ばすと、その頭をなでなで〜、とやった。 「はい、いい子いい子〜」 「・・・・・・そうきたか」 中途半端に酔った状態になっている今のにとって、甘やかす=子ども扱いという位置付けらしい。 これはこれで悪くはないのだが、少々意味合いが違っている。 「あのね、ちゃん。言い換えていいかな」 「へ?」 「思いっきり甘えてくれればいいよ、僕だけに」 「・・・・・・私が、ですか?」 「他に誰かいる?」 がキョロキョロと辺りを見回し、そしてふるふる首を振った。 不二はくすくす笑って、 「あとキスの一つでもしてくれてば、完璧」 「はい?」 「なんてね」 おどけたようにの頭に手を乗せた。 相変わらずぽやっとした目で不二を見ていただったが、やがてにっこり笑って、こう言ってのけた。 「分かりました〜。キスしまぁす」 「え?」 するり、との両腕が肩にかけられて、流石の不二も驚いたような顔になった。 「、ちゃん?」 「照れちゃうから、目をつぶってて下さいね〜」 「あ、うん」 言われて大人しく目を閉じた不二だったが、内心はまだ冷静だった。 してくれるというのだから、断る理由などこれっぽっちもない。 だが、のことだからせいぜい頬に軽く程度だろう――それでも、照れ屋な彼女にしてみたら相当な成長である。 新年早々、縁起がいいな。 つい先程までの脱力感はどこへやら。 そんなことを思いながら近付いてくる気配を感じて、不二もさり気なくの体に手を回した。 ふ、と優しく触れる気配。 「へへ・・・元気になりました?」 「・・・・・・・・・・・・・・・多分」 すっとの顔が離れた時の不二の顔は、なんと表現すればいいのだろう。 人間、予想とあまりに違うことが起ると動けなくなるらしい・・・現に、ぴっきんと固まったまま彼というのは、とてつもなく珍しい。 「・・・・・・大胆になったね、ちゃん」 「そぉですか? でも不二先輩が・・・」 「まあ、言ったのは僕だけど」 まさか、唇にしてくるとはこれっぽっちも思わなかった。 「元気出ませんでした・・・?」 しゅんとの顔が歪むと、不二はふっと笑いながらの額に自分のそれをくっつけて言った。 「まさか。物凄く元気出ました」 「良かったぁ」 言いながら、むぎゅーっと抱きついてくるは、どう考えてもいつもの彼女ではなかったがそこは大した問題ではない。 邪魔者もなく、二人きりでいるということこそ大切で。 「これが初夢ってオチはないだろうな・・・」 「え?」 「こっちの話」 にっこり微笑んでみせ、改めてに顔を寄せると、 「夢じゃないってことを、もう一回確かめさせてもらってもいいかな・・・?」 「はい?」 「君の酔いが冷める前に、ね」 そう言って、何か言いかけたの唇を自分のそれで遮った。 【A.M.Plus】の影井紗綾様からいただきました。 元旦から不二先輩とデート!と激しく身悶えました(笑) 紗綾さん素敵な新年ドリームをありがとうございます! 同サイトの管理人yury様が描かれたドリームの挿絵もとても素敵ですので、是非ご覧ください。 イラストはこちらです。 BACK |