どうしてこうも上手くいかないんだろう。 私なりに精一杯気配りしたつもりだった。言葉遣いも、手元も気をつけて、笑顔で接客した筈なのに、クレームをつけられて、上司にも怒られて。 落ち込んじゃうなあ・・・。 私だけの魔法使い 「・・・どうしたの? 。随分沈んだ表情(かお)だね」 そう言われて、ははっと顔を上げた。 少し心配そうな不二の顔が目の前にある。 「あっ・・・ううん、なんでもないの」 慌てて笑みを作るが、不二にはそんな誤魔化しが通用する筈もない。 昨年、大学を出て就職した2人は、別々の会社に勤めていて、今日は久しぶりの逢瀬だった。 不二の提案で横浜まで足を伸ばした2人は、桜木町駅からランドマークタワーの方へと歩いている途中だった。 空はすっきり、とはいかないが晴れていて、少し暑い。 立ち止まってしまった2人は、少し影のところへと移動した。 「なんでもないって表情(かお)には見えないよ? 仕事で、何かあったのかな」 「えっ・・・そんな、こと、ないよ。まあ、少しは疲れることもあるんだけど・・・」 は何とか笑みを作るが、不二は軽くため息をついた。 「そんなに僕は頼りないのかな?」 「ええっ・・・そんなことないよ?」 「そりゃあ、僕とは職種も職場も違うけど、それでも、君の悩みを聞いてあげるくらいの器量は持ち合わせてるつもりだよ? 本当に聞いてあげることしか出来ないかもしれないけど、話すだけでも気が楽になることもあるかもしれないし、話してみて? どうしてはそんなに落ち込んでるのかな?」 「周助・・・」 は不二の言葉に負けて、2日前の出来事を打ち明けた。 「・・・たまたま、お客様の虫の居所が悪かったのかもしれないんだけど、やっぱり、私の態度とかが悪かったのかなぁって、なんか、ね・・・自分では思い当たらないだけに、ちょっと、ショックだったなあって・・・」 「・・・そうか」 不二は頷くと、少し思案する表情(かお)になった。 「・・・周、助?」 が少しだけ不安そうに呼びかけると、不二はすっと、いつもの笑みに戻った。 「・・・じゃあ、頑張ってるに、僕からご褒美をあげるよ。つき合ってくれる?」 「あ、うん、勿論いいけど・・・」 何に、とか何処に、とは聞けなかった。 不二はの手をしっかりと握って、再び歩き出す。 ランドマークプラザの中に入って、エスカレーターで下へと降りる。 その途中で、不二はの手を引いて、とある女性服の店に入っていく。 「えっ、周助・・・?」 「いいから。・・・おいで、」 店内にディスプレイされている洋服は、派手でなく、地味でもなく、落ち着いた中にも可愛らしさがある、の好む傾向のものが多かった。 不二はその中から、レース編みの生成りの半袖カーディガンと、白いノースリーブのワンピースを手に取った。前がボタンになっていて、ピンタックと小さなフリルがアクセントになった、シンプルな印象のものだ。 「これ、着てみて、」 「ええっ、私が、着るの?」 「勿論。他にいないでしょ。・・・ほら、着て見せて? 僕に」 半ば強引に、はフィッティングルームに入れられた。 「・・・こういうの・・・私は着ないんだけどなぁ・・・」 ひとりごちて、とにかく、不二に見せるためにワンピースを身につけてみる。 さらりとした感じの生地が心地よく、鏡に映る姿は、意外と悪くないように見えた。 上にカーディガンを羽織って、そっとそこを出る。 「・・・、着替え終わったんだね」 不二がニッコリと笑って近づいてきた。 「やっぱり、思った通りだ。よく似合ってるよ」 「そんな・・・」 店員にも似合っていると言われ、は照れる。 「これ、このまま着て行きますから、脱いだ方を袋に入れてもらえますか」 「ええっ!」 不二の発言に、は瞠目した。 「周助、そんな・・・」 「そういう雰囲気も、たまにはいいんじゃない? 自分では買わないでしょ、こういうのは」 「う、うん・・・確かに・・・」 「そういう格好をしたと、僕が歩きたいんだ。お願いだから、受け取っておいて」 そんな風に言われたら、断れるはずがない。 は、そのままそれを着ていくことになり、不二は会計を済ませた。 「じゃあ、行こうか」 再び手を取られ、はほんのりと頬を染める。 「あ、あの・・・ありがとう、周助」 「ふふ、どういたしまして。・・・ねえ、」 「え?」 不二はの耳元でそっと囁く。 「本当は今すぐにでもキスしたいけど、後にするよ」 「しゅ、周助!?」 が真っ赤になると、不二はクスッと笑ってその手をぎゅっと握った。 それから、2人はクイーンズスクエアを通って海沿いの方へと移動し、赤レンガ倉庫のカフェで軽い食事をする。 「後で紅茶の店へ寄って、茶葉を選んでくれるかな? の目は確かだから、姉さんに頼まれたんだ、会うなら選んでもらって買ってきてくれって。いいかな?」 「あ、うん、勿論。由美子さんにそう言ってもらえるなら嬉しいし」 あっさり味のパスタとサラダを食べながら、不二とはそんな話をする。 もう、会ってすぐの時のようなどこか沈んだ様子はなくなっているに、不二は口には出さなくても安堵していた。 食事が終わると、紅茶の茶葉を買って、外へ出る。 そこから大桟橋まで、ゆっくりと腕を組みながら歩いていった。 「ねえ、、大桟橋の端まで、歩いてみようか」 「あ、そうね。いつもと景色が違っていいかも」 気温が少し高くなってきてはいたが、海風が心地よい。 風が、の長い黒髪と、白いワンピースの裾を揺らしていく。 それなりに斜面になっている通路を歩いて、桟橋の端近くまで来ると、周助はゆっくりと立ち止まった。 「、疲れてない?」 「うん、大丈夫。・・・ちょっとだけ暑いね」 「そうだね。でも、風が気持ちいい」 「うん」 多少雲がかかっているとはいえ、その合間から日も降り注ぐので、それなりに暑い。 しかもここは海上で、日を遮るものは何もないのだから。風があり、雲がかかっているだけマシというものだ。 ベンチ代わりになる金属の手すりに凭れると、そこも少し熱くなっている。 「あ、これも熱い・・・金属だから?」 「そうみたいだね。晴天じゃないからまだマシなんだろうな、これでも」 「よね、きっと」 不二はが左腕を掴んでいる彼女の右手に、そっと自分の右手を重ねた。 「周助?」 「こうやって、いつもと少し違う角度で横浜の街を眺めるのもいいね」 「あ、うん。海の方から、っていうのがいいと思う。・・・なんか、写真に撮っておきたい感じ」 「カメラなら、僕が持ってるよ。を撮ってあげようか」 「え? あ、ううん、私じゃなくて、街を・・・」 「折角いつもと違う雰囲気なんだし、君も込みで撮っておきたいんだけど」 街の見え方もだが、自分の格好も含めての言葉だと解って、は少しテレてしまう。 「あ、えっと・・・じゃあ、1枚だけなら」 「1枚だけ? ・・・まあ、いいか」 不二はいささか不本意ではあったが、とみなとみらいの街をフレームに収められる立ち位置を探り、カメラを構えてみて確認する。 そして、近くで同じように写真撮影をしていた少し年配の男性に声をかけ、シャッターを押してもらえるように依頼し、素早くの隣に並んだ。 「えっ、周助?」 「ほら、。カメラの方を見て」 自然な感じで腰を抱かれて、が微かに頬を染めた時にシャッターは押された。 「念のためにもう一枚。お嬢さん、笑って」 年配の男性はニッコリ笑ってそう言ってくれて、不二は自然と笑みになり、もはにかみながらも笑みを浮かべた。 続けて2枚の写真を撮られ、その男性は笑顔で不二にカメラを返し、連れの奥さんらしい人と共に去っていった。 「・・・なんか恥ずかしいかも」 「ふふっ、そう? 別れ際に『お似合いだね』って言ってくれたよ、あの人」 「そ、そう、かな・・・」 「・・・テレ屋さんだね、は。昔から変わらないなぁ、そういうところ」 不二はクスッと笑って、もう一度の腰を抱き寄せた。 「周、助?」 「今日の君はしとやかなお姫様って雰囲気だから。いつもの明るくて可愛い女性の雰囲気も好きだけど、こういうのも素適だよ、。出来るなら、僕以外の男の目には触れさせたくないくらい」 「そっ、そんな・・・! 周助、褒めすぎ・・・」 は真っ赤になってしまった。 けれど、不二はいつも通りのやさしい笑みで、の頬に軽いキスをする。 「!!」 「ふふ・・・大好きだよ、。・・・もう、すっかりいつも通りだね」 言われて、ははっとした。 そうだ。朝、不二と会った時は、仕事のことで落ち込んでいたのに、そんなことはすっかり忘れていた。 「服装をいつもと違うものにするだけでも、気持ちが違ってくるよね。実際、似合うと思ったから、これを選んだんだけど」 「周助・・・」 そうだ。始まりはこのワンピース。 これを買ってもらって、褒められて、2人で歩いて、話して・・・そんな時間を過ごすうちに、自然と忘れていた。 「・・・さしずめ、このワンピースはシンデレラのドレス、ってとこかな?」 そう言って笑う不二に、は敵わない、と思った。 「・・・じゃあ、周助は魔法使いなんだ」 「そうだね。ただし、君専属の、だよ」 「・・・『シンデレラは王子様じゃなく、魔法使いと恋に落ちました』になっちゃうね」 「クスッ・・・それもいいんじゃない? または『魔法使いと王子様は同一人物でした』とか?」 「周助ってば・・・!」 ふふっと笑い出したに、不二は満足そうに微笑んだ。 「・・・さあ、僕のお姫様、そろそろ行こうか。まだまだ、君を独り占めしていたいしね」 今夜は眠らせないよ、と囁かれ、は再び真っ赤になった。 END 森 綾瀬さまへ 7周年記念リクエストに挙手下さり、ありがとうございました。きちんとご要望にお応え出来ているかは「?」ですが、謹んで進呈いたします。 2009.9.8 森島 まりん 【森の遊歩道】 森島まりん様からいただきました。 素敵な周助くんをありがとうございますv 優しく癒してくれる周助くんにときめいて、ドキドキしっぱなしで、別の意味で今夜も眠れない(笑) ヒロインが本当に私になってるので(言動や好みとか)ドキドキに拍車がかかって大変! 「でも、嬉しいんだよね?」「うん」 BACK |